第8話 トロの村
トロの村は、ベッカの町から東へ一里。 (※この世界の一里は現在の約4キロメートル)
魔物の出現しないわずかな区域に水はけのよい土地があり、そこに畑と村が形成されていた。
産物は小麦、綿花。
人口は47名の小規模な集落である。
ぽよーん、ぽよーん……
アルト皇子は女中とスライムを一匹連れて村にたどり着くと、そこの村長を訪ねた。
「そりゃあ年貢を減免いただけるというのなら、ワシらとしてもベッカの町に綿を売ってやらんでもありませんがのう……」
と、村長は白いヒゲをもふもふさせる。
「……メラルドさんがなんて言うじゃろうか」
「メラルドさん?」
「この村に来る旅の商人じゃよ」
「商人……!」
アルト皇子は目を輝かせた。
「この地方にもまだ旅の商人が出入りしているのかぁ」
「ねえ、アルト君」
そこでサラが腕に寄り添って来て耳打ちする。
「年貢の減免なんてして大丈夫なの? ただでさえ借用書をたくさんだしているのだから、できるだけ年貢は取り立てた方がいいんじゃないかしら」
「え? ああ、なるほど……」
アルト皇子は若い女の頬にやさしく触れてやりながら答えた。
「もしかしてサラは、僕が領民たちから何か生産物を徴収して、その時に借金を額面ぶんのモノで返済するって思ってる?」
「そうじゃないの?」
「そんなことするワケないよ。だって……」
アルトは続ける。
「年貢は、僕の『借用書』で徴収するから」
「え?……」
首をかしげるサラの横で、アルトは村長へ例の羊皮紙へ『0Gぶん』と書いて渡す。
「なんですじゃ? これは」
「借用書……だけど、キミと僕の間に貸し借りはない。だから『0Gぶん』って書いてあるだろ」
「なるほど書いてありますのう。でも、貸し借りが無いならどうして借用書なんて書くんで?」
と聞くので、ためしに『サラが1Gぶんの小麦を買う』という実験をしてもらうことにした。
「私がおじいさんから小麦を買えばいいの?」
「うん。借用書を持っているだろ?」
「ええ、もちろんよ」
サラはスカ―トのポッケから羊皮紙の借用書を取り出した。
彼女には月給100Gの『アルトの借金』を支払っているので、その借用書には『100Gぶん』と書かれている。
「じゃあ、おじいさん。ためしに彼女へ1Gぶんの小麦を売ってみてくれないかな?」
「へえ。こちらになりますじゃ」
そう言って村長はサラへ小麦の束を手渡した。
するとどうだろう?
サラの借用書の文字が『100Gぶん』から『99Gぶん』へと変わり、村長の借用書の文字は『0Gぶん』から『1Gぶん』へと変わった。
「どういうことじゃ?」
「これは『僕に対する債権』が、サラからおじいさんへ1Gぶん譲渡されたってことになるよ」
「は、はあ?」
村長は頭の上に山のような疑問符を浮かべた。
「とにかく、おじいさんは今1Gぶんの小麦を手放してしまったけれど、その代わり僕に対する貸しを1Gぶん得たわけだ。これは逆もできるから」
「逆ですと?」
「おじいさんが町の人から何かを買う時に、その『1Gぶん』を誰かに譲渡して支払うこともできるって意味。そしてなによりも……」
皇子はコホンと咳払いして続けた。
「僕は年貢を現物で徴収しない。その借用書の額を減らしてもらうって形で徴収するから」
そこまで説明すると、サラは「なるほど、そんなことが……」と理解したらしかったが、さすがに村長には無理だったようだ。
しかし、こういうことは頭で理解しなくとも、実際に取引を繰り返せば当然のこととして行われていくもの。
そして、取引を繰り返し成立させるために必要なのは……
「商人だな」
「え?」
「いや、なんでもないよ」
アルトはそうつぶやくと、村長に別れを告げた。
「おーい、プニ助ー」
村長の家を出ると、従魔のスライムがいない。
「せまい村だし、そう遠くへ行っていないはずだわ」
「そうだよね」
そう思って探すと、プニ助は村の外れで牛としゃべっていた。
モーモー!
ぷる、ぷるぷるぷる……!
「す、スライムって牛としゃべれるのね」
「プニ助ー、帰るよー」
「あ、ご主人~」
スライムはぴょんと跳ねて、アルト皇子を迎えた。
「すごいねプニ助は。牛としゃべれるんだ?」
「えー。ボク、牛さんとはしゃべれないのー」
「恥ずかしがらなくてもいいのよ。今あんなに仲良くしていたじゃない」
「ちがうのー。牛さんじゃないのー」
プニ助はまたぴょんぴょん跳ねてこう言った。
「このヒト、村の畑の神様なのー」
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