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君の我儘の隨に 1

 がらんどうとする訓練場には、校長が冷や汗をハンカチで拭う姿だけが観客席に見えた。そして、中央には準備を済ませて目を輝かせている西園寺キリヱがいた。

 そこに梨苑は非常に面倒そうな顔でやってきたのだ。

 手には手渡された訓練用の刀武装が握られている。訓練場に来る間にも何回か試したが、やはり武装は起動しない。これでは鉄パイプより頑丈な棒にしかなれない武装に嫌気が差しつつも、梨苑は待ちぼうけている西園寺キリヱに問うた。


「この戦いに意味があるのか?」

「無いですね」

「はっきりとものを言う嬢ちゃんだな。じゃあ、戦わなくてもいいんじゃないか?」

「そうは問屋が降ろしません。まあ、先輩が観念して私の補佐官として七十二家会議に行ってくださるなら話は別ですが」

「絶対イヤだからこうなってるんだよなぁ……」


 手に持つ刀を数回振って感覚を確かめる。このような棒きれでも数回攻撃を凌ぐ程度にはなるかもしれない。ただし、攻撃を防いだところで梨苑に攻撃を行う術は現状においては無いのだが。

 それをわかっているからこそ、梨苑はこの無謀なまでの戦いをなしに出来ないかと奔走したわけだが、結果はお察しの通りである。そもそも、家の名を使用している以上、西園寺キリヱを倒すことも許されない。なぜなら、西園寺キリヱに勝利するということは西園寺家の勅命に真っ向から反抗したと同義であるからである。


 まだ命が惜しい梨苑にその選択はできない。しかしながら、その命令を聞くということはすなわち、梨苑が西園寺家に屈した事実となる。西園寺キリヱのこれまでの行動と性格から考えて、一度でも命令を聞けば延々と命令され続けることだろう。

 それはそれで嫌なのだ。


 要するにこれは梨苑のワガママと西園寺キリヱのワガママの優位性をはっきりと示す戦いである。


「それではこれから西園寺キリヱと殻之杜梨苑の模擬訓練を始めさせていただきます」

「できれば永遠に始めないでもらえると助かるんだよなぁ……」

「まあまあ、そう言わずに。少しは後輩に先輩の胸を貸してくださいよ」


 ただ胸を貸すだけなら梨苑もここまでは文句を言いはしない。

 承知の上で語っているとしか思えない西園寺キリヱの発言に梨苑は呆れの表情が絶えなかった。 

 やがて、冷や汗をたっぷりかいた校長によって試合の火蓋は切って落とされる。


「始め」


 瞬間、周囲の空気が震えた。

 見るや西園寺キリヱの右手の中指にはめられた指輪を中心に炎が巻き起こっている。その色は――


「綺麗な蒼だ」


 つい見とれてしまうほどに美しいスカイブルー。空のように澄んだ蒼は猛々しく燃え盛っていた。


「お前……アメリカの血が流れているのか」

「ええ、まあ。確か八分の一だけ」

「そりゃあ珍しい」


 ADDが発現する炎には色が存在する。それは現状において大きく三種類。最大の国土を誇る中国、ロシアを中心とした軍が指揮をする新生軍事国家《シャンバラ》は黄色の炎。四方を海に囲まれた孤独の極東小国《日本》は赤色の炎。かつて世界の警察と呼ばれた最強の国家《アメリカ》は青色の炎。

 光の三原色を基調とした炎には色それぞれに特異な能力が備え付けられている。

 そして、青の最大の特徴は……。


「アンカーセット。敵個体一。ドローン一番から四番まで排出。主砲…………ファイア!!」


 豊富な武装。特に遠距離を得意とする青の特徴は所有する炎を残弾とする広範囲殲滅。


 少なくとも雑兵一人を倒すために放つべきでない主砲の広範囲攻撃が放たれた。おそらくは威力制限されているだろうが、まともに喰らえば怪我どころでは済まされない。故に、梨苑は後ろに逃げるのではなく、横へ走り、ギリギリのところで飛んで回避した。

 砂塵が落ち着き始めてから見ると、幅三メートルほどの地面が綺麗に抉れていた。


「殺す気か!!」

「やだなぁ。この程度じゃ死なないじゃないですか」


 それは結果論であって、絶対の事実ではない。果たして西園寺キリヱはそのことを理解しているのだろうか疑ってしまうほどの威力だった。

 しかしながら、驚くべきはそこではない。ADDは体内電流によって炎を発現する。武装は本来であれば音声認識でのみ発現する。だがまれに音声認識ではなくADDが処理できない炎を流すことで音声認識をせずとも武装が発現することがあるそうだ。

 音声認識を無視した武装の展開には威力の減退と一部武装の使用制限が課せられる。そして、西園寺キリヱは音声認識をせずに武装を発現し、さらには驚くべき威力を誇った。

 つまり、今の西園寺キリヱの攻撃は全力とは程遠いものなのだ。


 梨苑の額に汗がにじむ。

 西園寺キリヱの攻撃に怖気づいたわけではない。ただ少し、戦いにくいと思ったのだろう。

 本気ではない遠距離攻撃で地面を幅三メートル削る。対して梨苑にはせいぜい半径一メートルほどのキリングレンジである。対抗しようにも圧倒的に距離が足りない。

 さらには西園寺キリヱの周りを飛び回る武装ドローンが梨苑の接近を許さない。


「……そのドローン邪魔だからしまってくれると助かるんだけど」

「イヤですよ。そしたら私のところまで駆け抜けてくるかもしれないじゃないですか」

「そのつもりなんだよなぁ……」


 しっかりと戦闘のことをわかっている西園寺キリヱにもはやスキは微塵もない。

 敗北色濃厚な模擬戦だが、勝たなければ梨苑の平和な生活は完全に絶たれてしまう。それだけは許せない梨苑は勝ち筋のない戦いの中で思考する。

 そうして、己が手に収まっている刀を見て苦笑した。


「何か面白い作戦でも建てられましたか?」

「いいや、まったく。正直言って勝ち目がない。降参したいくらいだ」

「それじゃあ――」

「でも、降参はしない。なぜかって? 可愛い後輩に負けたら俺の立場っていうものが無いからな!」


 駆ける。西園寺キリヱへと真っ直ぐに。

 主砲と呼んでいた太い銃口は梨苑に向けられたままだ。しかし、すぐには撃ってこない。おそらく次弾装填に時間がかかるのだろう。その兆候は最初から見えていた。

 排出されたドローン。広範囲砲撃のあとの会話。これらが全て次弾装填の時間稼ぎだとしたら、まだ梨苑にも勝ち目はある。


 果たして、梨苑の接近に顔を渋らせた西園寺キリヱからして予想は当たっていたのだろう。主砲を撃てずに西園寺キリヱを守っていたドローンが梨苑を停止させるために舞う。

 四機のドローンがそれぞれ散らばり中距離砲撃を開始した。

 しかし、威力が主砲とは段違いで比較して九割ほど減退している。範囲もそれほど大きくもなく、避けようと思えば進行速度を落して避けることも可能だった。

 だが。


「なっ……止まらない!?」


 ドローンの位置を把握している今、梨苑は進行速度を緩めずに駆ける。やがてドローンからの砲撃が梨苑に向けて放たれた。

 しかし、その砲撃を片手に持っていた刀を振るうことで払い除けた。


「炎を灯してない武装で炎を切った!?」

「バーカ、そんな事できるわけねーだろ」


 実際、梨苑の持つ刀は焦げるように溶けていた。

 梨苑は刀で炎を切ったのではなく、砲撃を刀を斜めにすることで接触面積を広げて全ての砲撃を最小限のダメージで受け止めさせたのだ。

 これにより刀はあと一回で使い物にならなくはなるが、ドローンも砲撃には時間がかかるようだ。攻撃手段を失った西園寺キリヱまで数歩の距離まで梨苑は迫っていた。

 アンカーを刺したことで逃げることが出来ない西園寺キリヱはそれでも勝利の瞳を濁らせてはいない。瞬間、主砲の銃口がスカイブルーの輝きを放つ。


「ちっ……!!」


 充填が終えたのだ。そして、放たれるは広範囲砲撃。進行が最高速度故に急に曲がることも出来ない。

 そして、西園寺キリヱが終幕の引き金を引く。


「これで――」

「まだだ!!」


 梨苑は勝利を諦めてはいない。持っていた刀を砲撃が当たるタイミングで斜めに設置するように投げて、自身は前方へと飛んだ。

 そのおかげで人一人分くらいの隙間が一瞬広範囲砲撃の中に生まれる。その隙間から飛び出した梨苑は西園寺キリヱの主砲を足場として広範囲砲撃を見事避けてみせた。

 これで主砲は使えず、ドローンも未だ動けてはいない。梨苑の接地地点は西園寺キリヱの真後ろだ。アンカーを刺してしまった西園寺キリヱはもう背後に攻撃する術を持ってはいない。

 そのはずだった。


「――変身」


 西園寺キリヱを中心に一気に炎が上がる。その熱風に飛ばされ、梨苑はうまく着地が出来ずに背中を打った。さらに、炎の中に見える西園寺キリヱの姿が先程とはまるで違っているのが見える。

 梨苑は忘れていた。西園寺キリヱがまだ本気を出していないという事実を。西園寺キリヱが勝利の瞳を濁らせてはいなかったことを。

 生唾を飲み絶句する。

 気がつくべきだった。初めに西園寺キリヱの武装を見て理解するべきだったのだ。西園寺キリヱが持つADDの名称を。ADDに付けられた武装名称を初めから梨苑は知っていた。


「まだ……やりますか?」


 主砲六本、副砲十二本、内臓ドローンは三十機。単独で戦争を終結することを目的として設計され、決して墜ちることのない海に浮かぶ城をイメージして制作された《アメリカ》製の最新鋭のADD。

 使用者を守るようにプロテクターは厚く。最大火力を出せるようにと必要以上の戦力を投入した青を基調としたドレス型のそれは、美しさよりも恐怖を招く。


「単騎戦略級戦艦型ADD――《ウォークライ》……燃費が悪すぎて扱える人間は一人しかいないと聞いていたけどまさか、お前が……」

「はい。唯一の適合者です。あまりこの姿でいるのも嫌なので、早く決めてくれますか。続行か、降参か」


 圧倒的なまでの戦力差。考えるまでもなく敗北するしかない現状。

 両手を挙げて、梨苑はとうとう考えることをやめた。

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