菓子に貸しをつくる
デリック先生の家族との昼食を終えると、今度は晩餐に向けての準備が始まる。
私は、再びメイドに連れまわされ、薄い赤紫色のドレスに着替えた。
首にはシンプルながら、しっかりと婚約している証であるチョーカーを付ける。
一応まだ、正式に結婚をしていない事を示しさないとね。
今度は、直接ルベライト公爵家の待合室へと向かうと、すぐにヘンリー様が私のもとへと来て、いきなり抱きしめる。
「晩餐会の前にサーシャを頂きたくなるよ。」
「ダメです!」
即答で答えた。
だって、再びメイドが頑張って準備をしてくれたのよ、それを滅茶苦茶にして、再々度準備をさせるのはかわいそうだ。
今、きっとメイドたちは休憩中だよ。ゆっくり休ませてあげて。
「・・・わかっている。」
ヘンリー様は、残念そうに答えると、私をソファーへ案内した。
「ねえ、サーシャ。あなた・・・肌の色が明るくなった?」
ヴァネッサ様が、、私の顔をじっくりと見ながら言って来た。
「きっと、メイクですよ。」
いつも使っているお化粧道具ではなく、メイドが用意してくれた化粧道具で化粧をしているからね。
「それならいいけど・・・。」
と、心配そうな顔でヴァネッサ様が言って来た。
きっと、寝つきの悪さと仮眠等で、クマ出来ている事を気づかれているようだ。
後、太ったってことも?
・・・いや、むくみよ。むくみ!
時間になり、晩餐会の会場に案内される。
正面のメインの長テーブルの席には、セシル様、セラ様、ホレス様の他、ハミッシュ陛下とカリスタ様。それにカティス様と、シルヴィア様が座るようだ。
その正面の席に4つ、櫛のように直角の配置がされている長テーブルがあり、そのテーブルの外側のメイン席に近い席をエリック様、ヴァネッサ様が座る。
エリック様の隣に私。ヴァネッサ様の隣にヘンリー様が座る。
「姉上にお願いして、サーシャ様の隣に座らして貰いました。」
と、ニコニコしながら、私の席の隣にラスキンさんが座る。
つまり私は、エリック様とラスキンさんに挟まれて座っている事になった。
「サーシャ様。早速ですが、おかきのレシピを教えてください。」
「まだ、教えていい時期ではありません。ついでに、次に聞くであろう水まんじゅうは、もっと教えられません!」
まだ、ルベライト領でのでんぷん粉の生産が、始まったかも判らない現状なので教えるわけにはいかないでしょう。
私は、でんぷん粉の生産が気になり、エリック様の方を向くと、『ヘンリーから聞いてよ。』と、ヘンリー様に振ったので、私はヘンリー様の方に顔を向ける。
「工場が来年の春先に完成する予定だ。再来年ぐらいにはでんぷん粉が出回ると推測している。」
そう言う事ですラスキンさん。
不満そうな顔をこちらに見せてきた。
そんな、顔をされてもどうすることも出来ないのだが・・・。
「秋に向けて新商品が欲しいのです。何かありませんか?」
と、切羽詰まった顔で、私に訴えてきた。
「クレープミルフィーユケーキ?」
クレープ生地と生クリームを何層にも重ね合わせつケーキ。
この世界にクレープもあり、生クリームも存在している。
私は、発想の転換をしただけ。
だが、ラスキンさんは、一歩引きたくなるほどの目を輝かせて、厳かな晩餐会だというのにペンとノートを取り出しメモを取り始める。
「通常のミルフィーユで使うパイ生地よりも簡単に作れそうですね。」
生き生きとメモを取っているラスキンさんの背後の遠くの方で、ラスキンさんの血族者の怒りの視線がある事に、本人は気が付いていないようだ。
「えっと・・・ラスキンさん、これ貸しって事で・・・いいですよね。」
遠くの視線を気にしながらラスキンさんに言う。
「そ、そんな~、私とサーシャ様の仲ではありませ・・・っ。」
今度の斜め前からのオーラに、ラスキンさんは気づいたようだ。
表情の変化しないヘンリー様の異常なオーラに気づいて、唾を飲み込んでいた。
「サーシャ様にしかと、借りを作ってしまいましたので、いつでもおっしゃってください。」
と、ラスキンさんは冷汗をかきながら伝えてくれた。
近いうちに、貸を返して貰う事になるのかなと感じながらお礼を言った。