薔薇にはトゲがある
「サーシャ様!!」
考え込んでいたフィオナが、いきなり私に声をかけてきたので驚き、体がピクッと跳ねてしまった。
「な、何・・かしら?」
驚きで、声がどもっていた。
「鈴蘭のブローチは、キンバーライト公爵の長男の嫁セラ様の弟君ラスキンさんから入手した物で合ってますか?」
私はその通りと答えると、フィオナの目が一瞬で輝く。
「う~ん・・素敵ですわ!」
ご満悦に浸るメイドをただ、見るしか出来なかった。
それも、周りを含めてである。
「サーシャ様。『鈴蘭の心』で、ヒロインのサポート役になる情報屋は、貿易商の一般人で、7つの王国で一番、領土の狭いブルー国の王の実の弟なんです。そう考えると、シナバー商会と繋がっているのは、素敵な事です!」
ラスキンさんとセラ様の関係性と、フィオナの考えたシナリオ内の情報屋の設定が似ている事で、満面の笑みになっているフィオナ。
だが、周りはその内容に困惑していた。
フィオナのシナリオで、王様の実の弟が、位なしの貿易商だという事だ。
普通なら、貴族の位があっていいはず、それも王弟なら公爵位が妥当のはずでは?
「一般人に成りすまして貿易商人をしているのか?」
と、言うハミッシュ陛下の質問に、フィオナは首を左右に振り否定する。
「身分は血筋に関係ありません・・・能力による違いがあります。」
フィオナの考えたシナリオの世界は、男性はドラゴンに気に入られ絆を結べると、体のどこかにドラゴンの文様が現れる。
そうすると、ドラゴンノブルという称号が与えられる。
つまり、ドラゴンノブルという位一つで、位の中で格差はない。
そして、ドラゴンの体のどこかに玉が現れると、そのドラゴンは、同色のドラゴンの王となり、そのドラゴンと絆を結んでいる者が国王となる。
「国王が死ぬと、ドラゴンの王も亡くなり、必ず、同色のドラゴンの一体に、玉が現れるシステムです。」
フィオナが、真剣な眼差しで説明をするのを、私を含めて皆が真面目に聞く。
「つまり、血筋で王が決まる訳でないという事か・・・。」
ハミッシュ陛下の言葉に、『はい。』と、きっぱりと答える。
「次に、女性の場合は、花の文様が体のどこかに現われると聖女となります。」
花の文様は、いろんな文様があり、鈴蘭、薔薇と花の名前を付けているのは、その文様が体に現われているからだと説明してくれた。
ドラゴンの神子と神子候補は、赤い痣のような文様が、7色のグラデーションの文様になる。
『薔薇の心』のヒロインの情報屋は、大富豪のアリアンローズ家の息子。
「母親のエリスは、一つ前の神子候補で、ドラゴンの神子と成れなかった者。ヒロインと同じ薔薇の文様があり、その事で息子が情報屋として買って出てくれたのです。」
嬉しそうに語っているフィオナ。
「アリアンローズのローズとは、薔薇という意味ですよね。」
ピアーズの質問にフィオナは『そうです。』と、答える。
「フィオナ殿が言いたいのは、もしかして、サーシャ様に『薔薇』もしくは『ローズ』と、いう物や名には、気を付けて欲しいという事でしょうか・・・。」
ピアーズさんの言葉にフィオナは一瞬止まり、再び考え始める。
でも、今回はすぐに顔を上げて、私の方を見る。
「その方が、いいかもしれません。『ローズ』という名を持っている者や、薔薇のモチーフを持ている者にも、気を付けた方がよろしいかと思います。」
フィオナの言葉に、私は青ざめる。
「いつぐらいまで・・・気を付ければいいかしら?」
私は、恐ろしいモノを見るようにフィオナに聞く。
「わかりません。一生かもしれませんし、そうでないかもしれません。ですが、最低でもヘンリー様と正式に結婚するまでは、気を付けるべきかと思います。」
私はフィオナの回答を聞くと、ヘンリー様の方を見る。
ヘンリー様も、何となく顔色が悪い雰囲気を醸し出していた。
「ヘンリー様・・・どうしましょう。私たち・・・ヴァネッサ様を悪役に仕立てる行為をしてしまているのでしょうか・・・。」
ヴァネッサ様が、ルベライト城の地下に監禁部屋を造った辺りが悪役っぽい雰囲気があるのだが・・・。
「薔薇のティーカップセット・・・ヴァネッサ様の誕生日プレゼントに贈ってしまいました・・・よね。」
一昨年のヴァネッサ様の誕生日プレゼントに、ヘンリー様と2人で選んだティーカップセット。
ヴァネッサ様、相当気に入っている。
「俺らが正式に結婚するまでは、使わない様にお願いをするか?」
「理由を聞かれたら、何て説明をするのですか?」
薔薇のモチーフが、私には危険だから使わないで欲しいとは言えない。
「割ってくるか・・・。」
「そんな事をしたら、それこそ恐ろしいお方になってしまいます。」
ヘンリー様がサラッと言った言葉に、突っ込みを入れる。
「結婚しても、嫁姑問題はついて回るぞ。」
ハミッシュ陛下は、半分面白がっている雰囲気で言って来た。
「やめてください!!」
私の体が震え出した。
「私・・・なんて恐ろしい事をしていたのでしょうか・・・ヴァネッサ様と仲良くなっていきたいのに、間違った選択をしてしまいました。」
涙目でヘンリー様にお訴える。
「サーシャ。母上にあまり薔薇のティーカップを使わせなければいいように、別のティーカップを贈ればいい。桜や梅とか、別の花のモチーフのティーカップだ。」
ヘンリー様は、月曜の花、火曜の花と言ったように、7種類のティーカップをヴァネッサ様に持たせればいいと言ってくれた。
「ですが・・・ヘンリー様、一つ問題があります。」
ヴァネッサ様に渡すティーカップの最大の問題点が残っていた。
「サーシャどうした?」
ヘンリー様は、まだ顔が、真っ青な私を心配しながら言った。
「桜も梅も・・・薔薇科の植物です。」