前世のプロローグ
真っ暗い廊下の先の部屋から、光が差し込んでいる。
「沙弥那のせいで、どうして嫌な思いをしないとならないの?」
母さんが、不満をぶちまけている。
・・・いつものことか。
「あの子のせいで、利鵬と、母さんが亡くなったのよ。沙弥那が病気して入院なんかしなければっ!」
病気して入院していた記憶がないのに・・・。
私に、お兄さんがいたことも知らないのに・・・。
そんな、幼いころの事を未だに言っている・・・母さん。
それほど母さんは、兄さんとお祖母さんのことを大切に想っているんだ。
私には、与えてくれない想いが・・・そこに・・・あるんだ。
「そういっても、親戚一同が集まる旅行に、沙弥那は連れていけないだろう。お袋が、嫌っているのだから。」
・・・跡取りを殺した厄病神と、お祖母様に言われた事があったっけ。
「でも、豊永がいるのよ。3年たった今でも皆に会わせていないのよ。おかしいじゃない。」
・・・家族も、親戚も、私に笑顔を向ける人はいない。
それを、おかしいと思うのは・・・正しいことですか?
「沙弥那を置いて、旅行に行くこと出来ないかしら、もうあの子10歳になるのよ。」
そこまでして、親戚に弟を見せたいのね。
・・・跡取りだもんね。
・・・必要なんだよね。
私は、いつ・・・必要な子になるのかな?
そうしたら、本当の笑顔を見せてくれるのかな?
・・・厄病神の私には・・・関係ないか。
・・・寝よ。
足音を立てずに、その場を去らないと・・・。
母さん、父さんに気づかれたら、もっと酷いことを言われる。
音を立てずに、廊下を歩き、自分の部屋のドアを開閉する。
部屋には、布団とちゃぶ台にテレビ。
それから、たくさんの段ボール箱。
チップスのうすしお味には、ワンピース。
コンソメ味には、スカートとズボン。
のりしお味には、トップス。
ブラックペッパー味には、下着。
リンゴの段ボールには、本。
ミカンの段ボールには、教科書とノート
そして、私の宝物テディベアのモモ。
「モモ。」
私は、モモを抱きしめ布団に座る。
「モモ、母さんと父さん、豊永をつれて旅行に行きたいんだって・・・。」
ボロボロのテディベア。2歳の誕生日のプレゼント。
その数か月後に、私・・・病気にかかったんだよね。
床に置かれた付いていないテレビを見る。
『沙弥那の笑うところを見たくない』
と、いう理由から、私の部屋にはテレビがある。
リビングには、長時間いてはいけないルール。
「ねえ、モモ。家族には笑顔が必要だよね。私のせいで笑顔が少ないのは・・・いけないよね。・・・厄病神・・に、これ以上なってはダメ・・・だよね。」
ぎゅっと、力を入れて強くモモを抱きしめる。
「家族が旅行に行けば、その間は、嫌な言葉・・・聞かなくてすむね。」
◇ ◇ ◇
――冷凍庫に冷凍食品と、倉庫にカップ麺、菓子パンあるので、絶対火は使うな――
と、いう内容のメモが、リビングのテーブルの上に置かれていた。
家族は、夏休みに旅行へ行った。親戚一同が集まる旅行のようだ。
”コチッコチッコチッ”
と、時計の秒針がリビングの部屋に響いている。
私は、カップうどんを作りテーブルに持っていく。
「モモ。嫌な言葉をかけてくる人がいないから、ホッとするね。」
椅子に座り、モモを膝に置く。
一人で食事をするときのモモの定位置。
「大好きなカップうどんが、まだあるのよ。」
そう、箱で置いてあった。
「お茶も、ジュースも、お菓子もたくさんあるのよ。」
全て、箱買いされた物。
「そろそろ、時間ね。」
私は、カップうどんの蓋を開ける。
「いただきます。」
と、挨拶をしてから食べる。
”ズズズズズ ズズズズズ”
麺を啜る。口に入れて啜り食べる。
”つーーー”
と、涙が出てきた。
「ねえ、モモ。大好きなカップうどんなのに・・・おいしいのに・・・・でも、おいしく・・思えないのよ。」
モモを抱きしめる。
”ぽたぽた”
涙が止まらない。
「・・・・どうして、おいしいと・・・・どうして・・・おいしくないと・・思ってしまうの~・・・おいしく・・ない・・ないよ~・・うぅぅ・・・。」
”コチッコチッコチッ”
と、時計の秒針の音が、やたらと響く。