おやすみなさい
外はもう暗い。
だが・・・クローライト城の中は、まだ暗くなっていなかった。
廊下にはランプが点けられ、薄暗くはあるが普通に歩ける。
私は、厨房にいた。
「コートを貸して頂き、ありがとうございました。本当に助かりました。良かったら食べてください。」
と、借りたコートと、ガラス工房で購入したキャンディーの入ったガラスの小瓶を渡す。
「これって、もしかして・・・飴屋の前に並んだのでは?」
私は、コートを貸してくれた娘さんに笑う。
「飴屋には並んでいません。飴屋の三女が嫁いだガラス工芸の店で、小規模ならが売っているのを買って来たのです。」
そう、私は外貨交換所の待合室でその情報を得て、並ぶことなく購入する事が出来たのだ。
私は、ガラス工房の店の場所を、コートを貸してくれた娘さんに教えてあげた。
お土産のキャンディーよりも、情報の方を喜んでいたようだった。
そして、私はカートを引き、キャサリン様のお部屋へと行く。
”コンコンコンッ”
「失礼いたします。」
と、私はキャサリン様の部屋へとはいる。
やはり、まだ部屋の明かりが点いていた。
まだ、起き上がれてから3日も経っていないのに、しっかりと資料等を見ている。
「少し休憩をとってください。」
と、暖かい飲み物をティーカップに入れて出す。
「ありがとう、サーシャ。」
そう言い。キャサリン様がティーカップに手をかける。
私は、ぎゅっと自分の手に力が入る。
”ゴクリッ”
と、キャサリン様がティーカップの飲み物を一口飲む。
”ツー”
と、キャサリン様が涙を流した。
・・・・良かった。
私の力の入った手が緩む。
「これって・・・。」
「梅のジュースです。」
私は、満面の笑みで答える。
説明をしましょう。
ゲームのスチル『母も一緒に』に、登場するホットの梅ジュース。
梅の飲み物と言うと、梅酒を思い浮かべるが、ここではノンアルコールの梅ジュースです。
リオンとアリシアが、2人でパジャマパーティーをした時に、飲んだホットの梅ジュースなのだ。
後日、その話を楽しそうにしているのを見て、キャサリン様も加わりたいと、3人でパジャマパーティーをする事になった。
その際に、出されたのも梅ジュースだが、蜂蜜が入ったジュースになっていた。
リオンが、蜂蜜漬けの梅ジュースを発見して原液瓶を購入。
3人のパジャマパーティーの際に出したのだ。
キャサリン様が涙を流したのは、その時の事を思い出したのだろう。
127年前の出来事で、その当時そのままの味だかわからないし、どれぐらいの濃度だったか、かわからなくて不安だったが・・・。
成功したようだ。
きっと、あの穏やかだった日々を思い出してくれたのだろう。
「梅は、疲労回復に効果があるようです。」
キャサリン様は手の甲で涙を拭く。
「ごめんなさいね。いきなり涙を流してしまって・・・。あまりにも懐かしくて・・・。」
はい、わかっています。
懐かしいと言って頂き、ありがとうございます。
・・・さて、本題へ行きましょう。
「実は、クローライト城へ来て、気になっている事があります。」
私の言葉に、キャサリン様は私の方を心配そうな顔をして、何が気にしているのか聞いて来た。
「クローライト公爵家御一家が、過剰な仕事をされている事です。」
私は、マブ・ラリマー邸とルベライト城では、ここまで睡眠時間を削り仕事をしているのを見ていない。
ここの一般の使用人の勤務は、3部に分かれている。
ここまでは、まあ・・一緒だね。
だが、クローライト城では、夜勤ですら使用人の人数を減らさないような勤務体制になっていて、24時間フル稼働の状態である。
非常時の勤務体制が一体、何年・・何十年・・・もしや100年以上続いているのか?
一般の使用人は、8時間勤務の交代で、回せるだけの人数が働いているからいいが、公爵家一家は、睡眠時間3時間を当たり前のように続けている。
キャサリン様が倒れた時は、キャサリン様はしっかりと体を休めていたが、それでも起きている時は、ベッド上で出来る仕事をしていた。
「クローライト公爵家の方々が、ドラゴンと絆を結べない事で苦しんでいるのはわかります。」
ここまで仕事に没頭しているのは、それが原因だろう。
「ですが、クローライト公爵家には、ドラゴンの大樹を守護する役割があります。それを堂々と主張していいのです。だってドラゴンの大樹にはリオン様がいるでしょう!」
ドラゴンの大樹には、黄金と化したリオンが取り込まれている。
「家族を守って何が悪いのですか?ましてや聖女として崇められている人ですよ。」
キャサリン様の目から、涙が再び零れる。
「領民の事を思うのなら、仕事に寄り添うのではなく、領民と寄り添って欲しい、使用人をそのためにも使って欲しい。」
使用人に任せられることを、わざわざ睡眠時間を削りしなくてもいいのだ。
猫の手状態の使用人かもしれない、でも猫の手でも使用していいのだ。
「母さまは、私に寄り添ってくださっているから、私はここに居られるのです。もし、それが仕事だからという理由で、寄り添っているのでしたらおっしゃってください。」
キャサリン様は『違うわ』と、即答で答えてくれた。
その通りだと言ったら、ここを去らないとならなかったが、100%言わない事を信じていた。
「でしたら、お願いです。仕事ではなく人々と寄り添ってください。その為に周りの方々を使ってください・・・お願いします。」
私は、頭を下げてお願いをした。
キャサリン様が私に抱き着く。
「ありがとうサーシャ。」
私の目にも涙が零れる。
「はい、母さま・・・ですから、行きましょう。」
私はキャサリン様から離れ、カートの下に置いてある物を取り出し、キャサリン様の横のテーブルの上に置く。
「これは・・それも、こんなにも・・・」
テーブルの上に置いたのは、梅ジュースの原液。それもガラス製の漬物の壺を丸ごとだ。原液だけでなく梅までしっかり壺の中に入っている。
キャサリン様のお土産である。
「クローライトの方々に心から寄り添い、道を切り開けるのは・・・母さまだけです。」
キャサリン様は、涙を拭く。
「ええ、行きましょうサーシャ。」
こうして、キャサリン様と私は、クローライト公爵家の方々の所へ行き、梅ジュースを飲ませ、キャサリン様の説得で、皆を寝かしつけた。
後日、話合いがもたれ、人事異動等が行われ、クローライト公爵家の方々の睡眠時間が増えたのは言うまでもない。