狂気が凶器。
キャサリン様に、梅のジュースのお土産を渡してから、一か月ほどが過ぎた。
キャサリン様も、倒れたのが嘘のように元気になられた。
睡眠時間が劇的に増えたのも原因だろう。
クローライト公爵家の方々の顔色も良くなった。
クローライト公爵家内の改革で、大掛かりな人事異動が行われた。
・・・私も、人事異動の対象となった為、部屋の移動を仰せつかった。
格安ビジネスホテルから、ちょっぴり贅沢ホテルを通り過ぎて、高級ホテルという感じにグレードアップです。
部屋へ入って、まず目に見えるのは、小会議が出来るテーブルやら机やらで、ベッドはというと、小会議が出来る部屋の先にある扉の奥にあった。
部屋のドアを開けてびっくりして持っていた鞄を落としたのは言うまでもない。
私は、奥の寝室へ入りクローゼットを開ける。
「サーシャ、手伝うわよ。」
と、寝室に現われたのはキャサリン様だった。
「キャサ・・母さま。」
えっと、キャサリン様・・・手伝うって、私はあなたの従者です。
手伝ってはダメでしょう。
それに、鞄をクローゼットに入れるだけだし・・・。
「すぐに終わりますよ。」
私はクローゼットに鞄を置く。
「サーシャ?」
キャサリン様は、クローゼットを見る。
「終わっていないじゃない。」
と、私の鞄を取り出し開ける。
「クローゼットのハンガーも、タンスも使っていいのよ。」
キャサリン様は、ハンガーをクローゼットから取り出す。
「鞄のままの方が、すぐに出られますから・・・。」
洋服をハンガーにかけて、クローゼットにしまうキャサリン様の手が止まる。
「なんで、そのような・・・・ああ。」
キャサリン様はベッドに座り、隣に座るように促す。
私は、キャサリン様の隣に座る。
「サーシャ。もう、逃げなくていいのよ。」
・・・そうか。
16歳でイリス帝国を出てから、それ以前からだ。
「私・・ずっと、逃げてばかりでした。」
キャサリン様は私の頭を撫でて微笑んでくれた。
「私もリオンを産んでから、逃げる事を考えていたわ・・・その準備もしていた。」
そうか、キャサリン様もそうだ。
リオンを産んで、旧クラウンコッパー公爵家の事を気にして、いつでも逃亡出来るように準備をして、そして、イリス帝国を出た。
イリス帝国を出てからも、逃げて逃げて、やっとドラゴニアに着いたんだ。
そして記憶喪失になって・・・。
それまで、ずっと鞄にすべてを詰め込め、いつでも逃げる準備が出来ていたんだ。
「サーシャ。お願いがあるの。」
キャサリン様は、私の手を取り輪になった。
「いつかサーシャは、このクローライト城を出ないといけない日が来るわ。」
・・・・・ここを出る。追い出されるの?
「追い出すのではなく、サーシャが旅立つ日の事よ。」
・・・結婚って事か。
実感がない。
だって、ヘンリー様の事・・・まだ、わからない。
違う。
・・・わかっている。
でも・・・怖い。
・・・化け物に・・・前世の母さんの様になりたくない。
人を好きになれば・・・心が狂う。
狂えば・・・・・・・・・・・。
”ガタガタガタ”
「サーシャ?!」
と、震える私をキャサリン様は、抱きしめてくれた。
「大丈夫よ・・・・大丈夫。私が付いているわ。」
私をさすってくれるキャサリン様。
「怖いのです・・・人を好きになるのが・・・怖いのです。」
私は、涙をボロボロと流す。
「人を好きになって、狂気と化してしまったら、それ自体もう・・・凶器。」
・・・怖い。
・・・怖い。
・・・怖い。
私は、何度も『・・・怖い』と、訴える。
「サーシャを・・そんな子にさせないわ・・・絶対にさせない。私がついているわ・・・大丈夫よ。」
大丈夫・・・。
大丈夫・・・。
大丈夫・・・。
と、何度も何度も『大丈夫』と、伝えてくれるキャサリン様。
「一人で・・・戦わなくていいの。」
再び、私の両手を取り輪になる。
「私も、一緒に戦うわ。サーシャを独りぼっちでは戦わせない。」
キャサリン様は握った手に力を込めてくれる。
「だから、逃げないで、サーシャの事をたくさんお話をして欲しいの。」
私は涙を流しながら、コクっと頷く。
「さあ、鞄の中の物をクローゼットにしまいましょう。」
キャサリン様と私は立ち上がり、鞄の中の物をクローゼットに一つ一つしまう。
「・・・サーシャ、いつかクローライト城を旅発つ時は、たくさんの思い出を語りながら、一緒に荷物を詰めましょうね。」
と、キャサリン様は、クローゼットにしまいながら、将来の事を約束した。