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終わった世界のエインヘリヤル ~世界が終わっても彼ら彼女らの物語は終わらないようです~  作者: 七詩のなめ
もしもの世界は異世界ですか? ~彼は英雄になることを拒否したようです~
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怒れるあなたはお強いですか?

 恐怖に震える伊桜里。しかし、その恐怖はあろうことか恭介が発していた。

 正座して己の罪を悔やむ伊桜里と本田宗次郎の振り下ろされた手を掴んだままの恭介はそのままお説教タイムへと移行しようとする。

それを止めたのは青筋を立てて、怒りで猛々(たけだけ)しい声を上げる本田宗次郎だった。


「だ、誰だ貴様は!!」

「御門恭介ですよっと。紹介にもあったが、成り行きでこのちんちくりんの執事をやることになった。すまないが、少し黙っててくれないか。俺はちんちくりんの説教で忙しい」

「なっ……は、離せ! 私を誰だと思っている!! 私は――」

「日本帝国七十二家に名を連ねるクソジジイだろ? わかってるよ、何回も聞いた。ただな、お前がどこの誰で、どういう立場にいて、こいつとどういう関係だろうと俺には関係ない。これは俺とちんちくりんの話だから余計な口を開くな。それと、この手は離さないぞ。ちんちくりんの説教が終わったら次はあんただクソジジイ」

「な、なにぃ!?」


 恭介の怒りは、どうやら給料が正当に支払われないかもしれないという伊桜里の状況だけで起きたものではなかったらしい。いや、むしろ割合的に言えば本田宗次郎の言動のほうがかんに障ったようだ。

 元来、弱い者いじめを良く思わない恭介は、本田宗次郎のような人間が大嫌いだ。死滅すれば良いとさえ思っている。

 だからこそ掴んだ右手は離さない。次は貴様だということを相手に真摯しんしに伝えるためにはこれが最も効率がいい。

 ただし、相手は本田宗次郎だけではない。その配下が二人も背後で待機していることを視野に入れなければならないだろう。なぜなら、本田宗次郎のような人間は自分ではどうにも出来ない状況に陥ると他人の行使を真っ先にやってのけるからだ。

 そして、すぐにでも本田宗次郎は連れの屈強な二人組を動かした。


「何をしている! こいつをひっ捕らえよ!!」


 返事よりも早く、屈強な二人組は駆ける。その瞬発力から見てただの人間ではないことは明白だった。おそらく、どこかで訓練を受けた口だろう。しかも、対人用戦闘訓練ではない。それよりも遥かに強いものとの戦闘を視野に入れた戦い方だ。おそらくこれが《プランドラ》との戦闘を考慮された動きだとわかる。

 故に人の目では追いつかず。常人であれば、ものの数秒もあれば良くて無力化、ひどければ二度と目覚めぬ体になっているはずだ。けれど――


「ちっ」


 やれやれという表情の恭介は本田宗次郎の右手を離す。

 しかし、それは降伏を意味するものではない。迫りくる邪魔者を排除するためには右手を掴んでいては邪魔だったのだ。

 戦闘訓練を受けているであろう二人組に対し、恭介は一人。恭介自身に武器はなく、二人組にはきっと護身用の武器が与えられているはずだ。幸いにもその武器が握られていない。


(武器を手にしてなければやりようはいくらでもある)


 迫る二人に恭介も地面を駆ける。

 二人を一片に相手するから面倒なのだ。どちらか片方を一瞬で片付けてしまえば擬似的に一対一の構図が作れる。そして、恭介にはそれができる。

 右手に握りこぶしを作り、恭介はそれを打ち出す。反応されるとはついぞ思っていなかった二人組は同時に驚き、そのスキを狙った鋭い一撃は見事に二人組の片割れのみぞおちを穿うがち、一瞬ではあるが身動きを停止させる。

 そうして一瞬動けなくなった片割れの顎を左の肘で打ち上げ、さらに右フックで顎を的確に横殴りにした。すると、意識が混濁こんだくした片割れは糸が切れた人形のように地面に伏せる。

 ここまでで三コンマ六秒。

 息をつく間もなく続いてもう片方へとターゲットを変える。

 背後から迫っていた片方の右ストレートを避ける。そして、流れるように左足を軸に回り、瞬きの後に体勢を直し、右足の親指、足首、膝、股関節、腰、右肩、右肘、右手首の順で力が逃げぬように高速で加速させた。

 それで生じた強烈な右ストレートは人間では鍛えることが出来ないと言われる心臓を強烈な一撃で撃ち抜く。

 これにより心臓が一時的なショック状態に陥り、心機能が著しく低下する。いわゆる擬似的な心停止になるのだ。こればかりはどれだけ鍛えても耐えられない。心停止による苦しさは片方の動きを完全に止めた。されどこれは一時的な状態に過ぎない。

 だから、恭介は無防備な股間を思いっきり蹴り上げたのだ。心停止に加えて急所への強烈な一撃である。鍛えられない急所を二箇所も撃ち抜かれ、片方はとうとう泡を吹いて倒れ込む。

 ここまでで七コンマ二秒

 本田宗次郎が雇い、ボディーガードとしていた屈強な男二人組は七秒で倒された。きっと強力な《プランドラ》が現れても自分だけは救われるようにと高い金をはたいて雇ったであろう男たちは、見た目ではそれほど強そうにない恭介によって十秒も持たなかったのだ。

 それを見ていた本田宗次郎は衝撃で腰が抜け、恐怖で汗が滝のように流れる。


「さて、これであんたを守るやつは居なくなったわけだがどうする?」

「ひ、ひぃぃぃぃ!?」

「おいおい。俺はまだあんたにゃなんにもしてないぜ? するのはこれからだ」

「わ、わわわ、わかった! い、いくらほしい!? わ、私は日本帝国七十二家が一家、《本田》のと、当主だ! 言い値で支払ってやる! な、なな、なんだったらわ、私のところで働かせてもやる! さ、さあいくらだ!」


 恐怖がすぎると、人は本能が見えてくる。

 本田宗次郎は生まれてから今まで、全てを金で解決してきたのだろう。だから、なんでも金で解決できると思っているのだ。

 確かに、恭介には今、金が必要だ。住む場所も必要だし、仕事だって必要になるだろう。けれど、恭介だって人間なのだ。金は少なくとも可愛い女の子を守るのと、幼気な少女を殴るような男を放って金をもらうのではどちらを選ぶ。


「いらねぇよそんなもん」

「なっ……か、金だぞ……七十二家の護衛にもなれるんだぞ……ど、どうしてそれで……、良心か……善行を成して今更天国なんてものを望むのか! 馬鹿め! そんな意味のない信仰心など捨ててしまえ!」

「はぁ……老い先短いジジイと、今目の前で必死に痛みに耐える女の子。どう考えても取るのは後者だだろうに。それにな。金のためにクソジジイを守るようなことにプライドはとうの昔にそこらへんの犬に食わせたさ。さあ、覚悟しな」


 バキボキと指を鳴らし、ゆらりゆらりと近づく恭介。理解できない信念を前にして、恐怖で足が震える本田宗次郎は一見して五歳ほど歳を食ったのではないかと思えるほどに老化している。

 ニヤリと不敵に笑う恭介を見て、本田宗次郎に会ったばかりの陰険な笑いはもう見えない。むしろ、恭介を人間とすら認識できてはいないのだろう。今、本田宗次郎の目に写っているのは、凶悪な笑みを浮かべた死の鎌をぶら下げた死神だ。

 戦闘訓練どころか、貴族であるがゆえにまともに喧嘩すらしたことがない本田宗次郎には恭介はあまりにも強すぎた。ゆえに、殴る気のない握られた拳を振り上げられただけで失神する。


「まじかよ。これなら、さっきの二人組のほうがまだ骨があるぜ。なぁ、ちんちくりん――」


 あざ笑うように気絶した本田宗次郎を見下す恭介は、どうだお前もそう思うだろうと同意を求める。しかし、返事よりも先に伊桜里の体が飛んできた。何事かと思い驚いている恭介を他所に伊桜里は感情を顕にしていた。

 手は腰に周り、小さい体は張り付くように恭介へ。小刻みな震えが、恐怖から来ているのだとすぐに悟って、恭介はその理由を考える。

 そしてついに、伊桜里が本田宗次郎に恐怖していたのだと知り、ほんの少し伊桜里への評価を改めることになった。


(強がっちゃいても、見た目通りの女の子ってことか)


 嗚咽は聞こえない。我慢しているのだろう。

 普通の女の子であるならば恐怖で泣きじゃくる。あるいは悔しさで涙する。だが、決してそれを周りに悟らせてはならない。なぜなら、それは伊桜里の――天王寺伊桜里というたった一人の《天王寺》の弱みに変わるから。

 だからこそ、伊桜里に泣くことは許されず、強がることでしか世間は伊桜里を肯定しない。

 間違っているとは思わない。ただ、十八歳の女の子には荷が重い世知辛さだとは思う。ゆえに、恭介は――せめて自分だけは優しく接してみようかと。ほんの気まぐれが働く。


「まあ、あれだ。よく頑張った」


 そんな言葉とともに恭介の腹に顔をうずめて一向に表情を見せようとしない伊桜里の頭に手を乗せる。


 やがて、そろそろ離れても良いのではないだろうかというほどに二人は――主に伊桜里だが――抱き合っていた。夏の暑さも相まって、恭介のほうが先にギブをする。

 なおも抱きついて離さない伊桜里の肩を優しめに叩いて離れてほしいという気持ちを伝える。だが、言葉にしなければ通じないと言わんばかりに伊桜里は腰に回した手を離そうとしない。どうやら、今がどういう状況かわかっていないようだ。

 確かに、いざこざがあっていろいろと周りが見えなくなっているのはわかる。

 だが、伊桜里が恭介に抱きついているのは書庫にほど近い広場だ。そして、本田宗次郎のおかげで人が減ったと言っても全く居ないわけではない。つまり、今この現状を第三者である赤の他人に見られているわけである。

 子供があれは何だと指を指し、それを親が目を手で隠す。日向ぼっこの老人は若いはいいと微笑む。はたから見れば、家でいざこざがあった二人が愛し合っているようにしか見えない。それはつまり、否が応でも視線を集めているというわけである。


 たとえ伊桜里に露出狂に最も近い性癖があったとして、他人に見られたほうがいいという言い分だとしても、恭介はそうではない。そもそも、恭介はちんちくりんな伊桜里になど、女性としての魅力を十全には感じられない。

 故に早く離れてほしいのだ。できることなら、今すぐにでも。

 けれど現実はそううまくはいかない。やるならばまず、伊桜里に現実を叩きつけなければならないわけで。恭介の話を聞いていなさそうな今、恭介に伊桜里を引き離す手段はもう力づく以外には存在しない。

 恭介は伊桜里の両肩に手を乗せて、力任せに引き離そうとする。けれど、なかなか上手くいかない。というのも、恭介の腰に回された両腕は両手をがっしりと掴むことによって強度を増していた。さらに、伊桜里は間違っても軍人だ。見た目はちんちくりんでも、鍛え方が違う。

 要するに、とんでもなく硬いホールドを受けてしまっている。


 これを外すのは至難の業だ。おそらく、恭介が本気を出したとしてもすぐには外せまい。ならばどうするか。恭介はまっさきに諦めを選択する。

 伊桜里の無くはない胸の感触を楽しめるのならば、まあ諦めることはできなくもない。それに、現実に帰ってきた伊桜里が顔を真赤にして恥ずかしがる姿が見られるかもしれないと考えれば諦めても良いかもしれない。

 そうやって、諦める理由をいくつか挙げて、自分を納得させようとする恭介だったが、突然目の前に現れた人物によって二人は現実へと戻された。


「いちゃいちゃしているところ本当に申し訳ないんだけど、もしかしなくても抱き合ってる片割れは天王寺伊桜里という合法ロリではなかろうか」


 呆けて天を見上げ始めていた恭介と身動き一つしない伊桜里の両名に声がかかる。

 一気に脳の覚醒を促し、自分の知り合いかどうかの判断をつけるが、恭介の知り合いではない。伊桜里の名前を知っているところを見るに、どうやら伊桜里の知り合いのようだ。

 しかし、当の本人が一向に現実へ戻ってきてくれないため、その判断もできやしない。

 念の為、名前を聞いておこうと恭介が口を開く。


「そうだが、あんたは?」

「おっとすまない。僕は魔霧まきり。名字はない。君に抱きついている合法ロリに定刻までに顔を見せなかったら同封した手紙に書かれた人を指名手配してくれと頼まれてね」


 そう言えばそんな話をしていたな、と。

 恭介は他人事のように心で密かに考えた後。危うく自分が指名手配される原因を作った伊桜里の頭を思いっきりひっぱたいた。もちろん、その後に恭介から伊桜里に向けての説教が始まることは言うまでもないだろう。

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