第4話 職業
辺境プテラ地方へ赴任し、最初の町を訪れたアルト皇子。
その入口まで来ると、町の人が3人ほど道を往復していたので話しかけてみた。
「よく来たな! ここはベッカの町だぜ」
「ようこそ。ここはベッカの町よ」
「ここは石材の町、ベッカの町だ」
それぞれ、気持ちよく歓迎してくれる。
が……彼ら、昼間からこんな町の外れをぶらぶらして、何をしているのだろうか?
(可哀想に。きっとみんな職にあぶれているんだな……)
アルトはそう想像しながら、【借金王の眼】を発動した。
チュイーン……☆
皇子の瞳に紫色の魔力が宿る。
―――――
名前:ゴードン(36)
職業: 無職
借金: 年貢50G
貸与可能資産: なし
貸与可能労働: 肉体労働、石材加工
投資可能スキル: 石材加工、石材精錬、鉱物抽出
潜在貸与可能労働: 石工
―――――
―――――
名前:サラ(19)
職業: 無職
借金: 年貢50G
貸与可能資産: なし
貸与可能労働: 給仕
投資可能スキル: 経理、書記
潜在貸与可能労働: メイド、経理、秘書
―――――
―――――
名前:レイド(25)
職業: 無職
借金: 年貢50G
貸与可能資産: なし
貸与可能労働: 肉体労働
投資可能スキル: 鍛冶
潜在貸与可能労働: 鍛冶屋
―――――
案の定、みんな無職だ。
あの朗らかな歓迎の裏に、無職の辛い浮世が隠れていたことを知ると、なんだか泣けてくる。
だが……
こうして貸与可能な労働を見ていくと、この町が以前はそれなりに栄えていたことがわかるというもの。
例えば、36歳のゴードンは若い頃に石工の修行を積んでいたことがうかがい知れる。
その後、冒険者ギルドが民営化され冒険者がいなくなったことで採掘が困難になり、その修行で得た能力を活かす仕事がなくなったというワケだろう。
それゆえ、『石材精錬』や『鉱物抽出』などの伸びしろまで届いていない。
一方。
さらに若い世代のサラ(19)やレイド(25)には、特別な技能そのものが備わっていなかった。
貸与可能労働が『給仕』か『肉体労働』のみであることからもわかる。
投資可能スキルの『経理』や『鍛冶』は、その仕事に対する需要と投資があれば育つスキルではあるが、時代が進んで彼らはそういう環境に一切置かれて来なかったのだろう。
「あの!」
そこで、アルトは再度彼らに向かって切り出した。
「僕は今日からここの領主になる者なんだけど……」
するとそれまでNPCのような笑顔だった3人が、真顔になって顔を見合わせる。
「りょ、領主さまですかい!? 今度いらっしゃると評判の?」
「ええー、本当かよ。こんな子が?」
「でも、紋章があるわ。ほら、手の甲に……」
アルトはこれにほほ笑みで返し、話を続ける。
「領主として言わせてもらうけど、まずはゴードン。キミは石工を開業したらどうかな?」
「わ、ワシですかい? どうしてワシの名を?」
ゴードンはヒゲをもふもふとさせて驚くが、「まあ、領主なら当然だよ」とアルトが誤魔化すと納得した様子だった。
「石工といいましてもなあ。ワシなんぞが開業したところでよその石工との競争に勝てませんで」
「だいじょうぶ。石工はすぐにたくさん必要になるから」
「はあ……」
しかし、これには納得してくれないようだ。
「まあ、気持ちはわかるよ。そんなの不確実だもんね。だから、商売が成り立っていけるまで、僕が収入を保証してあげる」
「な、なんですと?」
「その代わり一生懸命練習してね。キミはまだまだ石工として技術を高めることができるはずだから」
そこまで言うと、ゴードンは飛んで喜び了解した。
「次はレイド。キミだけど……」
アルトはレイドの方を見やって続ける。
「キミには鍛冶屋さんが向いているんじゃないかな。ゴードンへしたように収入を保証してあげるから、鍛冶屋を開き、修行を積んでみないか?」
「確かに、オレんちのオヤジは鍛冶をしてたんだけどよ……」
なるほどそういうことか、とアルトは思った。
「でも、オレの5歳の頃にはもう潰れちまってたからな。ほとんどなんにも覚えちゃいねえんだ」
「わかった。キミが技術を習得できるよう、本や先生を用意してあげるね」
そう言うと、レイドも「本当かー! サンキュー」と飛んで喜ぶ。
「ちょっと待ちなさい、レイド」
しかし、これに眉をひそめるのは女性のサラだった。
「しょうがないわね。そんなに簡単に信じてしまっていいの?」
「っんだよサラ。こんなにいい話、他にはねえぞ」
「だからこそよ。いい話には裏があるものだわ」
サラはセミロングの髪へひとつ手櫛を入れると、白いブラウスの肩を律と張ってこちらを見つめる。
「いくら領主様でも、今日来たばかりの人をいきなり信用するなんて無茶よ」
意外にも警戒の一番強いのはサラのようだ。
だが、確かに彼女の言うのにも一理ある。
「うーん、どうしたら信じてもらえるかな?」
「そうね。そもそも、『しばらく生活の保証をする』と言っていたけれど、それって本当かしら?」
「本当だよう」
「そう? なら、先にゴードンとレイドその支払いができるのならば信じてあげてもいいわ」
「うん、わかったよー」
かつて都で豊頬の美少年と名高かった皇子の顔に、笑顔が咲いた。
「でも、僕には1Gの硬貨もないんだ。だから、借金でお願いするよ」
「借金?」
そこでアルトは、羊皮紙へ『100G分』と書いて紋章を捺す。
「ゴードンとレイドにはこれをあげるね」
「はあ?」
「なんじゃこりゃ?」
彼らは羊皮紙を摘まんで、
「借用書だよ」
「しゃくようしょ?」
「僕は領主だからね、このプテラ地方の領土からどんなモノでも徴収することができる。その『権力』を担保に、僕は今100G分の借金をしたのさ。僕の借金は、キミらにとっては『資産』だ。とても信用度の高い、ね」
と説明するものの、ゴードンとレイドの頭上には『?』『??』が浮かぶのみである。
「なんなら僕は、キミらが何か欲しい時に代わりにそれを徴収してキミらに与えることもできるよ。領土すべてのモノを担保にした借用書とは、そういうことさ」
それを言うと、レイドの口から「ぁあ……」と半分腹に落ちたような声が漏れるが、それでも理屈のほうが頭で追いつかないようで、おそるおそるサラの方を見やった。
「なるほど……そんなことが」
サラは口元を押さえて、ぱっちりとした目を見開いている。
「信用してもらえるかな?」
「そ、そうね。今日のところは……」
サラがそう口ごもると、ゴードンとレイドは「「ヒャッハー!」」と飛び上がり、商売開業のためにさっそく家へと帰っていった。
「まったく、しょうがないんだから……」
そうため息をついてサラも家へと踵を返すが、その時。
「待て」
「え?」
皇子は年上の町娘の手をやさしく握り止め、言った。
「キミは僕と来るんだ」
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