まだなのか
厨房へ着くと、お米をボールに出す。
粒が残る程度に米粒を砕いてから、コメを研ぎ鍋でお米を炊く。
炊いている間に、別の鍋でかつおだしのスープを作る。
米が炊き上がるとご飯を握り、焼きおにぎりを作る。
そして、かつおだしのスープの中に焼きおにぎりを入れて雑炊を作る。
焼きおにぎり風雑炊の完成だ。
それをクレシダのもとへ持っていく。
「クレシダ食べて」
クレシダの口の前に焼きおにぎり風雑炊の入った皿を置く。
クレシダは一口なめる。
少ししてからまた一口、もう一口、口に入れる。
皿が空になる。
「後は戻さなければ・・・。」
皆、祈るように時間が過ぎるのを待つ。
一分がこんなにも長く、息をするのがこんなにも重いと思う。
10分・・・・20分・・・・時間が過ぎていく。
「消化されているのか?」
ジェロームが皆が気にしていたことを言う。
どうやら、消化されているようだ。
「次の食事も同じものを作ってくれるか?
と、ナイジェルさんが聞いてきたので、もちろんと答えた。
焼きおにぎり風雑炊は、戻すことなく消化された。
皆の顔に、少し安堵の顔が見える。
この屋敷の皆、クレシダのことを心から想っている。
焼きおにぎり風雑炊の作り方を、次に作るときに教えて欲しいといろんな方に言われた。
厨房に入るかしらと心配するほどに。
それぐらいクレシダはいろんな方々に愛されているのだ。
使用人がタオルでクレシダの体を撫でるように拭く。
傷口のあたりはしみないように慎重に、そして丁寧に拭く。
それでも、傷口から血がジワジワとにじみ出る。
「このままでは・・・再び傷口を焼いた方が・・・。」
執事長らしき男性が言葉を発する。
その場にいた人が、苦い顔を見せないように顔を伏せる。
”ずずず・・”
と、クレシダが執事長らしい男性に傷口を差し出す。
それを見ていたメイドの女性が涙を流し、その場に倒れ込むように座り込んでしまった。
近くにいたメイドがそのメイドの肩をさする。
クレシダは、その二人の方を向き、二人の体に頬ずりをする。
「クレシダ、動くと傷口が開いてしまうよ。」
ナイジェルさんが、クレシダの首の根本部分を撫でながら言う。
今にも泣きそうな顔をしているナイジェルさん。
「ドミニク。ケートの帰りを待ってからではダメか?」
執事長らしいドミニクという人は、準備を先にするとだけ言いその場を去った。
ジェロームさんから『ケート』という人のことを聞いたら、ジェロームさん、ハワードさんのお母さんで、ナイジェルさんの奥さん。
今現在ケートさんは、ケートさんの弟チェスターさんと一緒に、ダンビュライト公爵家へ行き、濃度の低い黄金をクレシダのために購入し、それを領土に入れることを許可して欲しいとお願いをしに行っていると聞いた。
「濃度の低い黄金が、何故必要なのですか?」
私は、再びジェロームさんに聞く。
「ドラゴンに対しての医術で、ドラゴンに黄金をかがせながら処置を施すと、あまり暴れないんだ。」
クレシダの傷を焼いた際、暴れる防止策に鎖でクレシダを羽交い絞めにしてから処置をしたと言っていた。
悲しいが傷口に塩な行為をしたのに関わらず、上手に処置が出来ずにいまに至っているとのこと。
濃度の低い黄金なのは、ドラゴンは黄金を欲して屋敷に襲い掛かってくる恐れがあるため、濃度を低いのにし、そのリスクを少しでも低いものにするためだと説明をいれてくれた。
ダンビュライト公爵の所へ行ったのは、ここクレシダ、ラリマー家はダンビュライト公爵家の納める白の領土の為はわかるが・・・。
よりによって、あのダンビュライト公爵家とは、フレディ様は何をしでかっ・・・してくださるのかしら?
”カツカツカツカツ”
早歩き程の足音が廊下から徐々に近づいてくる。
「只今帰ったわよ~!」
茶髪に近いブロンドのウエーブの髪をポニーテールにまとめ、青緑の瞳の女騎士のような快活そうな女性が入ってくる。
「フレディ閣下の協力を得たわ。はい、書状よ。」
粉のパールが入っている白と銀のマーベルの封蝋の封筒が、ナイジェル様に渡される。
「フレディ閣下が、交換島へ黄金の購入許可と、医師も派遣してくれると、黄金が運ばれてくる前に、ハウラの街のドラゴンの一時退去のお触れも出したわ。だから、ジェローム。」
もしかしなくても、この快活な女騎士な人こそケートさん?
「わかった。マブを一端どこかに預けてくる。」
あたりのようだ。
ジェロームさんは部屋から走って部屋を出る。
「母上。黄金が来るまでどれぐらいかかりそうですか?」
ハワードさんがケートさんに聞く。
ケートさんは、まず学園を休んで戻ってきた事を理解しているように話してから、早くて3日くらいと答えをだした。
(遅い)
クレシダを診ていた者は皆思っただろう。
ドミニクさんは、すぐにでも傷口を焼きたいと言ってきたのに3日もかかる。
「シスターサーシャ。」
ハワードさんが重苦しさを感じさせるように私を呼んだ。
私は『はい』と答える。
すると、一瞬間をおいて話し出した。
「ドラゴンの大樹の祝福のフレアは、いつ頃になりますか?」
・・・・答えられない。
真実を言えば、ここにいる人を落胆させる。
嘘を言えば、ここにいる人にいら立ちを募らせ終いには苦しめる。
「・・・今、出来ることをしましょう。」
と、私は答えた。そのように答えるしかできない。
そして、その一言で気づいた方々は多いだろう。
祝福のフレアの発動には時間がかかることを・・・。