まぬけだな、あわれむな
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「おまえアンタ、まえがみバカやろう!」
「悪かったってー……!」
ドロヤマは怒った様子の声色で喉を震わせながら、ボットのカッターナイフが入った鞄を持っている。
そのまま当たり前のようにドロヤマは泥の山の方へと歩みを進めていた。
頬に伝う泥を指で拭うと、泥のついた指先は少し痺れている。
じゅう と蒸発するかのような音を立てて消えていく泥は何処か既視感があり、トーガはその場で考え込んでしまった。
……痛い。この感じ、何処かで……
脳裏に霞んだ記憶が浮かぶ。
もう少しで思い出せそうではあるが、そのもう少しが浮かばずに歯痒かった。
「トーガ!置いてくぞ〜!」
「!い、今行くわ!」
ボットに呼ばれて我に返ったトーガは慌ててその場を駆け出す。
道標のように泥の山まで続いている地面のシミを追った。
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「ここ、なまえはない!すきなようにしとけ、ケけ!」
「俺は便所って呼んでるぜ」
「そ、そう……」
悪臭が酷い、鼻が曲がりそう。
泥の山が乾燥したような壁に空いている穴について行き潜って入ると、視界が悪い中ただひたすらに悪臭が襲いかかってきた。
なんだ、なんの匂いなんだ。思わず顔を顰める中、ボットは「臭いだろ?だから便所な!」と呑気に言った。
ドロヤマは雑に鞄を開け、カッターナイフを手に取る。
するとカッターナイフ以外には興味ないようで鞄の方は雑に投げ捨ててしまった。
慌ててボットは投げ捨てられた鞄に飛び付こうとするが、足元に何か落ちていたようで足を滑らせて転んでしまう。
べちゃ と聞こえたような気がした、おまけにこんな悪臭だ。踏んだものがもしや肛門から出る「アレ」なのではなかろうか、と想像してしまう。
そんな時、鞄を掴めはしたが顔を地面にぶつけてしまったボットが起き上がる。
顔は謎のどろどろとした物体で覆われていた。
「ドロヤマ!また落ちてるぞ!」
「……あアああ、かえせ!」
ボットの言葉の後すぐ、吸い込まれていく謎の物体。
視界が悪いことには変わらないこともあり何なのかは分からないが、ボットの発言により謎の物体の正体が分かった。
「あれ、ドロヤマの体の一部なんだよ。何処だかはわからんけどな」
「……体の一部?」
ボットは鞄に手を入れ、ランタンを取り出す。
腰ポケットに入れているマッチで火を灯すと、そっとランタンランタンを持ち上げた。
「身体中バグまみれであんなになっちまってるらしいぜ」
「バグ……」
……ああ、痺れの正体はバグだったのね。
ようやく理解が追いついた。指に泥が触れた際に感じた痺れはバグによるものだったのだ。
言われてみればバグにかかった際に感じた右腕の痛みに似ていた気もする。
ランタンの灯りをドロヤマに向けてやると、なにやら体を揺らしながらカッターナイフをいじくり回している。
どぷん と音を立てて泥が床に落ちたのを見て、トーガは悲痛そうに表情を歪めた。
……あんなになるまでバグにかかってるだなんて……。
「憐れむな、ガキが。」
「!」
突然聞き覚えのない声が聴こえて目を見開く。
トーガの震える瞳の先には、カッターナイフの刃を一枚摘んだドロヤマが凄みを利かせて睨んでいた。
首に刃が当てられ、動けなくなっているトーガを見て「ククク」と喉を鳴らす。
「おまえ、じぶんのことりかいしてないな。」
「……そ、それはどういう」
「おまえならこれをなおせる」
「な、治せる?」
……無理よ、だって私は出来損ないだもの。
唖然と見つめるトーガを見て、ドロヤマは持っていた刃を噛み砕く。
ぼりぼりと音を立てながら体の一部である泥をこぼしながら、ドロヤマは笑った。
「わかってないな、まぬけだな。あわれむな、あわれられるのはおまえダ!」
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わからない。
あのドロヤマの言葉の意味が。
私に治せるだとか、間抜けだとか。
山積みにされたガラクタの山からカッターナイフのパーツを取り出し、叩きつけるように組み立てているドロヤマ。
当然椅子やテーブルなんかはなく、壁に寄りかかりながら鼻をつまみ、嬉しそうに鼻歌を歌っているボットをよそに、トーガは壁に寄りかかって座り込み、俯いていた。
「……解助。」
ドロヤマに手をかざして唱えてみるも、不発に終わる。
まあ当たり前か、そんなすぐに使えるようになれば苦労しない。
じゃあしょうがない、諦めるか。
……と言って諦める訳にもいかない。
トーガには「ピュリフィ・フェスティバル」が控えているのだ。
急いで使えるようにならなければ。
それに、解助能力が使えるようになれば父にまた一歩近づける。
……でも、何一つわからない。
「あああああ」
「トーガ大丈夫か?」
頭を抱えて俯くと、帽子が床に落ちる。
それと同時に、ガンッ!と鉄同士がぶつかる音と、ドロヤマの笑い声がこだました。
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