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クリア!  作者: 柏木椎菜


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十三話

「……あ、やっと見つけた」

 四階から階段を下りて来たヒルデは、二階に来たところで日当たりのいい廊下に置かれたベンチに座るレイを見つけて歩み寄った。

「姿が見えなくなったから捜しちゃったわ」

「じっと待っててもつまんないからさ、いろいろ歩き回ってた。……そっちの用事は終わったの?」

「ええ。院長に、ここでの決まりや研究室での生活について教えてもらったわ」

「ってことは、今日から夫婦は研究室に軟禁状態か」

「仕方ないわ。禁術を扱う研究をしてるんだもの。簡単に外部と接触させるわけにはいかないでしょうから。まあ、私達に出かける暇なんてないとは思うけど」

「でも辛くないか? 毎日研究を強いられて息が詰まりそうだけど」

「研究者ならむしろ嬉しいんじゃない? ここにいれば研究のことだけ考えてればいいんだし。しかも食事やベッドも用意されてるなんて至れり尽くせりの環境よ。特に不自由は感じないし、私は夫の側にいられる。問題はないわ」

「ヒルデさんの状況って結構深刻だと思うんだけど、前向きなんだね」

 これにヒルデは見えない苦笑を浮かべた。

「一年後に死ぬって言われたら、やっぱり怖いわ。だけど怖がってるだけじゃしょうがないし、まだ解除薬の希望も残ってる。どうなるかわからないけど、落ち込むよりは前を向いて進むべきでしょ?」

 レイは微笑みながらヒルデを見つめていた。

「……何? どうかした?」

「いや、愛する人の力は偉大だなって思ってさ。死の恐怖すら吹き飛ばすんだから」

「恐怖は今もあるわ。でもそれに気を取られてる場合じゃないってだけよ。解除薬は自分達の手で作らなきゃいけないんだから」

「どうなの? 作れそう?」

「レヴィンの様子だとかなり時間はかかるみたいだけど、無理なんて言ってられない。難しくても全力を注ぐだけよ」

「そうか……俺も何かできることがあれば手伝うよ。あ、親父には内緒でね」

「ふふっ、ありがとう。レイさんには本当に感謝しかないわ。雇ってなかったら私、今頃どうしてたのか……そうだ。報酬を渡さないと――」

 ヒルデが懐を探ろうとするのをレイは手を上げて止めた。

「ちょっと待って。その前に俺、一つすっきりしないことがあってさ」

「え? 何?」

「ヒルデさんを待ちながら今回の一件のことを考えてたんだけど、レヴィンさんが禁止資料を盗み見て、それをアカデミーが把握したところまではいいよ。でもその後のことに首をかしげたくなるんだ」

「その後は、ここの魔法戦士が私達を監視して、禁術を使った研究をしてるとわかって捕まえに――」

「それ。その禁術を使った研究のところ。監視してた魔法戦士は何でもっと早くに捕まえなかったんだろ。そうすれば薬が作られることはなかったし、ヒルデさんがそれを飲むこともなかったのに」

「禁術が使われてるか判断に時間がかかったんじゃない? 研究者じゃなく魔法戦士だったし、すぐにはわからなかったんじゃ……」

 これにレイは腕を組んでうーんと唸る。

「そうかな……監視してたってことは禁術について聞かされてたはずだし、研究中のレヴィンさんは何度か禁術を使ったはずだ。それで判断に迷うなんてあるかな」

「慎重になってたのかもしれないわ。間違って捕まえたら大変だから」

「薬ができるまで長いこと慎重に判断してたってこと? アカデミーは禁術が多数の人に知られる前に急いでレヴィンさんを連行したかったはずだ。それが透明化薬ができるまで監視し続けたって、慎重というより、悠長すぎないか?」

 今度はヒルデがうーんと唸る。

「そう言われると、そうかもしれないけど……つまりレイさんは、何だと言いたいの?」

 聞かれたレイは真面目な顔をヒルデに向けた。

「監視してた魔法戦士は、透明化薬ができるまで待ってたんじゃないか?」

 これにヒルデは微妙な表情になる。

「なぜ待つ必要があるの? 研究を止める側の人間なのに。薬ができて何か得することなんてある?」

「それは、わからないけど……でも何か不自然さを感じるんだよ」

「考え過ぎじゃない? 捕まえる準備やタイミングもあっただろうし」

「ここの魔法戦士は素人じゃない。急ぐ任務なのに研究が進むのを眺めてたなんて、やっぱり俺はおかしいと思うんだ」

 するとレイはベンチから立ち上がる。

「……聞いてみるか」

「誰に聞くの?」

「まずは親父だな。どういう指示だったのか探りを入れて、それから監視に送った魔法戦士が誰かを聞く」

「そんなこと、あなたに教えてくれるかしら」

「絶対嫌がるだろうね。でもこれは探偵としての仕事だって無理にでも教えてもらうさ。……あ、ヒルデさんは研究室に戻って。報酬のことはこれが終わってからでいいよ」

 言われたヒルデは首を横に振って言う。

「戻らない。私も一緒に行くわ」

「いいって。研究を手伝いに行ってくれ」

「駄目よ。これは私の依頼に関係することでしょ? なら私も付き合わないと」

「そうだけど、俺が気になって勝手に動いてるだけだ。一緒に来ることは……」

「話を聞いたら正直、私も気になるのよ。わざとなのかそうじゃないのか答えをはっきりさせたい。だからいいでしょ?」

 頼むヒルデをレイは頭をポリポリかきながら見下ろす。

「まあ……そっちが問題ないなら、別に構わないけどさ……」

「軟禁される身ではあるけど、アカデミー内ならある程度の移動は許されてるから大丈夫よ。じゃあ行きましょう」

 二人は並んで再び四階へと向かい、そして院長室の前にやって来る。

「レインハルドだ。ちょっとお邪魔するよ」

 レイは扉を叩かず、さっさと開けて部屋に入った。

「……何なんだ、一体。まだ帰ってなかったのか?」

 机に向かって書類を読んでいたらしいヘルマンは、いかにも迷惑そうな目を息子に向けて言った。

「まだ仕事中なんでね。こちらの依頼者の」

 そう言ってレイは隣のヒルデを示す。それをヘルマンは無愛想な顔で見つめる。

「余計なことは早く片付けて、研究に戻ったほうがいいと思うがな」

 ヒルデは見えない顔に苦笑いを浮かべ、小さく会釈するしかなかった。

「ヒルデさんが早く研究に戻れるように協力してほしいんだけど」

「私にできることなどない」

「質問に答えてくれるだけでいいんだ。ヒルデさん達を監視させたことについて」

「もうその話はしただろう」

「詳しく聞きたいんだよ。二人を連行する条件とか日時を、親父は指示してたの?」

 ヘルマンは辟易した様子でレイを見やる。

「だから、私は資料の没収、連行を指示しただけで、細かいことは現場の者に一任してたと言っただろう」

「じゃあレヴィンさんの研究が進んでから連行させるとか、そういうことには口出ししてないんだな?」

「何を言ってる? 研究を止めたいのに進ませてどうする。証拠が確認でき次第、現場は動いたはずだ」

 二人はヘルマンの口調や表情を注意深く見る。そこに怪しいものはなく、偽っている雰囲気も感じられなかった。

「……何だ、人の顔をじっと見て」

「え、ああ、悪い……最後にもう一つ、監視に行かせた魔法戦士って誰?」

「ここの者に決まってるだろう」

「そうじゃなくて、名前だよ。その人に話を聞きたいんだ」

「警備部隊の隊長で、今回の件では主任だったクライストだ」

「へえ、隊長か……」

 呟いたレイをヘルマンはじろりと見る。

「……話を聞くのはいいが、迷惑だけはかけるなよ」

「わかってるよ。子供じゃないんだから。……じゃあ行くよ。ありがとな」

「ヒルデ・レーワルト、そんな男を雇ってもためにならないぞ」

「は、はあ……」

 戸惑う返事をしたヒルデの横で、レイは父親をねめつけて言った。

「営業妨害はやめてくれるか? そんなことしたって俺は研究者にはならないよ」

 部屋を出ると、レイは扉をバタンとわざと強く閉めた。その音にヘルマンは口の中で舌打ちをするのだった。

「まったく、最後に嫌な気分にさせるなっての……でもとりあえず話は聞けた。警備部へ行って隊長に会おう。部屋は確か一階にある」

「レイさんならきっと優秀な研究者になれると思うけどな」

 これにレイはしかめた顔をヒルデに向けた。

「ヒルデさんまで言わないでくれよ。俺は自分のやり方で魔法を勉強したいんだ。研究室にこもるのはごめんだよ。さあ行こう」

 階段を下り、一階まで来た二人は、入り口に立っていた魔法戦士に聞いて警備部の部屋へと向かう。長い廊下を突き進むと、その途中に警備部の扉はあった。レイは控え目にそこを叩く。

「……はい。どなた?」

 扉はすぐに開き、中から眼鏡をした男性が出て来たが、レイを見ると、あっと気付くように口を開けて言った。

「あなたは確か、院長のご子息の……」

「ええ、レインハルドだけど――」

「そ、そんな方が何のご用で? 警備部の誰かが不始末でもしましたか?」

「いや、俺は親父の使いで来たんじゃないから、そんなビクビクしないでよ」

「あ、そうですよね。レインハルドさんはアカデミーにお勤めしてませんでしたね。あなたを見るとつい院長が思い浮かんでしまって……」

「親子だからね。それは仕方ないよ」

 レイは苦笑して肩をすぼめる。

「……それで、警備部に何かご用ですか?」

「少し話を聞きたくて……あなたは隊長、じゃないよね?」

「はい。私は事務を担当している者です。クライスト隊長にご用ですか?」

「ああ。レヴィン・レーワルトの件で聞きたいことがあるんだけど、いる?」

「クライスト隊長は先日、休職届けを出して職務をお休みされてます。なので現在は副隊長がその代わりをしていますが……ご覧の通り、今は全員出払っていて」

 眼鏡の事務員は部屋に振り返り、誰もいない中を二人に見せた。

「誰もいないか……その副隊長って、レヴィン・レーワルトの件で監視に行ってた人?」

「いえ、副隊長はずっとアカデミー警備を任されていたと思いますが」

「じゃあ関わってないのか。聞きに行っても仕方ないな。……ちなみに、隊長は何で休職したの? 身体を悪くしたとか?」

 これに事務員は小首をかしげながら言う。

「それが、理由をはっきり仰らなかったので、よくわからないんですが……きっと他人には言いにくことでもあったんでしょう。ちゃんとした手続きをされたんで、理由を深く聞くことはしませんでしたが、身体を悪くしたわけではないと思います。顔色も素振りも普段通りでしたから」

「何らかの私的な理由で休職、か……」

 レイは顎に手を当て、一点を見つめながら考え込んだ。

「言伝でもあればお預かりしますが? それとも戻られたらこちらからお伝えしましょうか?」

「レイさん、いないんじゃ出直すしかないわ。隊長さんが戻ったら伝えてもらったら?」

 横からヒルデが言うが、その声を聞いていないレイはまだ考え込んでいた。その様子に二人は黙って待っていると、ふと視線を上げたレイは事務員に聞いた。

「隊長が休職したのっていつだ? レヴィンさんを連行してからどのぐらい後だった?」

「えっと……確認しますので少し待ってください」

 部屋へ引き返した事務員は、机の引き出しから書類の束を出してペラペラと内容を確認すると、次は資料棚へ行き、そこにしまわれた書類を指でなぞりながら読む。そしてわかったのか、それを元に戻すと再びレイの前へやって来た。

「クライスト隊長が休職届けを出されたのは、レヴィン・レーワルトがアカデミーへ連行されてから二週間ほど経った後ですね」

 レイは隣のヒルデを見る。

「ヒルデさん、レヴィンさんを捜し始めて二週間後はどこにいて何してた?」

「え? いきなり聞かれても……」

「順を追って思い出してみてくれない? 頼むよ」

「うーん、ちょっと待って……」

 目を瞑り、ヒルデは頭の中のそれほど古くはない記憶をたどって行く。深夜の強盗、誘拐、飲んでしまった薬、翌日に現れたハンス――

「ハンスと一緒に手掛かりを探して、何日も話を聞きに行って――」

 その後、隣町に住むブフナーに会いに行った光景が頭に浮かぶ。

「隣町……多分、隣町へ行ったのが二週間後ぐらいだと思う」

「そこで何してたんだっけ?」

「元研究者のブフナーさんに話を聞いてたんだけど、どうも怪しく感じて、その後をつけたら魔法戦士と出くわしちゃって……追われるし、透明化はばれるしで大変だったわ」

 レイはハッとしたように目を見開いた。

「出くわした魔法戦士は、つまりここの警備隊の人間で、彼らの報告でアカデミーは初めてヒルデさんの透明化を知ったわけだよね」

「ええ。だと思うけど」

 レイは事務員に向き直る。

「ありがとう。いい話が聞けたよ」

「い、いえ。お役に立てたのならよかったですが、クライスト隊長のことはどうしますか?」

「何もしなくていい。またこっちから出向くよ。それじゃあ」

 レイはヒルデを連れて警備部から離れた。

「……隊長さんに会えなかったけど、いいの?」

 廊下を並んで歩きながらヒルデは怪訝そうに聞いた。

「俺の読みだと、隊長はいくら待ってても会えない」

「え? どうして?」

「どうしてだろうな……それを今から探るんだ。裏のありそうな臭いがプンプンするよ」

 レイはどこか楽しそうに、口の端を上げて笑って見せた。

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