暖かな起床
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ちゅんちゅんという鳥の鳴き声と共に、ゆっくりと目を開く。
どうやらいつの間にか寝落ちてしまったようであり、掛け布団をろくに被らないままベッドに寝ていた体を、ゆっくりとユゥは起こした。
相変わらずカーテンは閉まったままだが、夜に比べると多少ではあるが明るく、日が明けたのだろうと想像ができる。
未だ涎を垂らして眠っているシグを横に、まだ寝ていたい体をなんとか起こして机のそばに歩み寄ると、昨日ピックにもらった紙袋を開け、薬を一粒飲み込んだ。
ごくん、と喉を鳴らす。あまりの苦さに顔をしかめると同時に紙袋の中身を見た。残りの薬は六粒、大丈夫、あとたった六粒の辛抱だ。
「シグ起きろ、朝だ」 「……う〜ん、あと10時間……」 「なげえよ」
シグの頭を軽く叩いてやると、心底眠そうな顔をしながら起き上がる。
ベッドの上に投げ出されたキャスケットに手を伸ばし、ゆったりと被ったシグは大きく欠伸をした。
「おはようユゥ兄ぃ」 「ああ、はよ」
ベッドに座りながら挨拶をするが、柔らかなベッドはただでさえ眠そうにしているシグを更なる眠気へと誘う。
うつらうつらと頭を揺らしているシグをなんとか起こそうと支えていると、扉から軽いノックが聞こえた。
突然のことに驚き肩を揺らすが、「はい」とシグは言葉を返す。ゆっくりと扉が開くと、そこには昨夜見た使用人が立っていた。
「おはようございます、ご友人様。昨晩はろくなおもてなしが出来ず申し訳ありませんでした。」
「いえ、そんなことないっす。こっちが頭下げてえぐらい……」
「昨日のご飯おいしかったね〜」
使用人が深く頭を下げると、部屋の中に大きなワゴンカートを押して入ってきた。
真っ黒なシーツを被ったワゴンカートの上には二つほどクローシュが乗っている。使用人がそっとワゴンカートから手を離し、机を丁寧に拭うと、クローシュを手に取り、机の上に置いた。
眠そうにしていたシグは、これによってハッキリと目を覚ます。
何故なら……
「本日からは、きちんと人数分ご用意させていただきます。」
出されたものが、俗に言う朝食であったから。
一日一食食えればラッキーな生活をしていた兄弟にとってそれはどんな財宝よりも嬉しいものであり、垂れる涎が止まらない。
クローシュが外されると、香ばしい香りと同時に残りカスの眠気は完璧に吹き飛び、空腹と幸せだけが脳を埋め尽くした。
淡いクリーム色をしたスープ、甘い香りの正体はとうもろこしだろうか?隣には湯だったロールパンがふんわりと二つ並んでいる。まさか焼きたて?紙に包まれた謎の四角い物体もあり、後から差し出されたポットの中身は昨夜とは違い真っ白。興味と空腹が自然と足を机まで進ませた。
「とうもろこしのポタージュと、ロールパンでございます。そちらにあるバターを付けてお召し上がりください。」
「えっこれバターって言うの!?じゃ、じゃあこの白い液体は!?」
「牛乳でございます」
「すっげえ実物初めて見た!」 「シグ……静かにしろよ」
椅子に飛び込むように座ると、シグはがつがつと料理をかきこみだす。
料理を残すのはもったいない、そう思ったユゥもゆっくりと席につくと手を合わせ、ロールパンに手を伸ばした。
うん、うまい。少し前まで泥水を啜り、腐った果実を貪っていた兄弟は嬉しそうに頬張る。
すると、ふと何かを思ったのかユゥは食べる手を止めて、使用人の方を見つめた。
「あの、あいつ……じゃなくて灰色の……」
「トーガお嬢様のことですか?」
「そう、トーガ……さんは今どこに?」
「トーガお嬢様でしたら、学校にいらっしゃいますよ。いつも通りですと、帰りは夕暮れ時になるかと」
学校
兄弟にとっておそらく無縁の場所である。
使用人の話によると、近々学校で大きなイベントがあるらしく、何やら張り切っていた様子だったそう。
そんな忙しい時期にわざわざこんな貧民街の貧乏人を拾ってくれたのか、そう思うとユゥは頭が上がらなかった。
なにかお礼はできないだろうか、そう思いながら、とうもろこしのポタージュをスプーンで掬い、口の中へと入れる。
甘い香りと暖かさが口いっぱいに広がっていき、ユゥは頬を緩めた。
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「ごちそうさまでした!」「した。」
食事を食べ終えると、使用人が手際良く食器をワゴンカートへと乗せて、部屋を後にした。
なんとなくでカーテンの隙間から窓の外を覗くと、綺麗な緑色の芝が見える。
あかり一つ付けず、なんで締め切っているのだろうか、勿体ない。
そう思っていると、暇だったのか部屋を彷徨いていたシグが、ドレッサーの上に置かれた一枚の紙切れを見つける。
チェスの駒の形をした重石をよかして紙切れを持ち上げると、それは「トーガ」と書かれたメモ用紙であった。
シグがユゥに呼びかけると、ユゥも慌ててそのドレッサーのそばに走り寄る。
「ユゥ兄、これこれ!」「ん」
そしてメモ用紙に書かれている文面を読んだ。
「やることなくて暇でしょうし、邸の中を見て回っててもいいわよ!
でも、脱走なんてしたら承知しないからね!」
「トーガ」
おそらく、これはなにかのメッセージなのだろう。
だがしかし困った、これは大いに困った。何故なら、兄弟は文字が読めないのだ。
兄弟揃って眉間にシワを寄せながら、小さなメモ用紙を見つめる。
大したメッセージではないのだが、読めない彼らにとってはそれすらもわからず、メモの解読が始まったのだった。
まあ、結果としては暇つぶしは出来ているしいいだろう。
帰ってきたトーガに文字が読めない旨を説明すると、呆気に取られた表情をしたのち、笑って書いてあった文字を説明してくれた。
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