バスケットの中身は
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トーガがランタンを持つ手を右手から左手に変えると、空いた右手で壁を手探りだす。
すると、スイッチを押したであろうパチンッという音と共に視界が突然明るくなった。
突然のことに目が追いつかず、シグとユゥはもちろん、トーガも目を細めて渋そうな顔をしている。
しばらくすると視界が慣れてきたのか、目を開けるようになったため、改めて部屋の中を覗く。
パタン、おそらく部屋の扉をトーガが閉めたのだろう。その音と同時に、シグは部屋の内装を見て頬を桃色に染めあげた。
「うわあぁっ!」 「すげえ」
相変わらず黒いカーテンが目立つ部屋ではあるが、並んでいる家具がとにかく豪華であった。
部屋に敷かれているカーペットは当然のように足が沈むぐらい柔らかく、部屋を照らすシャンデリアは廊下にあったものよりもずっと装飾が多く派手。
中心に置かれている机や椅子はロココ調の一眼見てわかる高級品だ。壁際にはドレッサーらしきものが置いてあり、鏡はシーツを被っている。
部屋の奥に見えるベッドは五人並んで寝たとしても余裕が出来るのでは?と思ってしまうほど大きく、雲のようにふかふかとしていた。
乗りたい、あの上に乗って寝たい。
シグはその場でにやけていると、トーガが部屋の扉を開ける。
「好きにしてて!すぐ戻るわ!」
すると扉の向こうへと早歩きで飛び出し、パタンと閉めてしまった。
好きにしてて、だなんて言われたらもう歯止めが効かない。シグはユゥを支えたまま、大きなベッドへと突っ走り、飛び込んだ。
お日様の匂いがする柔らかな布団に飲み込まれ、満足そうに微笑むシグだったが、ユゥは慌てて起き上がる。
しかも降りて床に座ろうとし出したものだから、シグは慌てて腕を掴んだ。
「ユゥ兄、好きにしていいって言われたんだから甘えちゃおうよ」
「いやでも……」
「ほら〜こうして顔を埋めると沈むんだよ〜このまま埋まりそう……」
シグに流されるように、ユゥはそっと布団にうつ伏せになって寝転がる。
するとふんわりとしていた布団が体の形に沿って沈んでいき、ユゥの体を包み込む。
先程まで遠慮がちであったユゥも、布団の魅力に呑まれてゆったりと身を任せ寝転がってしまった。
ボロヌノ街の適当に寄せ集めたゴザの上や新聞紙を敷いた地面に寝ているのとは天と地ほどの極楽に、シグはもちろんユゥもぞっこんだ。
部屋に戻ってきたトーガの存在に気が付かないほど。
「気に入ってもらえてよかったわ。」
「!あっ悪い」
「良いのよ、気にしないで寝てても!……いや、やっぱり起きてちょうだい。」
ベッドに寝転がっているシグとユゥを見て、笑っているトーガの手には、何やら大きなバスケットが握られていた。
ガラス同士が当たる小さな音が聞こえるバスケットを持っているトーガは、部屋に置かれている机の上に置く。
「寝てたら食べられないものね。」
すると先程までふかふかなベッドに夢中だったシグが突然起き上がった。
なぜなら、そのバスケットからは食欲を唆る美味しそうな香りが漂っていたから。
ボロヌノ街暮らしの兄弟は毎日ろくな食事は摂れないため、その香りに釘付け。シグが走って机の上に置かれたバスケットに近寄ると、トーガはそっとバスケットを開いた。
「ごめんなさい、一人分しか無かったの。二人で分けて?」
「っわああああぁぁっ!!」
バスケットの中から手際よく机に並べられていく料理たちに、ユゥは見とれ、シグは歓喜の言葉をこぼす。
グラスがふたつと綺麗なお水が入ったポットに、大きく切り分けられた三切れのフランスパン。
ブロッコリーやニンジン、鶏肉がたっぷりと入った真っ白なシチューは温かな湯気とともに香りを辺りに充満させる。
それに加えて香ばしい香りを漂わせ、ツヤツヤとしたタレがたっぷりとかかったローストビーフが皿の上に数枚並んでおり、普段肉なんて口に入ってくることが滅多にない兄弟はごくり、と生唾を飲み込んだ。
グラスに水を注いているトーガをうきうきとした表情で見ながら、その場でシグは飛び跳ねている。
だが、見とれていたユゥが慌てて意識を取り戻すと、綺麗な水がたっぷりと入ったグラスを受け取ろうとしているシグの肩に掴みかかり、トーガに言った。
「一人分って……これあんたのなんだろ?受け取れねえ」
「えっ!!」
そのセリフを聞くなり、すっかり食べる気満々だったシグは涙目で目と鼻の先まできている水を見つめる。
食料は当然だが、ただの水でさえ貴重なボロヌノ街で育った兄弟にとっては目の前の綺麗な水もごちそう同然であることもあり、そんなものはとても受け取れない。
雨風凌げる屋根のある部屋に柔らかく温かいベッドまで使わせてもらおうとしているのに食事まで、しかも泊めてくれようとしている人の食事なのに食べるなんて出来なかった。
食事を目の前にし、ユゥは止めているが、大きく腹を鳴らす。それを恥ずかしいのか頬を染めているが、頑なに食べようとはしない。
「そっか……残念だわ。」
寂しそうに肩を下ろしたトーガは、手に持っていたグラスを机に置くと、椅子をひきながらフランスパンを一切れ取って齧る。
シグは羨ましそうに「ああ」と言葉を溢すし、自身の腹の虫も何度も鳴いているがこれでいいのだ、とユゥは言い聞かせた。
その時
「……ふひあい!」
「んぶ!」 「うあ!」
フランスパンを咥えたままの聞き取りにくい声で「隙あり」と言うと、両手に掴んだ残り二枚のフランスパンを兄弟二人の口に押し込んだ。
突然のことに驚くが、落とすわけにもいかずフランスパンを掴む。シグに関しては嬉しそうに頬張っていた。
そっと兄弟の口に入れたパンから手を離すと、トーガは照れたように頬を染めながら微笑んだ。
「じゃあ一緒に食べましょう?誰かと食卓を囲むなんて久しぶりなの」
みるみるうちに耳まで真っ赤にしていくトーガは、ついに顔を横にそらす。
断ろうにも、顔を逸らしたトーガはどこか寂しそうであり、断れる雰囲気では無かった。
口に入れられたパンを掴み、口元から離す。それを食べない、と見做したのかトーガは寂しそうに視線を下ろすが、続けてユゥは言った。
「……食うんだろ?冷めちまうからとっととしようぜ」
「!」 「やったあぁ!」
そっと机の側によると、ユゥは椅子の背もたれを撫でながら改めてパンを口に放り込む。
そんなユゥを見て、シグは喜んで椅子に飛び付き、後を追うようにトーガも駆け寄った。
ああ、こんなに賑やかな食卓はいつぶりだろう。
三人で食卓を囲い、一人分の食事を分け合いながらトーガは笑った。
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