欠けたる母の願い
「リオンを殺した刺客が、キンバーライト領のイルメの港町から入国したことで、ホレス殿が外国人嫌いになった事は申し訳ないと思っています。」
港町イルメ・・・キンバーライト領の北東、ベーカリーうみまつの本店がある町。
「その責任は私にございます。」
そんなのおかしい。
ホレス様も当然のようにキャサリン様に責任はないと言った。
「では、ホレス殿が外国人嫌いになった責任は、誰の責任ですか?」
キャサリン様は『誰のせい』でなく『誰の責任』と、強調するように付け加えた。
ホレス様の言葉が詰まる。
・・・クラウンコッパーのせい
・・・アリシアのせい
で、あったとしても・・ホレス様の外国人嫌いの責任は双方にはない。
「その責任は・・・俺にある。」
ホレス様が、肩を落としながらため息まじりに言う。
「リオンの事でこんなにも心を痛めて下されて、母親としてお礼を申し上げます。ですが、その事で外国人嫌いになった事・・とてもつらく思っておりました。アリシアの犯してしまった罪、母親として謝罪します。」
キャサリン様がホレス様に向かい土下座をする。
「申し訳ございません・・・どうか、母としての私の不徳をお許しください。」
私は何も動くことは出来なかった。
ただただ目から涙がこぼれるぐらいしか出来なかった。
ホレス様もまた、立ちすくんでいた。
ここにいるキャサリン様は、リオンというドラゴニアに奇跡の光を生んだ母であり、ドラゴニアに黒歴史という闇を生んだアリシアの育ての母でもある。
これほどドラゴニアに影響力のある、それも明暗その2つを兼ね揃えた母なのだ。
・・・・それを『不徳』という一言で、表していいのだろうか。
どれだけ2人の母である事に苦しんだのだろう。
・・・計り知れない。
きっと、クラウンコッパーという存在に苦しんだはずだ。
それなのに、私を守る行動をした。
それも・・母としての行動を表しながら
母とは・・・こんなにも強いモノなのか?
こんなにも暖かいモノなのか?
こんなにも・・・心を満たすモノなのか?
「・・・わからない。俺は・・・どうすれば・・・。」
ホレス様は、ゆっくりした足取りで牢屋を出て行き地下牢を去っていく。
「サーシャさん、よく頑張ったわね。もう、大丈夫よ。」
・・・心か・・・・解放されていく。
「ひっく・・・うぅ・・・んぐっ」
涙が・・・止まらない。
キャサリン様が暖かな笑みを私に向けてくれる。
前世で欲しかった・・母としての微笑み。
「あぁ・・うぅ~・・・」
口ががくがくしている。
”ふわっ”
と、キャサリン様が私を抱きしめてくれる。
「うわわ~・・・ああ・・・んわ~・・・ごほっ・・ごほっ・・・うわ~・・。」
私は、声を挙げて泣いた。
途中咳が出ようが、鼻水が出ようがお構いなしに声を挙げて泣く。
そんな私をキャサリン様は、優しく抱きしめながら頭を撫でてくれる。
なお、一層・・涙が止められなくなっていた。
◇ ◇ ◇
「すーすーすー」
サーシャさんの寝息がする。
落ち着いて寝てしまったのね。
可愛い子。
サーシャさんの報告書にクラウンコッパーの名があった事には驚いたわ。
でも、それ以上にこの子はクラウンコッパーに苦しめられてきた事も書かれていた。
この子もまたクラウンコッパーの被害者なのだ。
だからこそ・・・助けてあげたい。
・・・救ってあげたい。
「陛下・・・近くにいるのではありませんか?」
「気づかれていましたか。」
陛下が地下牢の出入り口の陰から入ってくる。
「陛下、この子を預からせてください。」
私は安らかに眠っているサーシャの背中を撫でる。
「構わないけど・・・。どうして預かりたいと思う、その理由を知りたい。」
私は、サーシャの背中を撫でる手を止め考える。
・・・助けてあげたいなんて、私も傲慢ね。
「救われたいのは、この私です。」
陛下は真剣な眼差しで私を見る。
「もう、クランコッパーのことで辛い思いをしたくないのです。」
サーシャを救う事で、自分を許したい。
「わが子のリオンを、わが子のアリシアが殺した。その事実は消えない。」
アリシアを恨むことは、自分を恨む事。
私の落ち度がアリシアをそこまで駆り立ててしまったのだから・・・。
・・・私も悪い。
だけど・・・でも・・・
「もう、恨む事に疲れました。」
自分を恨んでも、恨んでも・・・何も、誰も戻らない。
100%2人の母であろうが、100%人であろうが
人は、人として・・・欠けている。
・・・足りないでいる。
だから、考え、学び・・・成長し続ける。
足りない者が、足りない者と共に学び成長する。
人生とはそのようなモノ。
足りなかった事を恨んでも終わりなどない。
アリシアも私も足りない人間なのだから。
「恨む力があるなら、この子を救いたい。・・・そうすることで、自分を救いたいのです。」
もう・・・意味ない恨みを・・続ける事を・・・終わらせたい。
「報告書を見る限り、サーシャは母親に縁がなかったようだ。」
「はい、ですからサーシャさんの母になりたいです。」
母として欠けていようが・・・母になりたい。
「欠けている母として、この子と成長をしたいのです。」