メイドの悲痛な叫び
サーシャ様が、ヘンリー様と踊っている。
あんなに無邪気に・・・・。
あんなに嬉しそうに・・・。
あんな顔のサーシャ様は、見たことはないわ。
いつも、少し悲し気に笑っていた。
嬉しそうにしていても、悲しさがほんの少し隠れていた。
それを、どうすることも出来なかった。
イリス帝国から亡命した際も、ナーガ王国のウィリアム様のもとに着いてからも、ホルンメーネに入国した際も・・・。
辛そうにしていた。
ホルンメーネで、家の引き渡しがあるだろうという事で、ホルンメーネで別れた際は・・・もう空元気なお姿で、こっちが辛かった。
もう、貢ぎ象徴ではなくなったと言うのに・・・。
「マリー、どうしたのかな?」
エリック様が、こちらに来て私に話しかける。
「サーシャと募る話があるのに・・ヘンリーに持って行かれて怒っているのかな?」
エリック様は、サーシャ様とヘンリー様のダンスを見ながらの話。
「・・・怒っていると言えば、そうかもしれません。」
ああ・・本当にサーシャ様は幸せそうに笑っている。
スカートの裾も美しく広がり、皆さんが見惚れている。
必死に特訓をして取得した貴族の嗜みのダンス。
そうしなければ・・・ならなかった嗜み。
それが、サーシャ様の無邪気な笑顔で、なお輝いて見える。
「サーシャは、あんなに幸せそうに踊っているのに?」
ヴァネッサ様が、心配そうに私を覗き込んで言う。
「無邪気に笑うサーシャ様を拝見できてうれしいのです。」
そんなの当然の事。
何も、恐怖を感じる事がないのだから・・・。
「私からすれば、奇跡ようなモノですから・・・。」
本当に奇跡だ。
イリス帝国を出て3年で、無邪気とは縁のなかったサーシャ様が、無邪気に笑っているのだ。
「だから、思ってしまうのです。そのような奇跡があるのなら、もっと早くその奇跡を起こして欲しかった。」
ウィリアム様に、サーシャ様にお仕えするように言われた時から、サーシャ様には、いろんな負担があった。
『ヘリオドール一族としての能力がない。もしくは、低いと感じたのなら、サーシャを殺せ。』
ヘリオドール一族は、切れ者の一族。
その才能で、コアルト大陸一番の大国を管理している。
才能がなければ、一族に負担となる。
一族の力を保つために暗殺をする。
ヘリオドール一族にとっては、至極当然のことだった。
サーシャ様の能力は優れていた。
皇帝による政治から、国民の投票によって選ばれた者が政治をする。
その案を10歳にも満たない子が考案したのだ。
・・・命拾いをした。
貢物
クラウンコッパー公爵令嬢である事。
ドラゴンに好かれる紫色の瞳である事。
ヘリオドール一族である事。
サーシャ様を手に入れる事は、それらの力を手に入れる事。
故に、貢物がサーシャ様に贈られ、義母の元に届けられた。
特に義母は、アクセサリーを好んだ。
それらをしまう貢物倉庫をサーシャ様の父デューク様が造る程。
『サーシャを生かすのは貢物があるからよ。それが無くなれば、私たちの権力の邪魔。そうなったら殺せばいいのよ。オホホッ』
デューク様が貢物を拒まず、隠し倉庫を造った事。
義母が使う隠し通路の他に、サーシャ様の部屋から行ける本当の意味での隠し通路があった事。
異母弟が生まれた事で、デューク様が亡くなった時にわかった。
貢物が贈られる事が滞るまで、サーシャ様は生かされる存在。
その貢物で、国を出ろというデューク様の希望。
だけど、あまりにもデューク様の亡くなるのが早かった。
だから、貴族の嗜みを徹底的に身に着けさせた。
誰よりもきれいに見せる為に、そうしなければ貢物が滞り、サーシャ様が殺されてしまうから。
そして・・・サーシャ様は命拾いをした。
「もっと早くサーシャ様を救って欲しかった。それこそサーシャ様が生まれた時にでも・・・。」
ステラ様がまだ生きている時に、デューク様がまだ生きている時に、
イリス帝国に革命が起きたくさんの人が亡くなる前に・・・・。
・・・そう、私は思ってしまうのです。