その少女、出来損ない
・
国からの資金により飾られた煌びやかな装飾と、それよりもうんと目立つ沢山のトロフィーに勲章。
傷を付けまいと防壁魔法にて守られたトロフィー達は、壁一面を埋め尽くすようにびっしりと飾られていた。
ここは美術館か?それともボンボンの住まう家の廊下か?
否、ここは例えとした二つよりもずっとこの世界にて重宝されている、人々が苦しむ病を治せる者を育成するための壊助師専門学校、「ピュリフィケーション」の廊下である。
窓の外から入る太陽の光が照り付け、様々な装飾に反射しなんとも視界が悪い廊下には、勿論授業を受け、勉強に励む為の教室に出入りする扉が設けられていた。
廊下のずっと、ずっと、またずっと奥に行き、左に曲がって見える階段を登り、さらに右手に曲がって二つ目の扉。
中等部一年、A組。
そこの教室では、いつもの授業とは明らかに違う、高難易度の問題が黒板一面に書かれていた。
「嘘、こんなの解けっこない」 「そもそもなんて書いてあるのよアレ」 「読めない」
教室にある席に各々ついている生徒たちは、教師に聞こえないように隣の席の者と小声で話し合う。
その生徒たちの視線の向こうには、言葉通り、読めない文字でびっしりと問題が書かれている。
心地の良いリズムで音を立てるチョークとは裏腹に、生徒たちの不満は黙々と溜まっていった。
本来深目の緑色であるはずの黒板がチョークで書かれた文字で真っ白に染まったと同時に、教師はチョークで大きな音を立てて粉受けに置く。
そして、くるりと振り返って生徒たちに語りかけた。
「皆さんはこの文字が読めないでしょう?」
教師の台詞に、小声で文句を言い合っていた生徒たちは一人、また一人と眉間に皺を寄せ出す。
明らかに不満しかない顔を見せる生徒たちに、教師は腕を組みながら言った。
「この文字は、高等部二年になる際に習う古代文字です。貴方達が読めなくて当然。」
「仮に読めたとしてもここに書いた問題は全て高等部で躓いた者の多い問題です。貴方達には解けないでしょう。」
腕を組みながら、教師は一歩、また一歩と教室の中を歩く。
まるで一人一人、全員に溢さず聞かせるかのようにぎょろりと目力を効かせながら足を進めている。
靴のヒールを鳴らしながら歩く教師に生徒たちは、肩を震わせて怯えるものもいれば、目を見開き聞き入る者もいた。
……が、その教師に見向きもせずに下を見ている生徒がただ一人。
「今すぐ解けなくて結構、ですがいつか。必ず解けるようになりなさい!今貴方達がこうして席をついている間にもプロの壊助師達は沢山の命を救っている。そのプロ達もこの問題に躓いたのです。」
「貴方達全員、必ずこの問題を乗り越えて、一人でも多くの人を病から……バグから救ってみせなさい!」
教室をぐるりと一周して、教師は改めて黒板の前に戻る。
背中を向けていた教師は華麗にターンをきかせて生徒たちの方へと向き、桃色に頬を染め上げた。
その瞬間、一人の渇いた両の手を合わせる音が教室に響き渡る。
するとそれを合図とするかのように一人、また一人と手を合わせ始め、教室内は拍手の音で満たされた。
「感動した!」 「絶対乗り越えてみせます!」 「ブラボー!」
本当に思っているか否かは本人たちしか知らないが、教室の中は拍手の音だけでなく教師に感服の言葉を向けていく。
すっかりご機嫌な様子で口角を上げた教師は、「せっかくですから読み方と解き方を教えます」と言いながら黒板へと向かう。
……否、正確には「向かおうとした」が正しいだろう。
教師は、一人の生徒へ視線を向けながら、その場に足を止めていた。
「解けました。」
あたりは先程の賑やかさと一変し、静寂だけが教室の中を支配する。
灰色の髪のボブカットを揺らす少女の、凛とした声だけがこだました。
少女の名は、トーガ・ジュラルド。歴代の優秀な壊助師に名前が載らなかった者などいないと言われる、由緒正しい家柄の一人娘だ。
トーガは辺りの視線を全て受け止めながら、ペンだこのできたお世辞にも綺麗とは言えない手を上へと上げている。
数秒前までご機嫌であった教師は、先程までとは全く違う眉間に皺を寄せた、それはもう不機嫌そうな顔でトーガのもとへ歩みを進めた。
カツカツと鳴るヒールの音は教室を周っていた時とはまるで違う、テンポがかなり早い足音。
その足音は、カツン、と一際大きな音を立てて、ペンだこのできた手を上げているトーガの目の前で止まった。
「……トーガ・ジュラルド。嘘を仰い、さっきも言ったでしょう。この問題は高等部二年で習う」
「予習してたのでとけました。」
「……はぁ?」
付けている口紅が横に伸びる程口を広げ、いかにも不機嫌そうに言葉を溢す教師。
身を纏っているローブに皺が寄るぐらい力を込めて腕を組むと、視線の先は教科書から黒板へと変わった。
トーガは突然のことに首を傾げていると、教師はトーガの方を見向きもせず口を開く。
「書いてある問題文一文字残さず読んで、読んだ上で答えを述べなさい。」
教師の言った言葉を始まりに、まわりの生徒はコソコソと小声で話し始める。
そんな内緒話など聞く耳を持たず、トーガは教師が自慢げに語りながら教室を周っている間に書いていた、ノートを持ち上げて大きく息を吸い込んでから話し出した。
「問一、我が校ピュリフィケーションの魔導保管室に特に厳重に保管されているアイテムの名前は。答えは「暴食の本」です。」
「問ニ、日々人々を苦しめている病「バグ」への特効薬は現在幾つできているか理由も述べよ。答えは無し、特効薬は数こそありますが、どれも効果は疎らで、名前の通り特効とは言えないことが理由です。」
「問三、英雄が竜の出した炎によってかかった病を治したとされている初代 壊助能力の名称を述べよ。答えは名前なんてありません、何故なら英雄たちは無詠唱で人々を救ったからです。ですが、使っていた能力は一般的な壊助師たちが使っている壊助能力と同じと言われています。」
トーガの口から淡々と告げられていく問題文と答えと共に、生徒たちのこそこそ話は更に大きくなっていく。
そんな耳障りな声は無視してノートをピシャリと閉じ、トーガは黒板へと向けていた視線を教師の方へと向けた。
「終わりました」なんて言うトーガに、教師は肩を震わせながら目を泳がせる。
……が、何か思い付いたのか突然教室を全速力で飛び出してしまった。
のも束の間であり、息切れを激しくおこしながら教師は教室に戻ってくる。
扉にへたり込みながら持ってきたのは、「実践用のデコイ人形」だった。
その瞬間、微かにトーガの眉間に皺が寄る。
聞こえるこそこそ話の中には、嘲笑うような声も混ざり始めた。
「実践を成功させて初めて正解と言えるのです!!トーガ・ジュラルド!問三の答えである壊助能力で、このデコイ人形のバグを治してみせなさい!」
肩で息をしながら、片手でデコイ人形の首根っこを掴み歩み寄ってくる教師。
どがっ、だなんて鈍い音を立てながらトーガの机の上に置いてあるノート目掛けて、教師はそのデコイ人形を置く。
プスプスと焦げているかの様な音を立てる紫色のデコイ人形を見て、トーガは更に眉間に皺を寄せる。
だが、どんなに嫌そうな顔をしたとしても問題は正解にならない。
大きく二回深呼吸してから、右手を前に、左手で右手の手首を押さえながら突き出す。
瞼を閉じ、3秒程精神統一を図ってから、心の中で念じながら声を発した。
「壊助!!!!」
壊助!
壊助
…助
視線を一点に感じながら、トーガは自分自身の両手の先にあるデコイ人形へと視線を向ける。
デコイ人形は、先程とまるで変わらない様子でプスプスと音を立てていた。
そのデコイ人形を見るなり、膝をついていた教師は態度をころりと変えて立ち上がり、机に乗っていたデコイ人形のまたしても首根っこを掴んで奪い取る。
そして、トーガに言うのだった
「実践を出来なければ正解とは言えません、実践を成功できる様になってから挙手なさい。」
「……はい、すみません。」
視線を机に向けながら、トーガは椅子に座ろうとゆっくりと椅子を引く。
その時、先程まで聞こえないフリをしていたこそこそ話が鮮明に耳の中に入っていった。
「やっぱりできなかった」 「壊助できなきゃ意味がない」 「ジュラルド家の面汚し」
全てがトーガを嘲笑うものであり、トーガは椅子に座ってから堪える様に自身のスカートを両の拳で握る。
機嫌が良くなり、デコイ人形を戻しにスキップで向かう教師など見えないまま、トーガの耳にはいつも耳にするあの言葉が入ってきた
「やっぱりあいつは」
「出来損ないのトーガだ」
少女の名前はトーガ・ジュラルド。
どの壊助師よりずっと多くの人々を救ってきた由緒正しき家柄の一人娘にも関わらず、壊助師になるなら持っていて当然である壊助能力を使えない、灰色のボブカットを悔しげに震わせる
……蔑称、出来損ないのトーガ。
・




