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君の我儘の隨に 3

 西園寺キリヱが感じた強さとは一体どういうものだったのだろう。恐怖するものか。あるいは羨望するものか。どちらにせよ今、西園寺キリヱが感じたものは再現されようとしている。

 しかし、次の瞬間にはその輝くような目は濁り始めることとなる。

 なぜなら、西園寺キリヱが目にしたものは、予想することすらできない高嶺のもので。決して、常人には理解し得ない醜悪なものだったから。


「――起きろ、飢餓の龍」


 梨苑が口にしたのはADDを起動させるキーワード。それを受けたADDは目覚めるようにその姿をゆっくりと形作っていく。

 その形状は蛇。八つの首を持ち、血走ったような紅の瞳を持ち、見るからに強固な鱗を持つ八首の龍。それが梨苑の中指を中心に生え始めた。

 異様とも言える形状に、まず西園寺キリヱが感じたのは驚愕だった。次に湧いたのは悪寒。最後に巻き起こったのは絶対的な恐怖。

 その感情の移行の中で西園寺キリヱは自分が欲した梨苑の強さとは何かを考えさせられた。

 その強さは恐怖するものか。あるいは羨望するものか。全く違う。

 西園寺キリヱが欲したものは、梨苑の理解し得ない底なしというべき圧倒的なまでの強さの全貌だった。kれに気がついたとき、西園寺キリヱはもう、冷静な判断ができる精神ではなり得ない。


「透明な……龍……?」

「これが俺のADD――エピックシリーズ=スケール・ドラゴン=サブタイプ=モデルゼロカラー。通称《空白の八岐》」


 《空白の八岐》が甲高い悲鳴を挙げる。それが透明な金属で構成された各駆動部の擦れる音だとは思えず、まるで本当に龍が叫んでいるかのようだった。


 エピックシリーズとは、世界に六つしか存在しない人類最大にして最強、最後の決戦兵器の区分である。それらは推定で一つで王冠種一体と対抗できる出力を持ち、ADDの生みの親による初期段階からの設計により、操作者な限定されるが適合者が扱うことで、最低でも通常ADDの約五百パーセントの火力を誇る絶対的な兵器である。

 そして、エピックシリーズを扱う者を人々はこう呼ぶ。


――《英雄》と。


「エピックシリーズ……ということは、先輩は――」

「ああ。俺は英雄の一人。《空白の八岐》を承った、王冠種を屠る希望の一柱だ」


 尻もちをついて呆然とする西園寺キリヱに、力を開放した梨苑は見下すように立っていた。

 けれど、西園寺キリヱはすぐさま冷静さを取り戻す。わかっていたことだと自分に言い聞かせて、自分に今できる最大のことをするために全主砲を梨苑へと向け、さらに内臓ドローンを惜しげもなく飛ばす。

 四方八方、三百六十度全てを囲まれた梨苑はされど落ち着きを崩さない。むしろ、目はまっすぐに西園寺キリヱを見つめていた。


 やがて、主砲に砲弾が装填されていく。主砲が熱くなっていくのに連れて、西園寺キリヱが本気なのだという想いがひしひしと伝わってきた。だから、梨苑もその本気に答えるために、右手を西園寺キリヱにかざして、一言だけ口にした。


「喰らい尽くせ、《空白の八岐》」


 その命令に答えるように蛇が動く。六つの頭は気色の悪い動きのままそれぞれ六つの主砲へと巻き付き、飲み込むように大口を広げて銃口を覆い隠す。さらには、残された二つの首が口を開けて辺りをうねって空中のドローンを次々と飲み込んでいった。

 それだけでも驚きなのに、まだ終わらない。西園寺キリヱのADDを食らっていると思われる《空白の八岐》が膨張していく。やがて、それは増大へかわり、成長へと切り替わる。


 無機物であるはずのADDが成長していく(・・・・・・)。透明の姿は徐々に色味を帯び、綺麗な空色の鱗に生まれ変わった。そう、まるで西園寺キリヱの炎のように蒼い空色に。


 西園寺キリヱは恐怖する。食べられていく自分の武装と、それを力の糧として成長していく梨苑のADDは精神的にも状況的にも西園寺キリヱを追い詰めていった。

 だからだろう。まだ十分にチャージしきれていない主砲を全弾発射してしまったのは。

 主砲の口はすべて《空白の八岐》によって塞がれている。あるいは主砲で引き剥がそうともしたのかもしれないが、全ては無駄なことだった。

 主砲の口から発射された高熱の蒼い炎の弾丸は、《空白の八岐》の口の中で音もなく霧散する。不発かとも思われたが違う。口の中で炎を発射された《空白の八岐》の鱗が蒼く輝いている。それが吸収されたと理解した頃、西園寺キリヱは本物の絶望を味わうのだ。


「そ、んな……」

「無駄だ。俺のADDはADDで作られたすべての武装を栄養源として無尽蔵に喰らう。その中ではADDの使用者の炎も例外じゃない。そして、《空白の八岐》はADDを喰らえば喰らう程に強固に強大になっていく。如何に無尽蔵の炎を持っていようが、俺のADDはそのすべてを喰らい尽くして強化される」


 つまるところ、梨苑のADDと西園寺キリヱの相性は最悪だ。

 如何に無尽蔵に炎を持っていたとしても、武装に変換すればそれを喰らって梨苑のADDが強化されてしまう。勝ち目があるとすれば、梨苑のADDに炎を喰われていない状態で一気に押し切るくらいだが、もう梨苑のADDはその前段階を済ませてしまっている。

 詰みだった。

 西園寺キリヱにはもう梨苑に対抗する手段は存在しない。主砲はすべて飲まれ、ドローンももうすぐ完食される。残されているものといえば副砲だけ。それで対抗しようにも、あまりに巨大化した梨苑のADDが邪魔で梨苑に攻撃は当たらない。

 アメリカが造った最新鋭のADDウォークライは決して弱い兵器ではない。むしろ、殲滅戦であれば無類の破壊力を持っていると言えるだろう。しかし、それもエピックシリーズのADDと比べれば天と地、月とスッポンの如き差だ。

 なぜなら、《ウォークライ》が《プランドラ》――もっと言えば《現存種》の大量殺戮を目的としている兵器に対して、《空白の八岐》を含めたエピックシリーズは《王冠種》の討滅を目的としている。つまり、最初から到達目標に差がありすぎるのだ。

 これこそがエピックシリーズの他を圧倒する戦力、三人の奇跡とも言える天才が作り上げた最終兵器。アメリカのいち研究者が作り上げたものとはまるで違うのだ。


「これがエピックシリーズ……救世の英雄たちの力……ですか」

「違う。これこそが人の力だ。どれだけ絶望的な状況であろうとも折れることのない人の意志だ。決して、俺の力なんかじゃない」


 憤慨する梨苑は勝負ありと見て指輪を外す。すると、さっきまでそこに居た巨大な八首の龍が消え去った。

 まだ終わっていない。そう言おうとしたが、言葉が出ない。八首の龍が居なくなったことで多少の安堵を覚えた体が震えていたのだ。内心、心の奥深くで恐怖していたのだと知ると、西園寺キリヱはようやく敗北を認めた。


「仕方……ないですね。私の敗北です」

「だろうな」

「でも、校長先生は見てませんよね?」

「あぁん?」


 敗北したはずの西園寺キリヱの表情が妙に怪しい。

 確かに先程の戦いは校長は見ていなかったかもしれない。だが、それが一体どういう意味になるのかといえば……。


「……くそっ、そういうことか!!」

「はい♪ 校長先生が見たのは私が勝利したシーンで、先輩が勝ったところなんて微塵も見てません♪ そ・し・て♪ 黒瀬先生との会話で確信しました。先輩。さっきの力を勝手に使っちゃいけないんじゃないですか?」

「ぐっ……」

「だったら~、無理ですよねぇ? 私に勝った事実はあっても、敗北を認めないと怒られちゃいますもんね♪」


 そう。そもそも、この戦いは梨苑が七十二家の会議に出席するかしないかを決めるもの。そして、その勝敗は二幕を始める前に決まっていた。

 ともすれば、二回戦目の戦いは実質なし。ノーゲームだ。

 つまるところ、最初から詰みだったのだ、梨苑は。


「よろしくおねがいしますね、先輩♪」

「あぁ……クソッ…………これだから貴族は」


 状況は打って変わって圧倒的梨苑の不利。しかも、起死回生の手立てはなく全ては西園寺キリヱの手のひらの上。

 英雄、殻之杜梨苑は王冠種に対抗できる力を持ってはいても、策謀する後輩に対抗できる力は持ち合わせてはいなかったようだ。

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