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見慣れた太さ、高さ。天面にはプルタブがあって、底面はパラボラアンテナのようなをくぼみがある。軽さからしてアルミだろう。印刷はどこにもない全面金属色だが、どこからどう見ても空き缶だ。
ただ一つだけそれが空き缶とは言えない所がある。それだけで他の全ての特徴を覆すほどの一点。――それがどこにあるかだ。
火星に誰も来たことはないし、どれだけ肩に自信があっても、地球からここまで空き缶を投げ捨てる者もいない。
「なんでこんなものがここに――」
空き缶を軽く突いた。軽い音と指に伝わる振動。馴染みのものだ。
「分からない」
そんなはずがない。何かの間違いだろうか。自然物が偶然このような形になったのだろうか。驚くほどの偶然に。あるいは、陰謀論者が好きそうな話だが、火星には以前に人間が降りたっていたとか――。
疑問は増え続ける。何かヒントはないか。まわりには大小さまざまな赤い石や岩しかない。
いや、――待てよ。
缶が置かれた所に、切れ目があった。そこらじゅうに石と石の境はあるし、段になっているところも無数にあるので、見落としてしまいそうだが、明らかに方向性を持った切れ目がある。それらは缶を囲むように、円形の切れ目になっていた。マンホールくらいのサイズの切れ目だ。
僕は切れ目に手を掛けた。すると引っかかる感覚がある。引っかけて持ち上げると、マンホールのような蓋が外れた。マンホールのようなというより、マンホールそのものだ。蓋の先には円形の穴が、深く深く、どこまでも続いていた。
「丁寧に梯子まで付いている。やっぱり父さんの隊の前に誰か来ていたのか。それとも――」
僕は梯子を降りた。長く、長く時間が掛かった。しかし暗闇にいたので時間が掛かったように思えただけだ。実際五分も掛かっていないだろうが、一日にも思えた。
視界が急に開けた。明るく、広い空間に出た。僕は身震いした。
地下へ降りたというよりむしろ、雲の上から降りてきたように感じた。そこには緑豊かな森と、湖と、街が広がっていた。そしてどこまでも途切れることなく広がっていた。