試着
「よく似合っているわ。」
キャサリン様が嬉しそうに私を見て言ってくれた。
私は、セシル様の公爵就任式に着ていく礼服を着ていた。
最終確認をするためだ。
薄い青紫色の7分袖ドレス。
夏であっても、昼間であるなら露出の少ないドレスとなる。
しっかり脇汗防止のパットの他、背中にも布があてがわれていて、背中から出る汗の対策もばっちりだった。
これで前世での作業着のように、ファンがスカートの裾付近に、スカートの柄の一部としてついていたら最高なんだけど・・・。
まあ、この世界に扇風機も、電池もないから、出来はしないけどね。
「うん、修正するような箇所はなさそうね。次は、夜会用のドレスも着て見せて!」
と、キャサリン様が渡してきたのは、夜会用の礼服だ。
薄い赤紫色のドレスで、肩だしで、胸の谷間が見える。袖も短く奴らしいが、スケスケの生地を使っていない辺りは、重厚感のあるドレスになっている。
2着ともシンプルなドレスだが、よく見ると生地と同じ糸で、刺繍が何箇所かに施されていて、ささやかな豪華さがあった。
それにしても、昼間の薄い青紫のドレスといい、夜の薄い赤紫のドレスといい、施されている刺繍の柄は、全く同じではないが鈴蘭の柄になっていた。
私は、まじまじと双方の刺繍の柄を見ていた。
「お嫁に行っても、娘を守って欲しいという願いかしら、鈴蘭の柄にしたのよ。」
鈴蘭が婚約した女性を守護する花として、流行り始めているのを知っているようだ。
そうすると、このドレスは、最近それも急ぎで作らせたドレスではないのか?
ヘンリー様との結婚は、私が学園を卒業してからで、まだ日程も決めていないのに、こんな時期から急がせて作らせているなんて・・・。
「どうしたの?ドレスが気に入らないのかしら?」
「いいえ、ドレスは、とても嬉しいです。でも、こんな時期から、ドレスを作らせているなんて、申し訳なくて・・・。」
私は、素直に答えると、キャサリン様は、くすくすと笑いだした。
「サーシャには、大いに宣伝をして貰わないと困るからね!」
私は、キャサリン様の言っている意味が解らず、首を傾げた。
「過去に私が着たドレスをリニュアルした物よ!今どきのデザインに変えて貰って、新たに刺繍も施して貰ったのよ。」
ちょっと待って!
ここまで、生地と全く同じ色の刺繍糸を作れているって、凄い技術だわ。
前世では、染める際に、染料の割合を出して染めている事が多いから、簡単に同じ色の糸を染める事が出来る。
でも、この世界の染料は、職人の感覚で色を出している。
なので、ここまで同じ色の染め物が出来ているのは、職人の技術が優れているとしかいえない。
「母さま。この刺繍糸を染めた、染物職人に会いにいきましょう。そして、その技術を保護し、職人技術の伝承をサポートしましょう。」
私は、キャサリン様に訴える。
すると、キャサリン様は一瞬キョトンとした顔をして、すぐにまた笑い出した。
「ライナスと同じことを言うのね。」
え?
「もう、保護しているわよ。それに、裁縫の学校の講師としての契約もしているわ。」
「素敵です!!」
学校の開校が待ち遠しいわ・・・・って、学校の開校はいつよ。
まだまだ、先じゃないの?
私は、困惑した。
「ププッ・・・クスクス・・・クスクス」
と、お腹を抱えて笑い出すキャサリン様。
「染物職人は、ドラゴンと絆を結んでいるから、後100年程は健在よ。」
そうだった・・・この世界は、若い時にドラゴンと絆を結ぶと、寿命が延びるんだった。
まあ、私も伴侶の絆を結んで寿命は延びたんだけど、また、その感覚はない。
サーシャとして生まれて20年しか経ってないからね。
「そうか・・・ドラゴニアは、職人の技術力が相当高いのですね。」
ホルンメーネ、パッチワークが盛んなので、いろんな柄がなくてはならないから、染めの技術はホルンメーネが上だと思っていたけど、職人技術は、寿命が長い職人がいるから、達人を越えて超人レベルといえる。
後、必要なのは、生地の柄のデザインという事か・・・。
テキスタイルデザイナーって、いうのかしら、そのようなデザイナーさえいれば、一気に、ドラゴニアの生地が世界に広がる。
パッチワークも、ホルンメーネ産のパッチワークではなく、ドラゴニア産のパッチワークも世に大々的に出回る事が出来るかもしれない。
テキスタイルデザイナーを大量に排出すべきだわ。
「母さま。どうでしょう、刺繍糸ではなく、生地の柄にも、手を広げるべきではありませんか?」
私は、キャサリン様にその事を伝える。
「テキスタイルデザイナーを輩出すれば、それだけ、職人が必要になる。それもドラゴンと絆を結んだ方がより良いなんて、まだ、絆を結んでないドラゴンにとっても希望になるわね。」
「はい!」
私は、満面の笑みで返事をして、すぐにテキスタイルデザイナーの排出のいい方法を模索する。
「どうでしょう。一年に一度、子供から大人まで、生地の柄を描いた絵を集めてコンテストを開くのは?その中から、公爵が気に入った物に賞を与え、その柄の生地を実際に製造する。」
キャサリン様は嬉しそうに頷く。
「それがきっかけで、生地の柄だけでなく、染物にも興味を持てくれるかもしれないわね。いい考えだわ。試着が終わったら、すぐにみんなで話し合いましょう。」
そう、キャサリン様が言い、部屋にいたメイドの一人に、その事を伝える。
「さあ、夜会用のドレスを着て見せて。」
と、キャサリン様に試着を促される。
「昼間は青紫で、夜は赤紫って・・・。」
「クローライトと、ルベライトを意識しているに決まっているでしょ。サーシャの実家はこのクローライトでもあるのだから、サーシャの瞳の色の紫に、クローライトの色である青を合わせた色。そして、ルベライトの色である赤を合わせた色。サーシャの家族は、クローライトとルベライトなのよ。それを忘れないでね。」
キャサリン様は、私の頭を撫でながら言ってくれた。
「はい。」
私は、返事をする。
「まあまあ」
と、キャサリン様が、苦笑いを見せ、私を抱きしめてくれた。
私の目から涙が溢れてきたからだ。