表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『オリヴィア』  作者: 冬野フクロウ
3/5

第三話

 「はじめまして。オリヴィア様の婚約者のナイトと申します。以後お見知りおきを」紳士な騎士は丁寧にお辞儀をした。「あなたは、オリヴィア様の親しきご友人と伺っております。ぜひともお目に掛かりたかった」相手は穏やかな笑顔を見せた。その爽やかさに僕の敵意は霧散した。その気品は洗練されていた。


 思い出していた。忘れるわけがなかった。年頃になったオリヴィアは、騎士団きっての実力者と婚約をすることになっていた。物語はそうなっていた。それは運命であり、誰にも変えられないあらすじだった。一瞬たりともその騎士が自分のことだと思った僕は傲慢だった。僕はナイトに譲らなくてはならない。


 不思議と僕は落ち着いて事実を受け入れていた。オリヴィアが幸せになれるのなら、僕じゃなくてもいい。僕はこの騎士が完璧なのを知っている。この男になら僕は幼馴染を託せる。もともと違う世界の住人。僕といても彼女は幸せになれない。それに、オリヴィアのあの顔。デート中一度でも見せてくれたか?


 では、と礼儀正しく暇を告げ、ナイトはオリヴィアを連れて夜の中に消えていった。僕はしばらくその場に立ち尽くしていた。言いようのない虚無感が全身を支配していた。けれど、それは同時にすがすがしくもあった。意味の分からない感情に、僕はただただ混乱していた。大丈夫だ。僕のしたことは正しい。


 「やい、そこの人間」ふと、変な声に呼び止められた。僕は我に返って辺りを見渡した。しかし、誰もいなかった。「ここだ、ここ」じれったそうな声が下からして足元を見降ろした。青色のスライムだった。「可哀そうな野郎だな」嘲るようにスライムは顔を歪めた。「悔しくはないのか、あんなことされて」


 「僕は正しいことをしたまでだ」僕は教え諭すようにスライムに告げた。「間違っているね、お前」「運命は変えられない。特に、物語の登場人物はなおさらそうだ」「じゃあなんで同じく登場人物の俺が、運命にあらがおうとしているんだ」スライムは悪そうな顔をした。僕は口をつぐんだ。面倒くさかった。


 「俺は誇り高き怪物だ。悪名高き森の支配者だ。そんな俺がこんな所で何をしているって?単純だ。あの腐れ騎士に復讐するためさ。やつはかつてこの俺を討伐した。おかげで今や半身を失ってしまったが、それでもこうして生きているんだ。俺はこれからやつのたまを取りにいく」僕は聞こえないふりをした。



 「俺とお前とでは利害が一致している。どうよ。ここは一つ手を結ぼうや。え、相棒?」くだらない。僕はきびすを返してその場を離れようとした。けれど、スライムはしつこくピョンピョンついてくる。諦めの悪いやつだ。今はただ、そっとしておいてほしいだけなのに。僕はスライムを踏みつぶそうとした。


 「おっと!ちょっと待て」スライムは横に飛びのいた。僕は舌打ちをした。「あれを見ろよ」顎でしゃくられ、いい気はしなかったが、僕はそいつの最後の頼みを聞いてやることにした。スライムの目線の先には、見覚えのある金髪の少女と、その隣には見知らぬ少年がいた。「なるほど今回はそのパターンか」


 「見覚えのある光景だろ。ありゃわれらが作品の姫だ。せいぜい12歳といったところだな。その隣にいるのはお前じゃない。別のガキだ」意図がさっぱりわからなかった。「物語は繰り返す。そこに生きる登場人物は永遠に同じことを繰り返す。オリヴィアは何度だってナイトと結婚する」チクリと胸が痛んだ。


 「ただ、何の因果かこの世界では一定数の男のガキがオリヴィアとリンクする。読者に応じてオリヴィアの性格も多少は変わってくるようだな。お前の解釈した姫は夜遊びなんかしないが、どうやらあのガキの姫はそのようだ。いずれにせよ、物語の本筋は変わらない。あのガキもいずれお前と同じ悲劇を見る」


 「空しいな。お前も、連綿と輩出されてきた被害者のひとりだ。わけのわからない物語に人生を狂わされ、自分の惨めさに気づかされて捨てられるだけ」僕はわなわな震えていた。「まあ、こんなはた迷惑な奇跡に巻き込まれなくったって、恋ってのはそういうもんさ。利用されて裏切られる。叶わないものだ」


 「ただよ、たとえ恋というのが辛いものだとしても、やつさえいなけりゃもっと幸せになれたとは思わないか?物語ってのは、同時に変えられるんだ。お前が幸せになる未来だってあるんだぜ」呼吸が荒くなってきた。動悸が激しくなる。意識がもうろうとする。僕は疲れていた。一刻も早く家に帰らなくては。


 街角を曲がったところで、僕は足を止めた。そこにはナイトがいた。「おや、また会いましたね」僕は軽く会釈をした。「絵本の中に帰ったのでは?」「姫は先にお帰りになられました。私は今、散歩をしているところです。相変わらず面白い場所だ。姫にいろいろとご紹介してくださりありがとうございます」



 その瞬間、僕の体は自分の意思では動かなくなった。スライムがみるみるうちに増大し、僕を全身包み込んだ。粘液の中、窒息しそうで涙目になりながら、僕は騎士に向かって突進した。感じたのは紛れもない殺気だった。しかし、ナイトは剣を華麗に一振りしただけで、いとも簡単にスライムを一刀両断した。


 ゲホゲホと喘ぐそばから、青い粘液が崩れ落ちていく。「応援してるぜ、相棒」スライムはそうささやいて蒸発した。「大丈夫ですか!」ナイトは紳士的に駆け付け、僕の背中をゆすった。「お怪我はありませんか?」「すみません」「とんでもない。姫のご親友は私の親友です。当然のことを致したまでです」


 ああ。やっぱりこの男には適わない。完全敗北だ。弱弱しく感謝を述べ、そそくさとその場を去った。全力疾走で駆けた。噛みしめた唇は血の味がした。狂っている。僕は最低だ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ