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始まりの約束 6

 梨苑に唯一の救いがあるとすれば、それはおそらく強制的に仕掛けられた戦いに観客が校長だけということだろう。西園寺キリヱが《学校》でどのような立ち位置にいるのかは皆目検討もつかないが、学園のアイドルのような立場であったなら、今頃梨苑は大勢の観客の前で西園寺キリヱと戦う羽目になったことだろう。

 別に大勢に見られると緊張で本領を発揮できないというわけではない。そもそも、梨苑は自分が語るように戦うことが出来ないのだ。


 ブリーフィングではないが、訓練場の調整に少し時間を要するようで待機室で待たされている梨苑の前には黒瀬教員が梨苑が逃げ出さないように見張るという名目でそこに居た。

 梨苑はというと、逃げられない事実を悟ってもはや諦めの空気だ。そのような梨苑の前に黒瀬教員がいくつかの武装を見せた。


「……これは?」

「訓練用の武装だ。どれが良い? 短剣か。片手用の剣や両手用の剣もあるぞ。なんだったら、中二病のやつらが大好きな刀だって――」

「いやそうじゃなくて。先生は俺が戦えないこと……知ってますよね?」

「ああ、もちろん」


 だから戦わせるんじゃないか。そう言いたそうにしている黒瀬教員に、梨苑は心底呆れた。

 そもそも、西園寺キリヱがADDを使用するならば、梨苑の目の前に広げられた訓練用の武装など紙以下の代物に成り果てる。それをわかって戦わせるつもりならば、黒瀬教員は相当鬼畜だ。

 だが、黒瀬教員はこう続けた。


「お前なら余裕だろ? そもそもお前の言う戦えないってのは《プランドラ》との戦闘のことだ。対人戦なら、この《学校》でお前に敵うやつは教員含めて一人も居ないじゃないか。そうだろ、空色からいろのエインヘリヤル様?」


 エインヘリヤル。それは《ヴァルキュリア》を卒業し、戦線で戦う戦士たちに送られる名称のこと。そのかしらに色が付くのは本来はエインヘリヤルの中でも優秀な成績を収めた者だけである。

 しかしながら、梨苑は《学校》を卒業していない。つまり、エインヘリヤルと呼ばれるはずがない。

 この名前は対人戦においては負け知らずの梨苑を貶すために誰かが付けた仇名である。エインヘリヤルとは《学校》最強を。空色とは炎を発現できない空っぽの色という意味。それを合わせて《空色のエインヘリヤル》である。


 その呼ばれ方をあまり好まない梨苑は、一層ムスッとした顔になって目の前に提示された武装を眺める。

 右手側から短剣、片手剣、両手剣、投げ斧、戦斧、槍、短槍、刀、グローブ。実に様々な武装が出揃っていた。その中の一つを手にとって、念じるように手に力を込める。

 訓練用の武装は一種のADDである。武装発現ができない未熟者が訓練ように使用するデバイスは、それ自体に相応の戦闘力はあるが、武装に炎を灯すことで設定された最大火力を発揮する。

 けれど、梨苑の持つ武装はうんともすんともいいやしない。これは武装の不備ではない。その証拠に出された武装全てに炎は灯らなかった。


「やっぱりだめか」


 そう言うや、持っていた武装を投げ捨てた。そして、ポケットに入っているスマホを取り出して、時間を確認した。

 その様子が諦めたように黒瀬教員には見えたのだろう。ニタニタと微笑みながら言う。


「おいおい。諦めが早いんじゃないかぁ?」

「るっさいなぁ。そもそも俺がそういうの使えないことわかってて渡してますよね?」

「もちろんじゃないか」

「たちが悪いですよ、ホント」


 ふてくされる梨苑の横に座って、黒瀬教員も時計を確認する。

 そうして、もうすぐ時間になると知って、黒瀬教員は梨苑に向き直った。顔は少しだけ哀愁が漂うものだが、梨苑の肩に置かれた黒瀬教員の手のひらからは優しさがにじみ出ていた。

 短い付き合いでもない梨苑にはわかる。黒瀬教員が梨苑に何を伝えたいのか。しかし、それに答えられない理由も確かに存在した。

 二人は互いが互いの事情を理解しているゆえに踏み込んだことは言わない。

 ただし、黒瀬教員はこれだけは伝えようと告げるのだ。


「まあ、お前がどういう考えで生きているのかなんて今更すぎてどうでもいいけどよ。たまには気を抜いても良いんじゃないのか? 気を抜いて、思いっきり戦ってみろよ」

「思いっきり……ね」


 それが出来たら、どれだけいいか。


 梨苑は黒瀬教員の手を振り払って立ち上がる。持っていたスマホをロッカーへ。非常に面倒そうな顔を隠そうともせずに待機室を出ようとする。

 その背中に黒瀬教員は手近にあった武装を投げつけた。すると、それを危ないとつぶやきながらキャッチした梨苑は文句を言いたそうに黒瀬教員を睨むが。


「持ってけよ。無いよりあったほうが幾分かマシだろ?」

「…………はぁ」


 一層面倒そうな顔になったが、もう黒瀬教員は何も言いはしない。

 そして、黒瀬教員も立ち上がる。もう行ってしまった背を追いかけるようにゆっくりと、訓練場へと歩みを進めた。

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