第1話 借金紋の忌まれし皇子
タイラント帝国の第1皇子は、血筋のみならず、たぐいまれな魔力、センスのある剣技を持ち、おまけに美少年……
「キャー、アルト様! すてきー☆」
「ぁあ……なんて凛々しいお姿だろうか!」
「ウチの孫娘もあのようなお方に貰ってくださればのう……」
城から顔をのぞかせてみせれば、そんな国民的人気もうかがい知れる。
まさに次の皇帝の位を約束された子。
それがこの物語の主人公、アルト・タイラント皇子だ。
「えへへへ」
そう。
15歳の時に、あの紋章を授与されるまでは……
◇
「こ……この紋章は……!?」
アルトの手の甲にあらわれた紋章を見て、大神官ミロは絶句した。
ざわ、ざわざわ……
聖堂がざわめきに包まれる。
そう。
タイラント帝室の血を引く者は、こうして15歳の成人の儀で紋章を授かるのだ。
現・皇帝である父も、后である母も、おじいさんも、おばあさんも、おじさんも、おばさんも……
みんなそれぞれの紋章を授かっている。
そして、この紋章には各々の図形によって『宿命』が宿っており、それに応じた特殊能力で国家に影響を及ぼすとされていた。
例えば、父であるライアン皇帝は《改革紋》という紋章を持っている。
この20年。
父ライアンは改革者の宿命と特殊能力:『夜明けのガイア』に導かれ、城の抜本的な改革を進めていった。
国家事業を次々と売りさばき、貴族たちの特権を廃止し、城の毎年の借金をぐんぐん減らしていったのである。
その結果、(全体の経済は沈み、国力は衰えたが)父ライアンは史上まれにみる“大人気”の皇帝となったのだった。
で……
こうなるとその長男であるアルトにも期待がかかるというもの。
つまり、今のところ「次期皇帝」と目されている第1王子が一体どんな『紋章』を授かるか?
これは父母や一族の者はもちろん、帝国全体でもいわゆる国民的関心事らしかった。
のだが……
「いかがした?」
ライアン皇帝がしびれを切らせて尋ねる。
「黙っていてはわからぬ。我が子に授かったのは、一体どのような紋章なのだ?」
「そ、それが……」
紋章を判別し、その意味を理解できるのは大神官ミロだけだ。
それをいつまでも言わないものだから人々は不思議げにざわめくままである。
「はぁ……隠していてもしかたありませぬな」
だが、やがてミロは観念したようにため息をつくと、こう続けた。
「それでは心してお聞きなされよ。アルト皇子が神々より授かりし紋章は……」
ゴクリ……
「借金紋と申すものでございます」
???
「しゃ、借金……紋……!? なんだその不吉な名は! 一体どういう宿命なのだ?」
「名の通りでございますよ。この借金紋を授かった者は『莫大な借金をし続け、それを自分の一生ではまったく返し切らない……』そんな宿命を持つと言い伝えられておるのです」
しーん……
大神官ミロの宣告に、聖堂が一転して凍りついた。
皇帝は口をあんぐりと開け、人々も気まずい空気に一言も発することはできない様子だ。
(そうか……これが僕の宿命、か)
一方、当のアルト皇子は自らの紋章を見つめては無垢な瞳をキラキラ輝かせていた。
そう、彼にはまだわかっていないのだ。
この紋章に対する人々の失望がどれほどのものか、が。
「こ、皇后さまァ!」
「しっかりなさってください!」
しかし、そんな騒ぎに振り返ると、皇后が側近の者たちに支えられぐったりしているのが見える。
どうやらショックで気を失ってしまったらしい。
「母上!」
アルトは驚いて、母のそばへ駆け寄ろうとした。
だが、その時だ。
……ドン!
ふいに誰かの肩にぶつかられ、皇子はその場に尻餅をついてしまった。
「いててて……」
「あーらぁ、アルト様。ごめんあそばせ」
見上げると、そこにはうず高く巻き上げた長い金髪に白銀のドレスを召した少女が冷笑を浮かべて立っている。
「っ……ロザリア!?」
「次はあたくしの番ですわ。『ハズレ』はとっととおどきなさい!」
アルトを押し退けたのは従姉のロザリアだった。
高位者の召すドレスが貴婦人めいた印象を醸すが、顔をよく見れば頬のあどけなさなど十代のそれである。
それもそのはず。
ロザリアも同じく15歳。
タイラント一族で同じ年齢だったこともあり、幼い時からアルトとの結婚が決められていた少女……
つまり許嫁だ。
そんなロザリアも15の帝室である以上、今日あの祭壇の上で紋章を授かるのである。
「ロザリア様の紋章は……」
大神官ミロの前で右手を掲げるロザリア。
「なんと! これは《女なる聖皇紋》でございますぞ!」
そう告げられると、場は「おー……!」というどよめきを発した。
女なる聖皇紋は、帝室歴代でも最上位クラスの紋章。
神々の聖なる意思を国家に示唆する宿命とされ、特殊能力:『女神転生』も超ド級のスキルであった。
「おーっほっほっほ! これが格の違いというものですわ!」
孔雀の羽根の扇を悠然とはためかせ、高笑いするロザリア。
そしてわざわざアルトの目の前まで戻ってくると、絢爛な純白ドレスに型どられた乳房をツンっと差し向けて言った。
「……どうですの? これまで見下してきた相手に、一瞬で追い抜かれた気持ちは?」
そんな言葉にアルトはびっくりして、あわてて口を開く。
「そ、そんな。僕はキミを見下したことなんて……」
「お黙りなさい!」
少女は白い頬を紅潮させ、宝石のような青い瞳で厳しく睨みつけてくる。
「これまで一族の者も、家臣たちも、国民も、みんなアルト、アルト、アルト……あなたのことばかり。『なんであんな娘がアルト様の婚約者なのか』とさんざんコケにされたものでしたわ」
「ロザリア……」
「あなたさえ……あなたさえいなければ、あたくしが一番でしたのにッ!」
知らなかった。
ロザリアが自分のことをそんなふうに思っていただなんて……
「しかし、これからはお立場逆転でございますわ。借金紋ですって? ぷっ……(笑)あなたはこれより誰からも忌まれる一生を送るのでしょうね」
「ま、待って、ロザリア」
「……イイザマですわ。それではごめんあそばせ。おーっほっほっほ!」
そう言ってロザリアが聖堂を出ていくと、人々もその《女なる聖皇紋》を授かった少女の後を太鼓持ちのようについていった。
貴族も、僧侶も、この日ばかりは皇帝すらも……
「いやはや、『女なる聖皇紋』が出るとは今年の成人の儀は大当たりですじゃ」
「ええ。最初はどうなるかと思ったが……」
「終わりよければすべてよし、ですな」
ワッハッハッハ……
やがて人々のそんな笑い声も消えると、広い聖堂にはアルトひとりがポツンと残されていたのだった。
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