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七十二家の意向 2

 会議室に入ってきた小汚い白衣の男性――黒瀬教員を一目見た七十二家の重鎮たちは一斉に目を見開く。しかし、それは黒瀬教員に驚いたのではない。いいや、黒瀬教員がこの場に現れたことも確かに驚くべきことではあるが、それ以上に黒瀬教員が連れていた少女が問題だ。

 艷やかな髪を右手でなでて、神性すら感じさせる雰囲気を醸す少女の存在に気がついたすべての人がひざまずく。自然に、あるいはそれが当たり前であるかのように普通に、梨苑と黒瀬教員を除いたすべての人が少女一人の登場によって空気を一変させる。


 彼女こそ至高。

 彼女こそ希望。

 彼女こそ頂点。


 彼女の名は――。


「皇帝…………神崎かんざき真理亜まりあ様――!?」


 皇帝。

 それは日本の代表にして、最高の存在。日本帝国七十二家を統一せし真の支配者。人類を救う英雄の保有者であり、あらゆる武力の行使者。

 日の出国をその身一つで守り抜いているうら若き美少女は、誰が言ったかもわからない己の名を耳にして、笑みを浮かべた。


「はい。皆さんの神埼真理亜はここですよ?」

「……………………真理亜」

「き、貴様! 皇帝陛下に失礼だろう――――」


 ぽろりとこぼした梨苑の言葉は、あろうことか絶対の支配者への不遜なものだった。

 それにいち早く反応したのは先程から梨苑に挑戦的な態度を見せる老齢な男性だ。けれど、額には汗を流している。どうやら、今回ばかりは本当に焦りを覚えているように見える。

 それもそうだろう。皇帝とは絶対の存在だ。その言葉はあらゆる法よりも優先される。もしも、皇帝が死ねと口にすれば、その者は死なねばならない。

 そして、それを可能しているのは皇帝が持つ類まれな力にも起因する。


 皇帝は三大国の長、アメリカの大統領、シャンバラの神王と似た能力を所持している。それは《虹の炎》と呼ばれる、文字通り虹色の炎だ。そして、その炎の特性は万能・・。あらゆる面においてこの炎はすべてのことを行うことができるのだ。

 この炎を持つがゆえに、彼女は今の地位を保持していると言える。


 そんな彼女に対する不遜な口ぶりとはつまり、死を意味する。

 老齢な男性はその巻き添えを食わないために口を開いたに違いない。だが、老齢な男性の考えとは裏腹に神埼真理亜は笑顔を絶やさずに告げるのだ。


「いえいえ、良いんですよ、安心院あじむさん。私は名前を呼ばれたくらいで怒ったりしません。それに、その人は私の名前を呼ぶ権利がありますし」


 どうやら、老齢な男性の名字は《安心院》と言うらしい。どこかで聞いた名前だったが、七十二家の人間の名前ならばどこかで聞いていてもおかしくはないと割り切った梨苑は、それよりも先に対処せねばならない事態に陥っていた。

 引きつらせた頬と、目の前には片手に銃を持った状態でひざまづく七十二家のお歴々。呆れた顔の黒瀬教員と、焦ったように笑う西園寺キリヱ。そして、何より笑みを浮かべたまま近づいてくる神埼真理亜の姿を見ながら、今度こそ命の危険を感じる。

 後ろに引きながらも背後にあった椅子によって転ぶように座り込んだせいで身動き一つできない梨苑の頬に、ひんやりとした神埼真理亜の手が触れた。


「全然姿をお見せにならないなんて、ひどいじゃないですか。わたくしの心配も少しはお考えください、兄さん(・・・)


 引きつった笑みの梨苑と優しい笑みの神埼真理亜の一連の行動を見た七十二家の人々は心臓が飛び出るほどに驚いた。中には失神している者までいる。それほどまでの激震だったのだ。

 皇帝に身内はいない。二年前に唯一の肉親を失って独り身になったのは周知の事実だった。だのに今、神埼真理亜はなんと言ったか。

 この場にいるすべての人間の耳が腐り落ちてさえいなければ、おそらくは兄さん――つまり、梨苑を兄と呼んだのだ。

 事実、その言葉を受けた梨苑は諦めたように、頬に触れている手を握り返す。


「あ、ああ……すまん、真理亜」

「良いんですよ。兄さんが元気でいらっしゃるのなら、私はそれで。それよりも、先程まで騒ぎがあったようですが、何か有りましたか?」

「い、いや……」


「こ、皇帝陛下! 失礼を承知で申し上げます! 現時刻を持って、そこな西園寺キリヱの命の搾取の許可を!!」


 何よりも早くに先手を打ったのはやはり老齢な男性だった。

 叫ばれた願いを真摯に受け取った神埼真理亜は、見知った顔を探す。


「西園寺キリヱさん。それについてなにか弁解は?」


 ようやくして見つけられた西園寺キリヱの頭に質問をぶつける。が、それに返事はない。どう答えるべきかを考えているのか。それとも意図的に無視しているのか。

 どちらでも西園寺キリヱの行動は不遜なものだった。

 困り果てる神埼真理亜は梨苑を一瞥する。おそらくは意見を求めているのだ。久方ぶりに出会えたと思われる兄にどうすればいいのかを聞きたいのだろう。いいや、むしろ神埼真理亜が聞きたいのはこういう場合に梨苑であればどう行動するのかだったか。

 誰もが固唾を飲んで待つ中。苦虫を噛み潰したような顔で梨苑が吠える。


「待ってくれ」

「もちろん。兄さんの願いなら、いつまでも」

「真理亜……西園寺のことは俺に任せてくれないか」

「まぁ……兄さんにもついに意中の相手が現れたのですね!」

「ちげぇよ!? おい、そこ! 今、鼻で笑ったよな! 覚えたからな! 夜道に気をつけろよ!? じゃなくて!」


 神埼真理亜の早とちりに部屋の中の誰かが笑った。もちろん、小汚い白衣を身に着けたどこかの誰かも含まれるのだが、緊迫した空気の中で唐突なことだったので誰もが吹き出したのは間違いない。

 少し顔を赤くした梨苑だったが、すぐに話を戻す。


「正直、俺には西園寺がどういうやつで、今までどういうことをやってきたのかをまるで知らない。もしかしたら、俺の知らないところでとんでもないことをしているのかもしれないし、現在進行系でそうなのかもしれない。だとしても、真の理由も知らずに命を刈り取るなんて間違ってる。そうだろ!?」

「……むぅ。難しいことは私にはわかりかねますが、兄さんの言い分もご尤もそうですね。そもそも西園寺キリヱさんを殺すつもりは私にはありませんが、そちらのほうがいくらか楽しそうです。いいでしょう。他ならぬ兄さんの願いです。皇帝の名を以てその願いを叶えましょう」

「……助かる」


 これにて丸く収まるはずだった。皇帝の名を以て誓われた言葉に逆らうものなどいない。そのはずだったのだ。

 ただ一人、安心院と呼ばれた老齢な男性を除いては。


「それでは……いけないのだよ、若造!!」


 立ち上がる安心院はその手に収められた銃の銃口を西園寺キリヱに向ける。そして、正義と決意に満ちた責務の目は血走り、指に力は加えられていく。

 やがて、銃口から火花が散る。それがマズルフラッシュだと気がつくよりも早くに銃弾はまっすぐに西園寺キリヱへと空を走る。かつては手軽にして最強の武装だと信じられた鉛の弾はその名に恥じない威力を以て突き進む。

 誰もが気が付き、西園寺キリヱを守ろうとする黒瀬教員でさえも、もはや追いつきはしない。残された刹那ほどの時間で、唯一間に合った人間がいる。


「――――起きろ、飢餓の龍」


 安心院の殺意に唯一気がついていたおかげで梨苑だけは誰よりも早くに動けた。殺意に気がついていたからこそ、右手の中指にADDを装着し待っていたのだ。安心院が動き出す、その瞬間を。

 そうして、動き出した安心院が引き金を引くよりも先に、梨苑は言葉を紡いだ。

 それに答えるのは八つの頭を持つ透明な龍。輪郭しか見えぬ不可視の龍が口を開く。金属同士がこすれることで発生した金切り音が部屋中で響く。銃声と《空白の八岐》の叫びに己の耳を守るために誰も彼もが耳をふさぐ。

 そして、放たれた銃弾は《空白の八岐》の一つの口が噛み砕くように掴んでいる。その他、七本の首がうねりながら悲鳴を挙げた。

 それが威嚇だと気がついたとき、安心院は別の意味で驚きを隠せないでいた。


「そんな……どうして、《空白の八岐》が……英雄の力が!!」


 不本意ながら、梨苑は己の隠し通してきた秘密を見せびらかす形で公表するはめになった。

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