1.憤怒との出会い
みんなの為に、世界を打ち滅ぼさんとする災厄に抗っていた。何度も血反吐を吐き、死の恐怖に震えながらも、一つ一つと試練に耐えるよう尽くしてきた。
自分が育てた、共に育ってきた仲間たちが一人また一人と体を失っていく現実を目にしながらも、意思は堅く、進み続けることを辞めなかった。その結果が世界からの追放。
後悔はないと潔く笑えればいくらかマシだったほうが、グリーズの願いを叶えるため、争いのない、不平等ではあっても不条理のない世界を目指した愚か者の願いを叶えんと、命を捧げた仲間たちが魔人と恐れられて共に追放されるのだけが心残りであり、怒りを感じた。
あの時こうすれば、ああすればと夢想するたびに、いつでもたどり着くのが始まりの時。仲間たちの中では最初に契約した相棒であり、今では半身となった、鼻筋が青く火のように見えたことからランプと名付けた邪龍との出会いであった。
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ビーストテイマーとしての才があったことから、国お抱えの調教師になったグリーズは、騎馬隊の足である馬の他に、戦争にて投入する魔獣を育てていた。仕事は才能もあり、天職であったため何不自由なく生活はできていた。しかし戦場でグリーズの育てた魔獣が大いに活躍したこともあって、気を良くした皇帝により、新しい兵器の育成を頼まれることとなり、それがグリーズの運命を大きく変えることとなった。
いま思い返すと余りに無謀であり、その代の皇帝の変な方向への思い切りの良さとネジの飛び具合に辟易とする。
皇帝はグリーズに国内でも数名しかいない稀少な、才能のあるものにしかなれぬ龍騎士の大量育成という計画を持ちかけたのだ。ドラゴンは太古より人と馴れ合う近しいものではなく、どちらかと言えば神に類するような化け物とされてきた。当然人に従属するような殊勝な心構えなどなく、狡猾で、プライドも高く、根本的に肉体の強さが人とは比べものにならないため、人に従う理由がない。
才能のある、とされるものは元から匂いや思考がドラゴンと似ており、心を交わしやすいというだけであり、努力で真似などできない。
グリーズは無謀だと唱えたが、流石に皇帝も変な方向に思い切りはいいが馬鹿ではなく、龍を手懐けるのではなく、一から、卵から孵すことにより、刷り込み型で龍を教育するプランを立てた。
実際にはグリーズは他の魔獣のような餌付けや恐怖心をかねた調教方法も有効と思えず、体の大きさが桁違いで、自身よりも弱いものと判断するとカーストを一変させるあらゆる生命に共通する本能の危険性を理解していたため、皇帝のプランにもまだ不安は残っていたが、知識と経験の違いというのは想像以上に説得に力を持たせられず、そもそも敵国である王国出身の身のため、肩を持つのかと咎められては計画を受け持つしか道はなかった。
それからしばらく経ち、ドラゴンの本格的な育成が始まった。卵自体の孵化法は既に過去に確立していたため問題なく行えたが、そこからの調教は全てが手探りであった。魔獣もそうなのだがほとんどの知性ある動物には特定の教育法を用いることができる。特定の動作、行動に対して成功すれば報酬を与える。反対に上手くいかなければ、報酬を与えず、やり方を目の前でもう一度教える、または調教済みの動物に同じ動作をさせ、見て学習させる。
しかし、家族の絆よりも力関係を重視する天の支配者たるドラゴンには、いくら親として教育を施そうとも、知識を身につけると言うことを聞かなくなる危険性があり、これは有効な教育法ではないとグリーズは考えていた。
事実、最初に育てたドラゴンは2年が過ぎ、体格が大熊ほどに成長すると言うことを聞かなくなった。あくまで試験的なもので調教師はグリーズと補佐の数名ほどだったため人材的な資金はかからなかったが、ドラゴンの食費は馬鹿にはならず、とてもではないが成果をあげられなけば、計画の継続は厳しいものがあった。
「あぁ、くそっ!!」
グリーズは頭を悩ませた。
「このままではただ無為に金と時間を浪費しかねない。皇帝から失望されてしまう」
比較的優秀なものには温情ある皇帝といえども限度はある。焦りが募る。その焦りは、何よりも自分の他にも調教師はいて、その調教師ならばドラゴンをも手懐けるのは容易だとグリーズ自身が確信しているからだ。その調教師の方が使えると判断されるとグリーズは用済みとされ、多額の資金を無駄にした罪で仕事をクビ、忠誠心など殆どないためそれで済むのならばいいのだが、なまじ使えるため他国に渡らぬよう処刑される恐れまでもある。
ドラゴンは確かに強大で、プライドが高く、人を路傍の石ほどにしか思わないが、その分臆病で痛みに弱い。・・・グリーズの考えるその調教師は痛みを用いる教育を得意とし、彼に育てられた魔獣は鞭の振るう音だけで怯えてしまう。戦場では使えないのではないかと考えるものもいるが、彼の与える痛みは並大抵のそれではなく、銃弾がめり込む、火で体を炙られるぐらいでは止まらない。戦場では彼の魔獣は使い捨てが多いが、その分戦績は彼の魔獣の方が挙げている。
そこからグリーズは眠れない日が続いた。移動時間も、食事時も、湯汲みも仕事のことばかり考えていた。
しかしある日天啓が訪れた。
・・・従わせようとしてるのが間違えているのではないか