黒い燕尾服
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瞬間、とある少年の手から紙袋が投げ出される。
「任せた」 「わあ!?ちょちょっちょ!?」
紙袋を投げ出した少年は、共に行動していた兄弟に雑に投げ出された紙袋を任せると、バグに染まった右手を前に突き出し、力の限りトーガの元へと走った。
「クロウズウィップッ!!!!」
目の前に真っ黒な服が靡いている。
スローモーションのままの視界には、紫色の鞭と、その鞭によって弾かれた羽。
……そして、黒い燕尾服とマフラーを揺らしているユゥが背を向けて立っていた。
「ユゥ!?」
突然現れたユゥに驚いたトーガは目を見開く。
ばちん!と音を鳴らして鞭を引っ張ると、それとほぼ同時に空に浮かぶ茶色の紙袋が重力に従い落ちていくのが見えた。
何故か浮いている紙袋は浮いているのではなくどうやら投げ出されたもののよう。
中に入っている果物が漏れていきそうになるのを、同じく黒い燕尾服が飛びついて阻止する。
「ふう、危ない危ない!」
その燕尾服の正体はシグであり、紙袋を高く飛び上がって掴むと、ひっくり返りそうになりながらもその場に着地した。
「ひいい!化け物怖い!」
「シグ下がってろ」
「わかった!」
シグは左手で紙袋を抱き寄せ、右手でトーガの手を引く。
どこか既視感のある燕尾服を揺らして走っているシグにされるがままに引っ張られた。
ユゥの目の前では、ウイルスが咆哮をあげている。
ビリビリと震えが肌に伝い、地面も揺れ動く中、ユゥはボットの方へと視線を向けると、一言言った。
「共闘だ。被害最小限でこいつ倒すぞ」
「ああ!当たり前だろ!」
ばき、カッターナイフの刃を一枚落とす。ユゥも鞭を構えて、地面を強く踏んだ。
ダッ!
そのままユゥは地面を強く蹴って走り出す。ウイルスが投げ飛ばしてくる羽を鞭で打ち返しながら、鞭の姿を変えた。
「クロウズサーベル」
右手を鞭にかざしてそう呟くと、鞭はみるみるうちに姿を変えていく。
きらりと紫色の禍々しい光を輝かせてユゥの手元にあるのは、間違いなくバグに染まった剣であった。
……まさか、バグを操ってるの?
トーガの思考が追いつかない中、ユゥはウイルスの足元で力の限り地面を踏み付け、高く飛び、サーベルを刺そうと手を伸ばす。
だがサーベルを掴んでいた手首を足で掴まれてしまった。鳥のような形態をしたウイルスの力強い足の力で、サーベルを掴む左手首がミシミシと男立てる。
「ぐっ……」
あまりの痛さに顔を歪ませるユゥだったが、グッと堪えて右手を振り上げた。
その右手には薄紫の霧が集まっており、それは段々と形を成していく。
ジュウ と焼け焦げたような音と共に霧は姿を変え、先ほどシグの言っていたクロウズサーベルと同じものとなった。
左手に握っていたものは、逆に薄紫の霧となって消えており、痛々しくもミシミシと音を立てて締め付けられている左手首だけが残った。
……が、ユゥはそんなこと気にもせず、自身の手首を掴んだままのウイルスの足めがけて、サーベルを振りかざす。
「ギャアアアアアア!!!!」
痛苦かあるのかないのか、ウイルスは空気をビリビリと震わせるほどの咆哮を上げた。
翼をばたつかせ、ユゥの手から離れようとしている。だが、離れることは許されない。
何故なら、ユゥが自身の手首を気にもせず、バグの刃がウイルスの足を貫いたから。
勢いよく刺したそれは、ウイルスの足を貫通し、ユゥの手首もろとも貫いている。
……が、それは逃さないようにと考えたユゥの策通りであった。
「逃すかよ!」
バタバタと暴れ回るウイルスの足に掴みかかると、ふとユゥの視界に何かが目に入る。
銀色に輝く、ネックレス……
「あの野郎……!」
そう、自分たちが受け取った、バグを操れるネックレスとまんま同じだったのだ。
銀色のチェーンに、赤い色の逆十字のチャーム。
ユゥの脳裏には、ネックレスの向こうで嘲笑う声がこだましていた。
間違いない、このウイルスもあいつの仕業だ。ならば、このウイルスを抑えるならきっとこれが効果的だろう。
「おいあんた!こいつの首についてるネックレスを切れ!」
「オッケー!!」
聞いていて気持ちのいい返事と共に、ボットはカッターナイフを振り下ろす。
だが、当然のように空振ってしまった。
「何やってんだあんた!?!?」 「しょうがねえだろ!当たるまでやれば問題ねえ!」
ユゥに怒鳴られながら、カッターナイフをネックレスに振り続けていたが、ついに痺れを切らしたようでカッターナイフを投げ捨てる。
ガシャン!
投げ出されたカッターナイフが嫌な音を立てる中、ウイルスの体に掴みかかり。
ネックレスを掴んで、そのまま……
引きちぎった。
「うおっ!」 「ぐぁっ!」
その瞬間、ウイルスが叫び出し、体を大きく大きく揺らす。
あまりの勢いにボットとユゥが投げ出されてしまった。
慌てて投げ出されてしまった二人の元へとトーガとシグは駆け寄りながら、暴れ回るウイルスの方を見る。
地面に頭を擦り付けながら翼を揺らし、それはもう苦しそうにもがいていた。
羽一枚一枚が溶け落ち、肉、骨と見えてくる。
やがて暴れていたウイルスは動かなくなり、そこには紫色のシミと、切れた銀色のネックレスだけが残った。
かっ……
「勝ったあ!さっすがだよユゥに……じゃない!手大丈夫なの!!」
「これぐらい舐めてればなんとかなるだろ」
「ならないよ!?なったら薬も壊助師もいらないよ!!」
兄弟二人で喜んでいるのを微笑ましく見つめてから、トーガは地面に張り付いたままのボットの元へと走り寄る。
「大丈夫?」そう聞きながらトーガは手を差し伸ばすと、にへらと笑いながらボットはその手を受け取った。
……が、ふとボットがトーガの後ろの方へと視線を向ける。
すると、みるみるうちにボットは顔を青ざめていき、ワタワタと地面を這いながらその方向へと向かっていった。
「あああああ!」
そこには、先程嫌な音を立てたカッターナイフがぽつん。
見ると投げ出されたせいかボディが割れていた。全く物使いが荒い男だ。
そう思いながら、ボットのもとへと走り寄り、そっと肩に手を当てる。
「どんまい」だなんて言葉を投げかけると、ボットは更に顔を青くした。
「怒られる……!」 「自分で投げ捨てたんじゃないの」
そう口にしたボットは今にも死にそうなほど顔を真っ青に染めている。
だが自分で投げ捨てたのだ。自業自得である。
うじうじと泣き言をいいながら、いそいそとカッターナイフであったはずの破片たちを鞄へとしまっているボットを見ていると、後ろから複数の足音が聞こえてきた。
振り返るとそこには先程まで逃げ惑っていた人々がおり、皆が驚いた様子でこちらを見ている。
続いている沈黙の後、瞬く間に歓声が広がった。
「うおおおおおお!」 「凄い!あんなに大きいの倒しちゃった!」 「やるじゃねーか!」
人々が走り寄ってくる。
感謝され慣れていない四人は、あわあわと戸惑いながら囲まれていた。
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時計塔の上、一人の黒いフードが揺らめく。
大きなため息を付いているフードの視線は、歓声を浴びている少年少女たちの方へと向いていた。
手には大切そうに透明な付箋がされている本を持っており、首には銀色のネックレスがチラついている。
「せっかく使ったのに、ばっかみたい」
その時、風が吹いてフードがずれてしまう。
あらわになったツインテールが風に靡く中、フードの少女は目を見開いた。
見えるのは、ぐるぐると回る渦巻。
「ま、いっか!別に欲しいのはあれじゃないし!」
瞳の中に渦巻を宿した少女は、フードを振り直すと、ペタペタと素足で時計塔を飛び降りる。
そのまま屋根伝いに何処かへと消えていった。
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