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Error Load 〜隙間だらけの奮闘記〜  作者: 田代 豪
第四章 ピュリフィ・フェスティバル編
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大きな催しと





コチコチコチ


 静寂に包まれているピュリフィケーションの図書室、そこのほんの片隅の一角。

灰色の髪を揺らしている少女は、溜息をこぼしながら顔を真っ青に染めていた。

 何度も何度も同じ本のページを読み返し、ノートに万年筆を走らせる。やがて焦りのあまりページで指を擦ってしまい、血が伝った。


「いった……」


 咄嗟に切れてしまった人差し指を口に咥え、なんとか血を抑えようと唾液を馴染ませる。

口の中に広がる血の味に、トーガはこれでもかと眉間にシワを寄せて俯いてしまった。


 ……どうしよう。


事の始まりは、数刻前の授業まで遡る。



__皆が心待ちにしているイベント「ピュリフィ・フェスティバル」。

綺麗な花の香りや香ばしい料理の香り、賑やかな笑い声、そしてピュリフィケーションに通う生徒たちの成績がかかっている大きな催しだ。

 トーガは、自身の尊敬している父がトップを取り、輝かしいトロフィーを手に取っていた写真を思い出しながら、珍しく授業中に頬を緩ませていた。


学園屈指のビックイベント。きっと今までの授業とは比にならないぐらいの知識や経験が得られるはず。

その知識をちゃんと得られれば、私もきっとお父さんみたいに!


 小等部の時には催しを一人で見て、屋台の野菜を一人寂しく貪っていたトーガにとって、きちんとした「ピュリフィ・フェスティバル」は初めて。

おまけに自分が出演者になるのだから、当然心を躍らせていた。

周りの生徒も心なしか肩を揺らし、頬を桃色に染めている。おそらくトーガと同じく、楽しみでしょうがないのだろう。

 かつんかつん とヒールを鳴らして教卓の前に立つ教師に、皆が視線を向ける。

教師の手元には一枚の水色の紙が握られていた。

そのまま、教師は水色の紙に書かれているであろう文面を読み上げていく。



「近日行われる我が校の催し「ピュリフィ・フェスティバル」、今年はあなた方も出場者になります。……それに合わせて、授業内容も変更。」


「各自当日まで自習。

 己の知れる範囲の知識を完璧に覚えて挑みなさい」



うっそでしょ?


あたりが賑やかになる。

授業が無くなってラッキー、だなんて呑気に考えているもの。自習は苦手だと顔を青くしているもの。

各々が騒ぎ立てている中、一人だけこの世の終わりのように顔を真っ青を通り越して紫色に染めている少女がいた。


そう、トーガ・ジュラルドである。

楽しみにしていた知識や経験、いつもと違う授業は幻であった。

そもそも誰も特別な授業をするなどと一言も言っていないし、完全に思い込みではあるが、崖から突き落とされたような気分。


 どうする?ピュリフィ・フェスティバル当日までいつも通り筆記と暗記、詠唱に励む?

それで成功した試しないじゃないの。そのせいで何回泣きそうになったか。

 じゃあどうするの?何もしない?ふざけんじゃないわよ私、何もしないなんて絶対ない。

何もしないぐらいならノートぐらい取ってた方がずっとマシじゃない。



……こうしてトーガは予定も無ければ目的もないまま、ただひたすらにノートを取り続け、今にある。

考え伏せているうちに血は止まったようで、咥えていた人差し指をそっと離す。

どれだけ考え込んでいたのだろうか、指先は水分で萎れていた。


 でも、一体どうすれば……こうしてる間にも他の人たちは練習に励んでる。

私はただでさえ「出来損ないのトーガ」だなんて蔑称で呼ばれてるぐらいの出来損ないなんだから、人一倍努力しなきゃいけないの。

……なにか……なにかないの……?


 ぐるぐると目を回す。

思考の中には書き写していた文字が渦のようにぐるぐると回り、トーガの混乱に追い討ちをかけた。

 その時だ。

ぽん と軽い力で肩を叩かれ、何事かと驚いたトーガは勢いよく叩かれた右肩の方へと振り返る。

するとそこには、白い歯を見せてにこやかに笑っているボットが立っていた。


「よっ」

「よ、よお……?」


 隣に置いてある椅子をひいて座ると、置いてある山積みの本を見てボットは溜息をこぼす。

どうやら、ボットは勉強が得意ではないようで「よくやるよなあ」と呆れていた。

……そういえば、最近ボットと出かけてないな。

 ふと、そんな疑問が頭の中によぎる。

そうだ、シグとユゥたちを家に泊めている間は無理だと言ってから、それ以降の約束をしていなかった。

だが、今の状況、言い方こそ悪いと思うが、ボットの相手をしている暇はトーガにはない。

 今話しているこの時間でさえ、なんとか勉強に費やし、なんとか解助デバッグを使える様にならないといけないのだ。

なんとか帰ってもらうしかあるまい。


「ピュリフィ・フェスティバル、今年出場者として出るのよ。私」

「おっそうなのか!頑張れ!」

「……だから勉強しないといけないからかえっ……」


あれ?そういえば初めて解助デバッグ能力を使えた時はいつだったかしら。


 バグにかかった腕を宙ぶらりんにしながら路地裏を走り回っていたのを今でも覚える。

確かに、解助デバッグを使えたのはあの時であった。

ボットに出会い、ボットと共にバグを相手に戦ったあの時。

なら、下手な勉強よりもずっと可能性があるんじゃないか?


ガタンッ!

「うお!?」


勢いよく椅子をひいて立ち上がったトーガを見て、ボットは驚いた様子で肩を震わせる。

だが、そんなこと知らない様子でトーガは瞳をキラキラと輝かせた。


「そうよ!一緒に帰りましょう!寄り道しながら!危なっかしい路地裏とかウイルスがうようよいそうな地下道とか!」

「トーガどうした!?!?」


「実戦あるのみよ!」


トーガの大きな声が図書室中に響き渡る。

「うるさい!」と怒鳴りつける教師の声ですら興奮気味のトーガは収まることを知らず、半ば無理矢理にトーガとボットは図書室を放り出されたのだった。





「もう!どうして昨日来なかったんですか!よていどおり来てくれないと困ります!」

「んだよこのチ……ビだなんて思ってないよ可愛いね」

「……さーせん。」


場所は変わり、「薬屋竜の息吹」。

 店内では、本来一週間後に様子を見せる予定であったユゥが来なかったことにご立腹状態であるピックがぷりぷりと頬を膨らませて椅子に座っていた。

兄が怒られている様が気に入らない様で、シグはピックに突っかかろうとするが、すぐ隣の壁に寄りかかっているキリュウの鋭い睨みに怯み、手揉みをしてご機嫌取りにシフトチェンジ。

「もうっ」だなんて怒りながらピックはカルテに付けている資料をパラパラと捲りながら、ユゥに話しかけた。


「……で、そのネックレス無しでバグを操れたのはほんとうなんですか?」

「はい、そうっす。あの日は部屋に置いていってたんで……そもそもあいつの力はもうこれには籠ってないはず。」


ちゃらり ユゥは力任せに叩いた影響か、凹んでしまっている銀色のネックレスを差し出す。

ピックがそのネックレスを受け取り、まじまじと眺めるが、至って普通のアクセサリーであり、なにか分かることはなかった。

その時、シグは何かを思い出した様でポケットを弄る。

 そして、そっとポケットから取り出したものは、もう一つのネックレスであった。


「!シグそれ……」

「うん、ボットから貰ったんだ。あのウイルスが付けてたやつ」


そう、シグの手にあるチェーンの部分が切れたネックレスは、あの広場に現れたウイルスが首につけていたもの。

二つを差し出すと、ピックはまたしてもネックレスをまじまじと見ていた。


「これをウイルスがつけてたの……?なんで?」

「さあ?あ、でもこれをとったらうわあああ!って叫んで溶けて無くなったんだよ」

「ああ、恐らくだが俺の時と同じく、これがバグの進行の調整をしているんだろう」


うーん。

ピックは顎に手を当てて悩ましそうに眉間に皺を寄せている。

ネックレスを手に取り、指でなぞったり突いたりしてみるが、当然何も分かることはなかった。

 とにかく、まずは患者の確認である。

ピックはユゥの容態を確認すべく、様々な質問をしたり、体調のチェックをすることにした。

手首に触れたり、口の中をチェックしたり、体温を測ったり。

今日は何を食べたか、水分、睡眠はきちんと摂っているか、薬はきちんと全部飲んだか、など。


全てが終わったのちに、さらにピックは首を傾げてしまった。



「すこぶるけんこうです。いいことなんだけど……うーん。」

「なんかさーせん」

「!あ、謝らないで!?けんこうなことは良いことだから!」


バグによる体調の悪さも一切ない中、ユゥの左手は未だバグに染まったままであり、おまけにバグを操れる能力も健在。追い討ちでこの謎のネックレス。

 流石に頭が追いつかず、くらりと目眩が起きそうである。

なんとか目を覚まそうと頬を叩くと、ぺちん と間抜けな音が広がった。


その時


するりと横から手が伸びて、その手はネックレス二つをがっちりと掴む。

そのまま手は引っ込んでいき、次の瞬間ばっかりと開いた口の中に二つのネックレスが放り込まれる。

そして、口を閉じてバリバリとネックレスを噛み砕き始めた。


……って



「ちょちょちょちょ!?おじいちゃん何やってるの!?」

「ふぁふぁあん」

「食いながら喋るのはよくないと思いますよ」

「……」

「黙っちゃったよ!!良いのこれ!?とんでもないことやってるよこのおじさん!!」



バリバリ、ぼりぼり、ごっくん。


「分からん」食べ終えてから、キリュウは言葉をこぼす。

ネックレスで口内に傷が出来たのであろう、開いた口からはドロドロと血が流れ出してしまっている。

 慌ててピックはタオルを持ってくると、キリュウの口元に当ててやる。

白いタオルが一瞬で赤い色に染まる様を見ながら、ピックはキリュウの頭をぱかり と叩いた。


「何やってるのおじいちゃん!さっきのは食べ物じゃないんだよ!?」

「すまん」

「いや言うとこそれじゃないでしょ?何これ、僕がおかしいの?」


ピックとキリュウが話している様子を見て、シグは呆れた様子で距離を取る。

結局、謎だらけのネックレスは謎を残したままキリュウの胃の中へと消えていってしまった。

 現物がなければこれ以上どうにも出来ない。

ピックも色々考えてはみると約束したが、それよりも患者が第一。

外見的にバグは治っていないため、例の苦い薬を追加でひと月分ほど手渡した。


ユゥはこの世の終わりの様な顔をして、竜の息吹を後にしたのだった。



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