はじまり、はじまり
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昔、昔のそのまた昔。数えられないぐらい、幾千年も前の話。
とても大きな、悪い竜がお空の上で暴れていました。
その竜は、緑色の鱗をきらりと光らせて、大きな口からはギョロリと真っ白な牙が覗いています。
睨みを効かせるその瞳は、恐ろしい黄金色を向けていて、人々はとても恐れていたようです。
ある日、恐ろしい竜は大きな口から、その口よりもずっと大きな、大きな炎を吐き出しました。
その炎は、紫色のとっても大きな炎で、人々は途方に暮れて大慌て。
「ぼう!」
紫色の炎は、人々が暮らしている村や町をあっという間に覆い尽くしてしまいました。
するとどうしたことでしょう。
とある村の子供は顔を青くして病に寝込み、又ある町のご老人は病に唸り、苦しみだしたのです。
長い長い月日と時間が経つにつれ、病に病にかかった人々は、一人、また一人と亡くなっていきました。
人々はこれらを、「竜の吐いた炎のせいだ!」と頭を抱えています。
そんなある日のこと。
悪い悪い竜を倒そうと、二人の英雄が立ちあがりました。
一人はとっても強そうな、大きな剣で悪い竜をまっぷたつ!
もう一人は、病にかかった人々を、あれよあれよという間に治したのです。
すっかり元気になった人々は、二人の英雄に大きく感謝しました。
「ありがとう、君たちは命の恩人だ。この御恩は一生忘れないよ。」
そして、世界は平和になり、二人の英雄は後世まで語り継がれたのでした。
……めでたし、めでたし。
「わぁ!すごいすごい!」 「私もこの英雄みたいになりたい!」 「ぼくも!」
黒いカーテンが揺れるすぐ側、部屋の窓の外からは絵本を読み聞かせている老人の声と、それを楽しそうに聞いて、笑う子供の声が聞こえる。
一人の灰色の髪の少女は、部屋に入る穏やかな風に髪を揺らしながら、手に握る万年筆を一生懸命に揺らしていた。ガリガリと万年筆を揺らす先には、努力の形と言えるであろう、手書きの文字がびっしりの真っ黒なノートが広がっている。
……なにが「めでたし、めでたし。」だ。全然めでたくない。
見ていた教科書を指でなぞりながら、それはもう大きなため息をつく。
沢山のノートが置かれた、机の隅にある時計を、チラリと見つめた。
あ、もう学校の時間だ。
手際良くノートや教科書をまとめて、革製の背負い鞄に詰め込む。
自分の体よりも遥かに大きく、そして重たい鞄を力一杯持ち上げて椅子を引く。
立ち上がると、そっと椅子を戻してその場を小走りで駆け出した。
この世界は、とある魔物と病によって苦しめられている。
とある魔物、とはまるで先程の絵本に出てくる「悪い竜」と同じように炎を吐き出し、絵本に出てきたようにその炎により病を振り撒いていた。
あの絵本の話がただの御伽話ならまだしも、あれは実際にあった、後世にまで語り継がれる昔話。
日々を過ごす中、何故あのお話はめでたく平和に完結しているというのに、未だ病は勿論、魔物までいるのかと疑問に思う。
が、そんな考えを無視するように毎日は過ぎていくのだった。
「急がなきゃ」
この物語は、病を振り撒く恐ろしい魔物が蔓延る世界の中で沢山の少年少女達が自分と向き合って成長していく物語。
きっと本に描くなら、一面真っ黒になること間違いなしの、休まる暇のない……
けれども、
足りないものだらけな、隙間だらけの奮闘記。
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