第二話
十数年が経っても、僕の頭からあの子は消えなかった。一体僕は何を間違えたのか。漠然とした後悔と情けなさが、その記憶には伴った。何度か異性からの告白はあった。けれど、他に好きな人がいるという理由で断り続けてきた。まだ、約束の彼女に会えるとどこかで信じているのだ。ばかばかしいけれども。
もう会えないことはわかりきっていた。所詮は子供のした約束。期待するだけ損なのに、やはり初恋というものは大きすぎた。溜息をつき、歩き出した。自分が嫌いだ。いつまでも過去のことをネチネチと覚えている。向こうはきっと忘れている。再会しても恥をかくだけだ。ロマンチストは、今時流行らない。
「久しぶり!」歩みを止め、僕は顔を上げた。そこにはあの子が立っていた。目を疑った。でも本当に存在していた。「オリヴィアだよ」この世の人とは思えない美しさだった。必死で口を動かし、僕がひねり出した言葉はしかし、誉め言葉ではなく感情にまかせた非難だった。「何で挨拶もなく消えたんだよ」
「ごめんなさい。わざとじゃなかったの。いろいろと事情があって」申し訳なさそうに弁解する様子を見て、僕も大人げない口をつぐんだ。この口はもっと他に使い方があるのだから。聞きたいことがたくさんあるんだ。話したいことがたくさんあるんだ。でも、僕が沈黙を破るより先に、彼女が口火を切った。
「ねえ、私にデートというものを教えてほしいの。あなた、物知りだから簡単でしょ?」キョトンとした。言葉の使い方が相変わらず変だ。単純にデートを「したい」と言えばいいものを、どうしてわざわざ教わろうとするのか。けれど、現金な僕はそんな複雑な解釈を捨て置いて絶好のチャンスにうなずいた。
オリヴィアは、本当にもの珍しそうに神羅万象に感激していた。臨時の要求で適当に決めた、ありきたりなデートプランであっても、彼女にとっては満足以上のものだった。そんな様子を見て、僕の中ではだんだんと疑問が芽生えていった。いったいどうして、この子はこんなにも知らないものが多いのだろう。
夕日が差す見晴らしのいい展望台で、小さな車と街を見下ろしながら、彼女は言った。「私、いろいろと学んだのよ。私とあなたの違い。こっちの世界とそっちの世界その違い。私が誰で、どうやってここまで来たのか」その目は遠いどこかを凝視していた。「長らくお待たせしました。ネタ明かしをします!」
「あなたの大好きだった絵本。あそこに出てくるお姫様こそが私なのよ」姫の名前はオリヴィアだった。「あの日、いつも通り森の中で遊んでいたら白いうさぎさんを見つけたの。私はその後を追いかけていった。森を抜けたところにあなたがいたの。どうやらここに来られるのは森の気まぐれで不定期なのね」
「信じてくれる?」僕はまたうなずいた。子供のころのオリヴィアの発言が記憶の中ですべて結びついていくのに、僕は圧倒されていた。「不定期でも、これできみとは会えないわけではないということがわかって安心したよ。よかった」オリヴィアはしばらくぼうっとしていた。そしてうっすらとほほ笑んだ。
「この世界はいいわよね。みんなが平等で、なにより自由」彼女の長い黄金の髪が湿った風に揺れていた。「お姫様であることに疲れてしまったわ。いろいろと制約があって、自分の意思で好き勝手できないもの。ここに来るのも、お父様とお母さまとばあやの目を盗んでやっとのことよ」「ここにずっといれば」
「そうしたいけれどね」悲しい顔を見せたのも束の間。彼女は急いで自慢の笑顔で陰りを打ち消した。「ほんっとうに楽しかった!今日はありがとう!次、来るときは私の友達のドラゴンもつれてくるわ。あなたならきっと仲良くできると思うの。優しい子よ」僕はまたしばらくは会えないことを静かに悟った。
空が暗くなってきた。風が木の葉をうるさく揺らした。僕は聞こうとした。あの日の約束を覚えているのかと。ただ一言、答えが聞きたかった。でも、同時に聞くのが怖かった。丸い月が見降ろす暗がりに、彼女は目をつぶった。僕も目をつぶった。薄く伸びた二本の影の唇と唇が、合わさったような気がした。
凛とした声が静かな永遠に終止符を打った。「ここにいらっしゃったのですか、オリヴィア様」白銀の鎧と大きな剣を備えた、ハンサムな騎士が立っていた。「ナイト様…」ほんのりと頬を染め、恥ずかしそうにうつむく彼女の顔を目にした僕は屈辱そのものだった。脳が揺れた。心底消えて亡くなりたかった。