特権の使い道
今日は金曜日だ。
サーシャが学園から帰ってくる日。
午後からサーシャと素敵な時間を過ごすために、午前中に仕事を終わらせなくてはな。
数十年前、王宮からの使者に、自己流の書類整理を不謹慎と注意されてから、ルベライト城以外では、自己流を封印しているのだが、サーシャとの時間を出来る限り取りたいから、金曜日と月曜日は、自己流の書類整理をするようになった。
自分の書斎とは別に、空き部屋を使い、立ち仕事用の机が用意されている。
”ガラガラガラ”
と、フィオナがカートを引き、部屋に入ってくる。
「休憩をしたらいかがですか?」
カートには紅茶が用意されていた。
この部屋には、立ち仕事用の机と、ちょっとした休憩用に、椅子が一脚あるだけだ。
カートをそのままテーブル代わりに使うために、椅子の前にカートが置かれる。
俺は、書類の手を止めて、椅子に座り紅茶を一口飲む。
「ヘンリー様。今日のこれからの予定はどうなっていますか?」
分かり切っている事を聞いて来るとは・・・。
「サーシャが帰ってくるまで、書類整理をして、その後はサーシャと過ごすが。」
当然の事だな。
「では、明日は?」
「サーシャと一緒に過ごす。」
「明後日は?」
「サーシャと一緒に過ごす。」
何なんだ?
俺が回答するたびに、フィオナの顔色が冷めきっていくように見えるのだが・・・。
そして、決定的ともいえる大きなため息。
「それで、本当によろしいのですか?」
避難するような目でフィオナが言って来た。
「フィオナ。何が言いたいのだ?」
「サーシャ様は、ここと学園の行き来だけです。」
媚薬事件があってから、送り迎えもして貰っている。
最初はフィオナに一緒に行って貰ったが、やはりドラゴンに乗っての送り迎えはスピーディーで助かる。
「ここに帰って来ても、寝室にお籠りが多いです。」
それは、新婚家庭なのだから、当然の事だろう。
「それだけで、サーシャ様を幸せにしていると、思っていらっしゃるのですか?」
「学園とこことの行き来しか出来ないから、仕方がないだろう。」
俺の一言に、フィオナは呆れた感じにため息をついた。
「では、カルデナの件で、ルベライト城へ行かれたのは、幻だとおっしゃるのですね。」
「そんな訳ないだろう。」
・・・あのな~。
死んだ目で俺を見るなよ。
言って気づく事もあるだのだからさ・・・。
ただでさえ机と椅子とカートしかない部屋に、寒気ですら感じる沈黙が漂う。
「このままの沈黙で、サーシャ様が幸せになりますか?」
「そう言われてもな・・・。」
フィオナの催促に、どう答えればいいのか分からないのだが・・・。
「自分自身の幸せしか考えられませんか?」
「そんな事は絶対にない。サーシャの幸せも考えている。」
俺は、即答で伝える。
疑いの目で俺を見るのかよ。
「ヘンリー様。言っておきますが、サーシャ様の幸せに、ヘンリー様が必要だから、仲良くすることを止はしません。むしろ仲良くして欲しいです。」
うん、それはありがたいと思っている。
「でも、マンネリ化はね・・・。そんなに、ご自身に自信がおありなのは解りますよ・・・ゲームの主要キャラならではの特権がありますからね。」
フィオナ・・・お前は俺の何について言っているのだ?
「特にヘンリー様は、最初の作品では、特殊なサポートメンバーで、2作目で主要メンバーとなる特殊な上の特別枠。」
ああ、そうなのかよ。
俺が、ゲームと言う物語に出て来る人間だという事は、サーシャから聞いているが、それが何だと言うのだ?
「他のメンバーよりも、際立っているのは、当然なのはわかりますよ・・・。」
フィオナよ。だから、何が言いたいのだ?
「ですが、ご自身がご立派だと言っても、これから長い年月をサーシャ様と一緒に生きるのですよ・・・マンネリ化となるに決まっているじゃないですか・・・と、言うか、マンネリ化しそうな雰囲気をもう、かもし出していませんか?」
「・・・・・。」
何も言えないでいるのは、週末の過ごし方が、いつものパターンにとなっているのは、当たっているからである。
だが、フィオナの話の内容が、未だに掴めないので、返答しにくいのたが。
「なかなか一緒にいられない、この時期からこうだと近い将来、サーシャ様に飽きられてしまいますよ。」
「なら、どうすればよいのだ?」
フィオナは再び、呆れた風にため息をつく。
「この週末は、屋敷を出て、お二人で旅行に出かけられたらいかがですか?」
なるほどな・・・それはいい。
「どこへ行けばいいのだ?」
フィオナよ。
俺の一言で、硬直しないでくれよ。
「・・・呆れた。だからマンネリ化一直線な行動しか出来ないのですね。」
酷い一言を言われているのは理解出来て、それに対して文句を言えないのもわかる。
「サーシャ様の姉君のロゼリス様の件で、チームが組まれているはず。サーシャ様は、その拠点に行くべきではないかと思っているのではありませんか?」
「そうかもしれないが・・・。」
サーシャは、ロゼリスとあまり関りを持ちたくないのではと、思うのだが・・・。
俺は、その事をフィオナに伝える。
「そうであっても、サーシャ様は公爵令嬢ですよ。建前でも訪れるべきではありませんか?」
礼儀にのっとればそうだな・・・。
「俺が阻止しているから、行けないと思われても仕方がないし、捜索隊は解ってくれていると思うのだが・・・。」
「ルベライト公爵家の特権を見せびらかしですか?下々からすれば嫌みな特権ですよね。」
フィオナ、あまりにも酷い事を言っていないか?
一応、フィオナはルベライト公爵家に雇われている身なのだぞ。
「サーシャ様に、嫌みな特権を見せびらかす行動をとらせて『薔薇の心』の、悪役に仕立てないでください。素敵で可愛いサーシャ様でいさせる行動をとってください。」
そうだった。
サーシャを『薔薇の心』の悪役に仕立ててはいけない。
『鈴蘭の心』の可愛いサーシャにいさせなくてはならない。
「すまなかった。サーシャを旅行へ連れて行く。荷物の準備をしてくれ。」
俺は、フィオナにサーシャの旅行準備をするように伝えた。