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僕がどうして火星で置いてけぼりを食らったかというと、話は長くな――いや、ならない。普通の男子高校生が火星に放置されたというと込み入った話があるんだろうなと思うかもしれないけど、まぁ、言ってしまえば簡単である。一文で終わってしまうほど簡単なのである。要は、


――運が悪かったのだ。


とはいえこれから火星での僕の生活の話にすぐさま移る訳にもいかないだろう。ちゃんと経緯を話しておかないとだめだ。そんなことをしたら今度は読者が置いてけぼりになってしまう。置いてけぼりを食らうのは僕だけで十分だ。


前置きはこのくらいにしておこう。とにかく、僕は家族旅行でケープカナベラルに来ていた。ケープカナベラルというのはアメリカ合衆国のフロリダ州メリット島にあり、アメリカ航空宇宙局、いわゆるNASAの施設、ケネディ宇宙センターがある所だ。


僕の父は宇宙飛行士だった。はじめての火星有人宇宙飛行。ついに歴史が変わる打ち上げのその日に、僕と母は見送るため宇宙センターに来たというわけ。報道陣の群れをかき分けて(僕もインタビューも受けたりした)近親者権限でセンターの中に入れてもらえた。


ここで僕が一つミスをするが、まさかそのミスがこんなことに繋がるなんてその時点では思いもしない。


僕はセンターの中から出る前に用を足そうと思った。いつもとは全く違う環境、いつもは全く接しない種類の人たちに囲まれていたのが悪かったかも知れない。どこにトイレがあるか聞かずに、なんとなく探せば見つかると思ったが、結果的には迷ってしまった。


訳の分からない機器ばかり、触れて運悪く壊してしまうとどれくらい弁償しなければならないだろうか――そんなことを思いながら迷い、迷って、なんとスペースシャトルの中に入ってしまった。


乗組員達が固唾を飲んでいた。歴史的な瞬間に備えて目を閉じている。この日のために日夜厳しいトレーニングや勉強に明け暮れていたのだから、緊張しているのだろう。装置の機械音の方がやかましいのに、彼らの心臓の音がうるさいほど聞こえた記憶がある。彼らの中には当たり前だが僕の父親もいた。僕は空気に圧倒され、声を掛けるのを尻込みしてしまい、自分で出口を探そうとした。父の目の前を抜き足で通り過ぎたとき、その瞼がぱっと開いた。驚きの表情があった後、苦い表情に変わり、小声で囁いた。


(――っ!お前なんでこんな所にっ!だっ、駄目だ。やっぱり喋るな!ここに人が入ったことがバレたらエラいことに……。最悪中止なんてことになったら……。それにもう、あっ……)


エンジンが唸りを上げた。爆音に耳が裂けそうになる。その音でようやく父親も我に返ったのか、他の乗組員の助けを乞う。予備の宇宙服が僕にあてがわれた。


「おい、星人ほしと、分かってるよな。ただでさえ俺は仕事漬けなものだからあいつはいつもピリピリしてるんだ。だからな、この事はお母ちゃんには内緒だぞ……」



勢いで宇宙へ行くことになってしまった僕だが、なんの下準備もしていない宇宙は無情だった。当たり前だ。乗組員たちはこの日のために厳しいトレーニングをこなしてきたのだ。無重力の中、体を動かすどころか、じっとしているだけでも骨がいる。


星人ほしと、お前はここでじっとしていろ。俺達はやることが山ほどある。おまえにかかずらっている暇はない。」


と言われましても――。前身の筋肉が悲鳴を上げる。1年分の筋肉痛を貯金して一気に放出した感じ――。喉が渇いても、水さえ飲めない。寝ようと思っても、体の痛みがそれを許さない。


寝ていたというより、気絶していただろうか――。一日くらい経過したような感じがする。丸いガラス窓から見える外の景色は真っ暗で、時間の感覚がまるでない。地球も随分小さくなってしまった。乗組員は地球は青かったとか言って感動したのだろうが――もうその時期は過ぎてしまっていた。


そんなとき、けたたましい警報音。耳をつんざくような、ジリジリという擬音が可視化されるような警報音。


――緊急事態発生!!!今すぐ機体の切り離しを行う!!!機体の軌道と小惑星の軌道が事故的に被って閉まったため、切り離せざるをえなくなった。後方の者は直ちに前方の機体へ行くこと。前方は地球に帰還し、後方の機体は火星へとそのまま進むことになる。火星に行きたかった者も、死んだ体でだという条件でなら、諦めも付くだろう。直ちに前方に移動せよ。


僕は一番後方にいた。そして――あれ、これもしかしてやばいのでは?丸いガラス窓に大きな影が映った。すぐ側まで迫った小惑星だった。


「ぎゃあああああ!」


と同時に轟音が鳴る。小惑星との衝突音ではない。明らかな機械音――機体が切り離される音だ。


「お、おい、ちょっと待てよ!親父!それでも親か!くそぅ、マジか!」


離された後方の機体に僅かな回転方向の運動が生まれる。機体が切り離されたからだろう。機体に勢いが付いて、小惑星をギリギリの所で避けた。過ぎ去った小惑星の後に、前方の機体が映った。


向こう側もこちらを向いていた。丸い窓ガラスが、僕の方を向いていた。しかし僕とは対照的に――恨みがましく睨み付ける僕とは対照的に――父親は気まずそうに目を逸らしていた。僕はガラスを叩いた。


「マジかよ!僕、本当に宇宙に置いてけぼりにされてるんだ……」


僕はそのまま流された。宇宙船の見捨てられた片割れに乗って流された。


「僕、死ぬのか――。短い人生だった――」


完全に死を覚悟していた。こんな広い宇宙空間に高校生が一人きり。どうして生きていられるだろうか?


宇宙開発の技術革新により、空気の問題はあまり心配がいらない。酸素タンクや、水から酸素を発生する装置がある。インタビューでケネディ宇宙センターの技術者が、10人を1年賄えるという話を聞いた。食料も、不味いとは聞くが宇宙食がかなり備えられている。電気も十分備えがあるという。


とはいえそれは機器を扱える人間があってこその話だ。僕はもちろん機器が使えない。宝の持ち腐れ。きっと、一週間持てばいい方なのではないか――。


「くそったれ!」


言いながら壁を蹴ろうとしたが、無重力なので体が思うように動かなかった。しばらく宇宙に居ても、なかなか慣れないものである。


「だめだ、苛つくのを辞めよう。潔く諦めよう――」


考えるのをやめて宇宙空間を漂うことを受け入れたとき、電子ベルが鳴った。宇宙電話――。気付かなかった。精神が参っていたからだろうか。


「――誰?まさか宗教勧誘の電話じゃないよな?いつもならお断りだが、今なら藁をもすがる気がして――」


「星人、俺だよ。父さんだ。今地球に戻ってカップヌードルを食べているとこだ。宇宙も良いけど、地球がやっぱり一番だよなぁ。宇宙旅行から戻ってきてはじめて日本食を食べる、最高だよ」


「僕も最高だよ。高度の意味ではね。父さんの顔の何十万キロ高い所で食べる宇宙食、それもたった一人で虚空を眺めながら食べる宇宙食。どんな感じか想像できるか?」


「まぁ、悪い。でもな、そんな経験なんて滅多に出来ないことだ。悪く考えず、いいように考えろ。普通の高校生が絶対に出来ない経験を今しているんだ。ほら、宇宙の勉強って教科書読むかせいぜい科学館に行くくらいだが、お前は宇宙をフィールドワークしてるんだ」


「教育熱心な親で誇りに思うよ。かわいい子には旅をさせよって言うし、本人の気持ちに関係なく旅をさせるがいいや」


「そう言うなって、なんでも明るく前向きに捉えれば、状況は良くなる。後ろ向きなら、なんでも駄目になる。いつも言っていることだ」


「そうだけど」


「それに、お前が思っているほど状況は悪くないぞ。この電話さえあれば、お前は機器を操作できる。もともと長期滞在を予定していたから、蓄えもかなりある。そして、なんと、俺達はお前を迎えに行く予定だ!報道機関やお前の母親にはお前がいなくなったことは黙ってるが――」


「とっくに母親にはバレてるだろうが――」


「全然バレてないぞ、お前がいなくなったこと、気付いてないみたいだ」


「おい、母――」


「とにかくお前を迎えに行く。それで今から準備をしているんだ。またシャトルを打ち上げるんだ」


「なんだ、そういうことか。それなら安心かな。ちょっとばかり退屈な数日を過ごせば、地球に帰れるってことか。あぁ、マジで宇宙に置き去りかと思った――」


「数日?何言ってるんだ?」


「へ?」


「準備には時間が掛かるんだ。一から用意しなければならないものも沢山ある」


「おいおい、退屈なのは一週間くらいが限度だって――。一体、どれくらいだよ」


「3年」

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[良い点] 表現が相変わらずうまいです [気になる点] 位置から用意しなければ、ってところ誤字ですか? 誤字じゃなければどういう意味になるのか知りたいです [一言] 紙で読むには問題なさそうですけど、…
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