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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

陰謀に、芸術と愛を少し加えて

作者: らんらんらん

 


「おい、アレ…」


 美しい湖で、ボート遊びをしていた若者の一部が戸惑いの声を上げた。

 その若者の近くに仲間達のボートが集まり暫くして、その場の声は悲鳴に変わった。




 透き通る湖の底には、六角柱のクリスタルに護られた、もしくは閉じ込められた、若い男女がいた。


 その男女は、遠目から見れば完璧な人形のように見えたが、近くで見れば生身の人間なのだとすぐにわかった。


 二人とも目を閉じてはいるが、その顔は微笑み、額を寄せ合い、祈りを捧げる女の手を男の手がしっかりと握り締めていた。

 その二人の手首には、死してなお離れ離れにされないようにか、輝びやかな銀色のリボンが幾重にも重ねて結ばれていた。


 二人の服装は、この国の死装束によく似ていた。


 しかし、男が着ている死装束の黒のタキシードは銀色の刺繍で華やかに彩られ、金色の髪は綺麗に撫で付けており、首元には結婚式の新郎によく使われる銀色のクラバットが結ばれていた。

 女が着ている死装束は、艶のある黒のドレスと総刺繍の黒のロングベールで、男のタキシードと同じ銀色の刺繍がされており、クリスタルの中でふわりと膨らみ水中を揺蕩うように留められ、結婚式の花嫁を彷彿とさせた。


 クリスタルの中に浮かぶ、対となる衣装を着た二人の姿は、絶賛される絵画のようになんとも美しかった。


 そして、その姿を見た誰もが、彼らが心中を遂げたのだと察したのだ。



 愛し合っていたと一目でわかるその美しい死に様は、湖からクリスタルを引き揚げる際に多くの人の目に晒され、あっという間に近隣の国まで噂が広がった。


 沢山の作家が物語を書き、沢山の吟遊詩人が詩を歌った。







「レティ、あの二人は何をしたんだい?」


 王城内の古代魔術研究所のある研究室にきた来客は、ノックもせずに部屋に入りドカリとソファに腰掛け、研究室の主に不躾に質問を投げかけた。


 この研究室の主は、レティシア・アルムグーレン。

 アルムグーレン侯爵家の次期当主である。


 そして、質問をしたのはレティシアの婚約者。

 アクセラレーヌ王国の第五王子、オレリアンである。


「おや、アレを見てきたのかい?美しかっただろう?」


 レティシアは、どこか誇らしげに微笑みながら、魔導パイプを咥え、紫煙をくゆらせた。


「ああ、確かに美しかったよ。今や、アレには熱狂的なファンがいるからね。国内に留まらず、国外からも慰霊に人がくる始末さ。もう、遺族では墓の管理は無理だと国が判断した。だから、私が確認にきたんだ」


 オレリアンは、浮世離れした雰囲気を持つ美しい婚約者を愛おしそうに眺めた。


 二人の関係は良好だが、レティシアの家アルムグーレンのこととなると、オレリアンはあまり把握できていない。

 オレリアンは早く婿入りしたいが、優秀なオレリアンを王家はなかなか離してくれないのだ。


「そうか。そこまで話題になっているなら、そろそろ次の種を蒔いてもいい頃かな」



 実のところ、レティシアの家アルムグーレンは、王国の影の一族である。当主は、子供達の中で一番優秀な者が選ばれる。完全実力主義の家だ。


 他家からは、あまり目立たないが歴史ある侯爵家と認識されている。それは、次期当主が決まるまで、侯爵家を筆頭に分家までもが、子供達を社交界に出さないからだった。


 レティシアの代の選抜試験は、異例と言えるほど早く決着した。神童と呼ばれたレティシアが、圧倒的な成績と技術で候補者を全員子分にしたからだ。


 レティシアの兄である長男と弟である三男は、他国への婿入りを次期当主となったレティシアに指示され、早々に留学し、各国の情報をアルムグーレンに齎している。

 もう一人の兄である次男は、妹のレティシアに心酔するあまり国外にでることを拒否し、鬱陶しいと近衛騎士団へ追放もとい潜入を果たした。


 その次男が、護衛についた第五王子のオレリアンを気に入り、レティシアの婚約者になるように暗躍したのは、レティシアの誤算だっただろう。

 レティシアが兄を止める間もなく、優秀なオレリアンはアルムグーレンの真実に辿り着き、三男から聞いたレティシアに興味を持って近付きすぐに気に入り、盛大に周囲を牽制して口説いてくることになったのは、レティシアの更なる誤算だったはずだ。


 レティシアが何を考えたか正確にはわからないが、オレリアンはすんなりレティシアの婚約者の座を勝ち取った。


 第五王子にも関わらず、眉目秀麗で武勇に優れたオレリアンは人気が高過ぎた。機を逸すれば、彼は王太子を追い詰める駒にされただろう。

 王家のパーティーでオレリアンの婿入りが発表された時、一部の人間が心底落胆しているのを、レティシアは愉しそうに見ていた。



「それで、二人はどうするのが正解かな?」

「湖の近くに美しい霊廟でも建てて納めてあげればいいだろう。これから更に、彼らは注目される」

「その、これから語られる物語を知りたいんだが?」


 オレリアンはソファの背凭れに寄りかかり長い足を組み、片眉を上げて少々圧をかけながら、情報を渡すようレティシアを促した。


「オリィはせっかちだね。しかし、いいよ。知っている方が、霊廟のデザインの参考になるかもしれないしね」

「ああ、参考にする」



 幼い頃に婚約者となり相思相愛となった二人がいた。

 しかし、彼女の母親が亡くなり、父親が後妻を娶ってから状況が徐々に不穏となる。

 後妻の連れ子は、実際には異母妹だった。父親は、母親と結婚している当初から愛人がいたのだ。

 彼女の父親と後妻は、異母妹を溺愛し、彼女はいない者として扱われ、辛い時間を過ごした。

 彼はそんな彼女を救う為に結婚を急いだが、なかなか許可が降りずにいた。

 そして、彼女の二歳下の異母妹が成人の16歳を迎えた時、最悪の出来事が起きる。

 彼女の父親は、異母妹の婚約が決まらなかった時の為に、彼らの結婚を引き延ばしていたのだ。

 元々政略の為の婚約だ。婚約者を異母妹に変えることを、彼の父親は了承した。

 二人は絶望し、偶然知り合った魔術師に願った。死んでも離れ離れにされない方法はないか、と。

 魔術師は、古代遺跡で見つけた魔導クリスタルを生みだす魔導具を二人に渡した。


『この魔導具を解除する方法は発見されていないから、二人の好きな所で起動すればいいよ。永遠にクリスタルの中で二人は一緒にいられる』


 二人は思い出の湖に、魔導具を起動してから身を投げた。




「その魔術師は、もしかして」

「変装した私だね」


 あっさりと白状したレティシアを、オレリアンが半目で睨む。


「だって可哀想だろう?彼らは知らなかったからね」

「なにを」

「親がクーデターに協力してることをさ」


「は、はあああああああ!?」


 さらりと溢された重大な機密に、オレリアンは珍しく声を荒げた。


「私のオリィを担ごうとしていた一派がいただろう?彼等は余程、王太子がお気に召さないらしい。オリィの婿入りが発表されてから、クーデターを起こす方向へ舵を切ったのさ」

「なんでそうなった」

「さあ?忠臣の私にはその心情はわからないよ。二人の親はね、武器の密輸を担当していた。いつから集めていたのかは知らないが、彼らの領地にある秘密の倉庫には、攻撃魔導具や武具がたんまりしまってある」

「最悪じゃないか」

「一族郎党処刑だね」

「だから、“可哀想”なのか」


 オレリアンは、何も知らなかった二人がこのタイミングで死を選んだことに、少しだけ安堵した。

 どう足掻いても、二人が幸せになる結末はなかったのだ。


「まだ捕まえないのかい?」

「アレの人気のおかげで密輸は暫く出来ないだろうし、領地から武器の移動も出来ない。全ての関係者を捕まえるには、証拠を集めるのにもう少し時間がかかる」

「なるほど、足止めか」

「アレが話題になる程、彼等は動けない」


 にんまりと嗤ったレティシアには、二人の死を利用する後ろめたさは微塵も感じられない。


「美しかっただろう?あの二人の死に様は」

「ああ。もう、彼らは家族に渡さないよ」

「ハハッ、オリィはそうしてくれると思っていたよ」


 オレリアンは、彼らの領地に墓を建てる方がいいのではないか、と迷っていた。

 しかし、これから荒れるだろう領地に二人を還すことはもうない。


「あの死装束はレティが用意したのかい?」

「まさか!元は彼が用意していた婚礼衣装だよ。色変えの魔導具で白を黒に変えただけさ」

「なるほど、そんな便利な魔導具があるのか」

「今のところ、白黒しかないけどね」

「クリスタルの魔導具は?」

「あれは古代遺跡にあった、生物学者が作成途中だった物を完成させたんだ。本来は、蝶や魚を標本にしたかったみたいだね」

「対象のサイズが変わり過ぎだろう…」

「あの魔導具は、使い捨てのあの一つしか作ってないよ。真似されたら興醒めだろう?アレは、唯一無二の芸術として永遠に残って貰う」

「そうか…」



 レティシアは、過去の出来事によって、人の死に様に対しての感覚がズレている。

 これまでも、アルムグーレンの仕事で始末することになった相手は、レティシアにとって美しいと思われる死を与えられていた。


 初めての仕事は、レティシアが開発した毒が使われた。

 その男は、心臓に根を張った花が原因で死んだ。血のように赤い大輪の薔薇が左胸を突き破り咲いた死体だった。


 どんな毒だったのか、レティシアは語らない。

 そうやって、一つの仕事に一つの秘密をレティシアは造り出す。


 基本的に事故や奇病による死として処理されるレティシアの仕事は、一部の研究者や作家達に注目されている。

 彼等は解けない謎に夢中になり、一連の死を『殺人芸術家』の仕業だと、本質に迫る勢いだ。




「君の姉はもっと美しかったのかい?」

「ふふっ、オリィは本当に侮れないね!どこから漏れたのかな?」


 レティシアはオレリアンを睥睨し、それから艶かしいため息を吐いた。


 他家には知られていないが、アルムグーレン侯爵家には病弱な長女がいた。レティシアは次女だ。

 長女は幼い頃から病弱だった為に、アルムグーレンのことは何も知らずに育った。純真無垢な長女は、とても大事に守られ、成人は迎えられないと言われながらも16歳まで生きた。


 そして、16歳を迎えた数日後に、護衛の一人と一緒に毒を飲んで死んだ。


 大好きな兎のぬいぐるみを抱きながら屋敷の裏にある花畑に向かったレティシアが、第一発見者となった。

 レティシア付きの侍女が、生け垣を潜り抜けて走り去ったお転婆なレティシアに追い付いた時には、レティシアはうっとりと二人を見ていた。


『おねえちゃまとおにいちゃま、とってもきれい』


 逞しい青年に抱き締められた華奢なお姫さまが、一面の花畑に亜麻色の美しい髪を広げ、静かに眠っているようだった。しかし、口元を彩る一筋の赤い血が、彼らがもう生きていない事を教えてくれた。


 二歳のレティシアが、死に魅せられた瞬間だった。

 鮮烈で優美な死に様に魅了されたレティシアは、アルムグーレンの一族の秘密を知った時、必ず当主になると決意した。



「オリィ、姉の死は始まりに過ぎないよ。アレは、今の私の最高傑作だけどね」

「アレ以上はもう無いと?」

「いいや、最期は自分で〆るつもりさ。私とオリィでね」


 オレリアンは、不敵に笑うレティシアを恍惚とした眼差しで見詰めた。

 オレリアン自身は気づいていないが、彼も又、『殺人芸術家』に魅せられた一人だった。レティシアと一緒に、最期の作品として死ねることは、オレリアンにとって喜びでしかない。



 半年後には、クーデターは未然に防がれ、多数の貴族が処罰された。

 あの悲劇の二人の家も処罰され、それがまたスパイスとなり、彼らの死は更に憶測を生んだものとなった。


 クーデターを企んだのは反王家の一派とされているが、クーデターの首謀者の本当の理由は、王家に嫁がせたかった娘を王太子が袖にした恨みだった。

 オレリアンを担ごうとした理由も、王太子が劣等感を感じているオレリアンを持ち上げることで、王太子を追い詰めたかったというくだらない理由だった。


 この馬鹿馬鹿しい本当の理由は、オレリアンを馬鹿にされたと感じたレティシアによって、全力で闇に葬られることとなる。


 そして、オレリアンとレティシアは、この騒動による国内の不穏な空気を払拭する為と言って、まんまと盛大な結婚式を挙げることに成功した。



「まったく、どこまでがレティの企みだったのかな」

「陰謀に、芸術と愛を少し加えただけさ」



 その後のアルムグーレン侯爵家は、オレリアンが表立った功績を少しあげながら、レティシアが陰から王国を守り続けた。


 晩年、隠居したレティシアとオレリアンは、ある日突然姿を消した。『殺人芸術家』の最期の作品は、未だに見つかっていない。






『アレ』呼ばわりされて利用された二人がめっちゃ不憫…と思うけど、心中してなきゃ結果は処刑!

反逆者一族なのに、悲劇の主人公として後世まで語られるなら、そっちのがいいよね!



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― 新着の感想 ―
[良い点] クリスタルに封じ込められた二人の姿がとても綺麗だと思いました。 綺麗な場面を書いてくれてありがとうございます! 銀色と黒の色の対照的な組み合わせにより、想像しやすい、美しいと感じました。…
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