ただ暗い邸
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一週間絶対安静、薬を飲んで体や体調に何か起こったらすぐ報告。一週間後、容態確認のため竜の息吹に来ること。
それらを約束し、にこやかに微笑むピックに手を振りかえしながら竜の息吹を後にした。
「こっちよ」と言い、トーガは道を指さして先陣を切って進んでいく。
念のため逃げ出さないようにとボットが一番後ろでついていっているが、ユゥは特に逃げ出す様子などなくおとなしく着いていくようだ。
シグはというとチラチラとトーガやボットの様子を見ながら、時折ユゥに耳打ちをしている。
小声で言っているつもりなのだろうが、はっきりと聞こえる耳打ちにはトーガは当然のことボットも呆れていた。
「ユゥ兄!今なら逃げられるよ!早く逃げよ!」 「シグ、落ち着け」
「あっほらよそ見してる!」 「シグ」
恩を仇で返すことはすんな。
ユゥはそういうと、バグの後遺症かはたまた疲れたのか、シグに寄りかかる。
ユゥに言われた事が相当来たのか、静かに寄りかかってきたユゥを支えながら大きくため息をつくとトボトボ歩みを進めた。
この様子なら逃げ出すことはほぼあり得ないだろう。
安心したトーガは微笑むと、一番後ろにいるボットに話しかけた。
「大丈夫そうだし、ボットは帰っていいわよ。」
「……本当か?いきなりダーッてなったらどうすんだよ」
「ダーって」
謎の擬音を口にするボットに首を傾げるが、トーガは「大丈夫よ、きっと」と言い返す。
すっかり真っ暗になっている空の下、最後まで心配そうにこちらを見ながらボットは遠ざかっていく。
遠く離れた曲がり角を曲がる直前までトーガを見ていたボットに思わず笑いそうになるが、必死に堪えて手を振っていた。完全にボットが見えなくなったのを確認すると、トーガは兄弟たちの方へと振り返り、笑いかけるのだった。
「さて、行きましょうか」
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時々躓きそうになるユゥのために足を止めながら、ゆっくりと歩みを進める。
手を貸そうとトーガは言ったが、シグに手を振り払われてしまったため触れることは叶わずに大人しく歩みを続けた。
そんな中トーガは何食わぬ顔でいるが、シグは進むにつれてどんどんと困惑した表情になっていく。
何故なら、一つ前の曲がり角を曲がってからずっと同じ壁が続いているからだ。おかしい、少し前までは様々な壁や植木、住宅が並んでいたはず。それが今は高く白い壁と一定間隔で設置されている外灯しかないのだ。
なんだこれは、シグが冷や汗をダラダラと流していると、並んでいる外灯の光より、一際明るい光が見えてくる。
そこに近寄ると、大きな門に豪華な装飾の外灯、門の中にはだだっ広い庭が広がっていた。
庭の奥には道中見たどの家の何十倍も大きな邸がでかでかと建っている。
明らかに金持ちの家である事が丸わかりな邸に、シグは唖然と立ち尽くしていた。
それもそのはず、トーガがその邸のベルに触れていたからだ。
「は!ちょっ嘘でしょ!?」
「なにか?」
「なにか?じゃないよ!ここってキミの家なの!?」
「ええ」
シグに返答をしながらベルを押すと、高級感あふれる音が鳴り響く。
思考が追いつかないまま響くベルの音を聞いていると、トーガを迎え入れるように大きな門が音を立てて開き出した。
当たり前のように門の奥へと進むトーガに、シグは慌てたようについていく。
通ったのを確認したかのように門が自動で閉まる。門の中に広がる緑の芝や噴水、様々な形のシンボルツリーに目を惹かれていると、トーガは邸の扉を叩いていた。
「夜分遅くまでお勉強お疲れ様です、トーガお嬢様。……あら、そちらのお客様は?」
「友人です、少々具合が悪いみたいで……一週間ほどうちに泊めてはいけませんか?」
「……少々お待ちくださいませ」
慌ててシグが駆け寄ると、開いた扉からは綺麗な黒髪を一つに結っている女性が顔を見せた。
トーガのことをお嬢様と呼び、メイド服を見に纏っていることを想像するに使用人だろう。
その使用人は一度扉から離れて邸の中へと入っていく。
「友人のフリしてて頂戴ね、説明もその方が楽だろうから。」
「わかったあ……。」 「ああ」
しばらく沈黙が続くその空間にシグは気まずさを感じたのか、邸の外装を見渡した。
たしかに大きいし豪華ではあるのだが、一つ違和感がある。部屋の明かりが何一つついていないのだ。外はすっかり暗くなっており、本来であれば明かりをつけなければ視界もままならないだろう。
だが、見えている窓からは光が漏れている様子は全くない。おまけに先程顔を覗かせた使用人は手にランタンを持っていたため、まさか明かりが付いていないのか?とシグは思った。
「お待たせ致しました、「いいわよ別に、迷惑かけないでよね恥晒し」だそうです。どうぞ」
「……ありがとう」
しばらくして顔を見せた使用人は、トーガに向かってそう言葉を吐き出した。
まさか、雇われている身だろう?シグは呆気に取られるが、トーガは何も言い返すことなく礼を言うと、使用人が持っていた二つのランタンのうち一つを受け取ってシグの方へと振り返った。
「暗いから足元気を付けてね」 「う、うん」
使用人が扉を押して大きく開くと、そこにトーガが入っていき、玄関をランタンで灯す。
「そこ段差あるわよ」だなんて言われながら、シグはユゥを抱えて玄関に入った。
靴はどうするべきか悩んでいると、使用人から危ないから脱がなくていいと言われる。
トーガたちが邸の中に入り終え、ほかに連れがいないことを確認したのちに使用人はそっと扉を閉めて、鍵をかけた。そのあとトーガの方へと振り返り、深々とお辞儀をすると、一言。
「トーガお嬢様、お部屋までお付き添いいたしますか?」
「いいえ、大丈夫よ!」
「……かしこまりました。では、失礼致します。」
またしても深々とお辞儀。
そのあと心配そうに眉を下ろしてランタンを持ち上げると、使用人は何処かへと行ってしまった。
遠ざかっていくランタンの明かりを見ていると、シグはとんとんと肩をつつかれる。
驚いた様子で振り向くと、ユゥが使用人が向かった逆の道を指さしておりそこにはランタンを持ちながら微笑んでいるトーガが立っていた。
「置いてかれるぞ」 「わっわかってる!」
慌ててトーガの元へ駆け寄り、トーガもそれを確認すると廊下を歩き進んでいく。
ランタンの明かりのおかげもあり、曖昧ではあるがあたりの様子を確認できる。おそらく黒色であろうカーテンに、いかにも金持ちが住んでいます!とでも言いたげな広い廊下。天井には廊下とは思えないほど大きなシャンデリアが飾られているが、暗い廊下の中では当然のこと、光が灯っていることはなかった。
なんでまたこんな、節約かな?
シグが呑気に考えていると、トーガがぴたりと足を止める。
釣られて足を止めると、そこには豪華な装飾で飾られている扉があった。
トーガはその扉のドアハンドルを握り、開く。
……ガチャリ、扉を開ける音とともに視界に入った部屋の内装は宝石箱のように輝いており……
なんてことは当然なく、視界に広がるのは黒一色であった。
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