路地裏と少年
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キリュウ達が激戦を繰り広げ、無事盗っ人を発見し薬を取り戻し終えた一方……
「盗っ人といえば薄暗い路地裏とかだろ!」
「安直すぎるって……現にずっと探してるのに見つからないじゃない」
ピック達と別れる際にトーガはボットに首根っこを掴まれたまま、ずっと路地裏を探索していた。
商店街や住宅街の路地裏を片っ端から歩き回り、盗っ人を探し続けていたのだ。
結果としては、当然のことながら全く見つかっていないどころか手がかり一つ見つかっていない。
いい加減痺れを切らしたトーガは、首根っこを掴んでいる右手の甲を思い切りつねり、無理矢理動きを止めた。
ずっと掴まれていたせいもあり、久しぶりのまともな呼吸と視界である。
トーガは路地裏の中、着崩れてしまった制服を直し、汚れを手のひらで叩く。
すっかり通常通りに戻ると、先へと進もうとしているボットを呼び止め、指をさした。
「いい加減にして頂戴!最初に情報を見たのは掲示板なのよ!掲示板を見に戻った方が確実だったに決まってるでしょ!!」
「……あーーーーー!マジじゃん!」
大口を開けてトーガに「天才!」と呼ぶボットはどうやら本当に掲示板を見るという選択肢が頭の中になかった様子。
呆れた様にトーガは頭に手を当てると、その手を下ろして鞄を背負い直した。
その時である
素早く何かがトーガの後ろを走り去り、鞄を持ち去ろうとしたのだ。
突然のことにトーガは反応できず鞄を手放してしまうが、ボットはすかさず反応し、何かの首根っこを掴む。
「ぐえ」と潰れた蛙の様な声を上げる鞄を持ち去ろうとした人物は、肩をぶるぶると震わせながらトーガたちの方へと振り返った。
手入れのされていないボサボサな金色の髪に、紺色のキャスケット。
マリンブルーの瞳が綺麗な垂れ目の少年は大粒の涙を目元に溜め込んでいた。
その少年の首根っこを掴んだまま、ボットは鞄を取り返してトーガへと返す。
背負い直しているトーガを見た少年は、鼻水を啜りながら言葉を発した。
「か、返せよ……!」
「は?」
「ひぇ……!」
気が弱いのか、トーガの返した言葉に肩をビクッと動かし、溜め込んでいた大粒の涙をぼろぼろとこぼし始める。
ボットに「泣かすなよ」と言われてしまったが、勝手に盗みを働いたのも勝手に泣き出したのもこの少年であり、トーガは自分のせいなのかと頭を抱えそうになった。
が、泣いたまま何も言う様子のない少年に、トーガは一言言ってやる。
「返せも何も、これは元々私のものよ?勝手に取ってはダメじゃない」
あくまでも優しく、余計泣かせない様に。
微笑みながら自身の胸元に手を寄せて少年へと視線を向ける。
これでちゃんとした返答を聞ければ良いのだが、そんな甘い事を考えていたトーガは少年の返答にため息をこぼした。
「じゃあもういいじゃん!離してくれよ!!」
なんと、謝罪も何もなしに離せと言い出したのだ。
未だ首根っこを掴まれたままの少年はなんとか逃げ出そうと手足を動かしている。
だがボットの鍛え抜かれた筋力の前では無も同然であり、少年が体力を消耗していくだけであった。
暴れては疲れたのか止まり、また暴れては止まる。
それを繰り返す少年を見ながら、トーガとボットは話し合った。
「この子どうするの?」
「……んー、一応盗まれそうになったし連れてく?」
「でも例の盗っ人ってバグ用の治療薬だけ盗むのよ?今回の件とは……」
「ギク」
トーガとボットはど肝を抜かれた様な声を上げた少年へと視線を向ける。
その視線から逃げる様に目を逸らし、明らかに焦っている少年を見たトーガとボットは、この少年を連れていき、ピック達と合流しようと話が纏まったのだった。
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薬屋竜の息吹に向かう最中も抵抗を続ける少年は、道中ずっと泣いて叫んでいた。
「誘拐される!」と叫ばれた時は焦りはしたものの、誰も助けに来る人はいなく、むしろこの少年のことを避けているようだ。
その件もあり、トーガの中でこの少年はどんどん黒寄りに染まっていく。
無事竜の息吹の前に辿り着くが、ピックたちはまだ来ていない様子。
来るまで待つか、そう思い、待ち時間の間少年に質問を投げることにした。
「君、この店知ってる?」 「知るわけないじゃんこんな悪趣味な店!」
「そうなのね、じゃあこの店に盗みが入ったの、心当たりない?」 「ない!」
「なるほど、盗まれた物がバグ用の治療薬だけ、って言っても?」
「……ナイヨ」 「目を合わせなさいよ」
嘘をつくのが苦手なのだろう、少年は目を合わせようとせずに視線を泳がせている。
おまけに急に片言とした喋り方をするものだから、トーガの中で完全に黒となった。
なんとか盗まれた薬のありかを聞けないか、トーガが悩ましげに顎に手を当てる。
すると、聞き覚えのある可愛らしい鈴の様な声がりんと聞こえてきた。
「トーガさん!ボットさん!お待たせしましたー!」
その声の方へと振り返ると、案の定ピックの声であった。
あとを追う様にキリュウもついてきており、手には大きな袋を持っている。
聞こえてくる「見つかりました!」と言う声のおかげで、キリュウが持っている袋の中身が盗まれた薬であることがわかり、トーガはほっと胸を撫で下ろした。
ならば次はこの少年をどうするべきか、そう思い振り返ると、少年は目を見開いてキリュウたちの方を見つめている。
何事だ?ボットとトーガが首を傾げているが、キリュウが近づいてくるに連れ少年が見ている物がなんなのかが理解できた。
「ゆ、ユゥ兄!」
「……ぁ、シグ。」
キリュウが、何やら疲れ果てた少年を背負っていたのだ。
その少年を見るなり、紺色のキャスケットを被った少年は「ユゥ兄」と呼び、背負われている薄紫色の髪を揺らす少年も、目が合うと「シグ」と双方呼び合う。
そう、この少年たちは確かにあの不恰好な落書きだらけの似顔絵に描かれた二人……兄弟なのだった。
第二章 薬屋竜の息吹【完】
◇ ・ ◆ ・ ◇
「ユゥ兄を離せ!この長髪のっぽ!針金みたいな腕しやがってこのっ!!」
「おいなんだこのガキは」
「……いやほんと、さーせん」
無事……とは言い難いが、盗まれた治療薬を取り戻すことができたトーガ達。
盗みを働いたであろう本人達は、本当に兄弟なのかと疑いたくなる程、真逆の性格をしていた。
完敗だ、とキリュウの背中で疲れ果てている兄を他所に、弟はそれはもう、それはもう。
天変地異でも起きたのかと思うほどに騒ぎ立てていた……
「ぎゃーーー」
__next 第三章 正反対の兄弟
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