自己処理できないモノ
俺は、王宮にいた。
ハミッシュ陛下の書斎に、半ば強制的に連れられてきた。
サーシャを屋敷に置いてだ。
書斎のソファーで、お互い向き合い座っている。
先ほど、紅茶が配られたが、飲む気にもならない。
その理由は、サーシャにある。
「苛立っているようだな。」
ハミッシュ陛下が、紅茶を飲みながら言う。
「当然だろう。隠し事をされていたのだからな。」
紅茶をテーブルに置き、ため息をついたハミッシュ陛下。
「隠し事ねぇ・・・おかしいよな。過去、サーシャがクラウンコッパー公爵家の人間だという隠し事があっても、簡単に受け入れていたのに、前世持ちだという事は、受け入れられない。」
確かに、クラウンコッパー家の、それは驚いた。
だが、サーシャがクラウンコッパー家の人間だという事を皆が、知らなかった。
でも、今回は違う。
ハミッシュ陛下とカリスタ様、それにピアーズ殿とユピテルがサーシャが前世持ちだと言うのを知っている。
旦那の俺は、のけ者かよ。
もしくは、旦那として認めていないのか?
ふざけるなよ。俺はサーシャを手放す気はないし、手放せるわけはない。
もう、サーシャには、コスモの伴侶の証が、刻まれている。
サーシャは俺の嫁だ。
「俺は、ヘンリーの事を、臣下の前に親友だと思っている。そう思うのは勝手過ぎるか?」
「そうではありません。俺だって、へミッシュ陛下の事は、親友だと思っています。」
『陛下』とは、言ってはいるが建前。
聖ドラゴニア学園に入学する以前から、親友だと思っている。
「では、俺が前世持ちだという事をヘンリーに隠していたが、それも許せないのか?」
「そんな事を言っているのではありません。」
ハミッシュ陛下が前世持ちだと言うのは、確かに驚いたが、許せないとは思わない。
ドラゴンからすれば、俺とサーシャは夫婦。
その夫婦の間柄で、隠し事はあるのは悲しいと思うが、夫である俺は知らずに、周りが知っている事が許せないのだ。
ハミッシュ陛下はため息をつく。
「言っておくが・・・サーシャに初めて会う前から、サーシャが前世持ちだと気づいていた。だから、会った時から前世の話しをしていた。」
ハミッシュ陛下は、サーシャが、大量の貴金属をドラゴニアに持ち込んだ為に、デリック殿の監査に引っかかり、そこでの会話で、点々と前世でしか存在しえない言葉が出てきた為に、サーシャが前世持ちと知り会いに行ったことを話してくれた。
「サーシャも悪気があって、前世持ちの事を話さなかったのではない。いつかは話そうと思っていて、そのいつかが来ないまま、いつかのままで過ごしていただけだ。」
ハミッシュ陛下の言いたいことは、理解は出来ているのだ。
ただ・・・虚しいと、のけ者にされたと思っている自分がいる。
「きっかけが無かっただけだ。」
そう、それだよ・・・・。
きっかけを作れなかった自分が虚しい。
「俺が、サーシャの事を誰よりも想っているのに、誰よりも、近い存在であるはずなのに、サーシャの他者との違いに気づけなかった事に憤りを感じている。」
”はあ~~っ”
ハミッシュ陛下が、どっとため息をつく。
「あのな~・・・前世持ちなんて、大っぴらに公表して見ろ、変人扱いだぞ。俺なんて『気違い王』と、異名を持つ事になるぞ。普通に隠すだろう。それが当たり前だろう。そうやって生活するだろう。何が悪い?」
・・・何も、言えないでいるものの、悔しい感情はまだ燻っている。
「まったく・・・ん~・・・。」
ハミッシュ陛下が困ったように考えだした。
即答に近い感じに、答えを出す人が珍しい。
「ヘンリー・・・お前が、相当サーシャの事を好きなのは、解っている。・・・当然だと思っているよな・・。」
至極当然です。
「ただ、お前のサーシャに向けている愛情は、自画自賛したいが為のモノじゃないのか?」
「自画自賛な訳ないだろう。互いに想い合っているのだから。」
「それが、間違っているんだ!」
ハミッシュ陛下の強く放った言葉に、驚いたモノの意味が解らなかった。
「ヘンリーは、サーシャを好きになる前は、リオンの事が好きだったはずだ。」
過去の話ではあるが、事実だ。
家族のように一緒に育って来たリオンと、そのままの関係でいたかった。だから、家族になりたかった。
それが、リオンに向けての愛だった。
「リオンが亡くなった時点で、もう、その思いは大きくなろうが、リオンからは何も戻ってこない、一方通行な愛だな。」
愛を想うだけの愛。
相手からの愛が感じない愛。
「それでも、良かったんだよな。これまでずっと。」
「あ、ああ・・・そうだ。」
なんか、ためらい気味に言ってしまった。
「自分の想いを、自分で処理する。いわば自己処理愛だな。」
酷い言われような気がするのだが・・・・。
「それが根底にある。だから、サーシャへの想いを投げつけしか出来ない。」
それが、どうした?
サーシャが好きだから、愛情を投げかける。
当然の事だろう。
「サーシャからの愛情は、どこへやった?」
「受け取っているに決まっているだろう。」
俺の回答に、ハミッシュ陛下は、頭をがっくりと落とす。
だが、すぐに頭を上げる。
「相手がちゃんと愛情を返してくるのに、自己処理愛で終わらせてどうする?」
愛情を伝えて、愛情が返ってくる。
まさにギブアンドテイクの関係で、悩ませるような内容ではないはずだ。
「サーシャとの愛情を育てる事ができるんだぞ!」
・・・育てる。
「サーシャからの愛情をより深く、お互いの愛を高め合う為に、どのように寄り添うか、愛を触れ合うか考え、互いを愛し合う想いを育む。それが夫婦の絆だ。」
昨日よりも今日の愛情を深く、明日はより深く・・・。
そのために、どのように愛を育てるかを想い合う。
ああ・・・自己処理で解決しない事が、これほど、心を揺さぶる。
それをサーシャと・・・共に、ずっと・・・。
うれしい。
「前世持ちの事を不満に思うのなら、愛をぶつけ合うのでなく、寄り添い、よりよい選択が出来るような互いを持って行けるように育てろ!」
ハミッシュ陛下は、ソファーから立ち上がり、廊下へ出るドアへと向かう。
「サーシャは、屋敷でするべき事をしたら、宮殿に来るはずだろう。」
ハミッシュ陛下の命令で、そのような手筈になっている。
「宮殿に部屋を用意する。今夜は宮殿に泊まって、2人で話し合え。いいな・・・ぶつけるのではなく、寄り添う。解ったな。」
「わかっている。」
真剣な目でハミッシュ陛下を見て答えた。
「サーシャが来るまで、じっくりここで考えるといい。」
そう言って、ハミッシュ陛下は、書斎から出て行った。