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終わった世界のエインヘリヤル ~世界が終わっても彼ら彼女らの物語は終わらないようです~  作者: 七詩のなめ
もしもの世界は異世界ですか? ~彼は英雄になることを拒否したようです~
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世界の行方はどうなりますか?

 蟷螂の姿をした《プランドラ》との戦闘に加えて王冠種との会話で、恭介がこの世界に来た理由と王冠種たちの目的と、揃えるべき情報は揃った。これでやっと、恭介は自分が目指すべき道を示せたのだ。

 それはともあれ、伊桜里ともども無事に帰還できた恭介たちは、その戦いから二週間が経過したところで、状況が一変していた。


 まず、《プランドラ》を単体で撃滅したとして、本人も理解できずに伊桜里が表彰を受け、日本帝国での発言権を強固なものとした。加えて、階級の高い者に送られる最新式の専用ADDの制作が決定され、天王寺家の地位は盤石なものとなったと言える。

 そして、その天王寺家が主導する青空教室の存在が明るみになり、日本帝国七十二家の中には反対意見もあったが、皇帝自らの明言で新たな教育機関として《ヴァルキュリア第二教育機関》を建設し、それを天王寺家の資産とすることが認められた。

 こうして、伊桜里は失ったと言っていた名誉を取り戻し、かつある程度まで資産を取り戻せたと言えるだろう。

 また、管理区域の守りを怠り、よもや逃げ出すという失態を犯した本田宗次郎はというと、地位と名誉、さらには築き上げてきた資産や家督のすべてを没収となり、実質日本帝国七十二家は七十一家に欠けることとなった。


 そうして、忘れてはいけないのが恭介の立ち位置である。

 本来であれば恭介こそが表彰を受けるべきである。もちろん、そのことは伊桜里も大いに恭介に言い寄った。だが、恭介はそこで白を切ったのだ。

 恭介の言い分としてはこうである。


――――幽王なんていうイタイやつを俺は知らない存ぜない。そんな中二病全開の名前を二十五の俺が名乗るわけがなかろう云々。


 そうなればもう証拠の在り処が鍵になる。だが、伊桜里には幽王こそが恭介であるという証拠がなかった。目の前で変身されたわけでもなく、素顔を見たわけでもない。ただ、窮地を救いに来たのが恭介であると言うだけで、恭介が漆黒の仮面を被ったところは一瞬たりとも見ていないのだ。

 もちろん、一部始終を録画などしていないし、他に目撃者もいない。つまり、伊桜里に恭介が幽王であると言いはる根拠がまるで存在しないのだ。


 これこそが恭介が狙った最高の状況である。

 恭介には予測があった。おそらく日本帝国は今、できるやつに褒美を与えるような制度になっている。それは日本帝国七十二家といういわゆる貴族制度がある時点で明白だ。

 であるならば、大罪人の名前と全く同じ――生きた世界が違うだけで同一人物だが――自分が報奨をもらうよりも、伊桜里に受け取ってもらったほうが後々動きやすいのではないか。無論、“御門恭介”という名前を日本帝国七十二家が知っていればという前提条件があるが。

 何にせよ、恭介はその表彰をもらうべきではない。

 そして、自分は不服ながらも伊桜里の執事になるのだから、楽な生活が送れるのではないか。


 そのような悪い予測が恭介にはあったのだ。

 そうして、それは見事的中し、なんだかわからない伊桜里を置いて日本帝国は概ね恭介の思い通りに進んでいった。


 そんな激動の一週間を過ごした後、家兼学校の一室で午後のひとときを嗜んでいた恭介の元に伊桜里が現れた。


「ご主人さまをそっちのけで休憩とはいいご身分ですね」

「これはこれはおチビ様。お仕事は済んだのか?」

「休憩ですよ。一気にやっても子どもたちが疲れるだけでしょう?」


 一瞬、お前も子どもだろと言いそうになったが、そこは恭介の大人の対応でなんとか踏みとどまれた。

 その返事を聞くなり、恭介は読んでいた本に視線を落とす。

 やけに年季の入った本を読んでいたため、それが気になった伊桜里は時間もあるということでそれを話の種にする。


「何を読んでいるんですか?」

「グラビア誌」

「そ、そんなもの一体どこで!? っていうか、他の子がいる時間帯にそんなものを読まないでください!」


 グラビア誌というものは知っているらしいが、何か誤解している伊桜里は顔を真赤にして両手をブンブンと振りながら激情を表していた。

 もちろん、恭介が読んでいたのはグラビア誌などではない。そもそも、ハードカバーのグラビア誌があってたまるか。その本にタイトルはなく、半分以上のページに付箋のような張り紙が切り貼りされている。

 それは恭介がこの世界に来る際に唯一持ち込めた別の世界の手記である。ただし、その本は恭介が記したものではない。いいや、厳密には恭介が記したものであるが、読書をしている恭介のものではなかった。


 初めて手記の異変に気がついたのは二ヶ月前だった。

 歴史書に溺れかけていた恭介は行き詰まりそうなのを感じて、そう言えばと持ち込めた手記に手を伸ばした。すると、手記には自分が記したものはまるで無く、筆跡は同じなのに内容がガラリと変わっていることに気がついたのだ。

 だが、何分分厚い本であったため序盤の数ページを読みふけったところで歴史の解読に着手したのだ。

 事件も一段落し、ようやく時間が出来たので最近になってもう一度読み直し始めたというのが本音である。


 ともあれ、本を読むのを再開してからずっと勘違いしたままの伊桜里が可哀想になった恭介は小さく息を吐いて冗談だったことを伝える。


「冗談だ」

「はひ!? え、じゃあ、何を読んでるんですか?」

「お前の日記」

「なっ……どうして恭介さんが私の日記の在り処を……って、私そんな分厚そうな手帳に書いてません! ホントは何なんですか!?」


 やっぱりいじり甲斐のあるチビ助だ。というよりも、本気で伊桜里が書いているという日記が気になったが、それは今度こっそりと読むことにした。

 恭介は一頻ひとしきりいじると、やっと読んでいる本についての説明をする気になった。


「誰にも言うなよ? これは王冠種を作ったやつの手帳だ」

「そうですか、王冠種を……へっ!? ちょ、それ――」

「わかってる。だが誰にも言うな。これは、俺に託されたものだからな」


 驚く伊桜里をそのままに、恭介は本を読み進めていた。

 本には王冠種の倒し方は書かれていなかったが、どのような経緯で王冠種を作ることになったか、自分以外に世界の敵の役目を押し付けてしまったことに対する謝罪等、別の世界の恭介のみならず王冠種にしてしまった子どもたちへの言葉も書かれていた。

 そして、恭介がこれを誰にも見せない理由が存在する。


(君がどういう人物なのかはわからない。だが、同じ人間であるならばやるべきことはわかっているはずだ。そのために私は世界を一度破壊したのだから、か)


 王冠種についての説明を受けて、最後にこう締めくくられていた。他の人物に読まれることを警戒しての書き方だということはすぐにわかった。

 普通であれば、先の文を読んで王冠種撃滅を考えるだろう。そういう風に読めるよう書かれている。しかし、これを恭介が読んだとすれば話が変わってくる。


 どういう人物なのかわからない。

 これは別の世界の御門恭介の善悪がわからないということ。

 同じ人間であるならば。

 これは同じ御門恭介ならばという意味。

 世界を一度破壊した。

 君が正しい世界の在り方に直せ。


 その文章を読んだ御門恭介ならば、こう解釈する。

――善悪に限らず、同じ御門恭介であるならば、この狂った世界をお前がどうにかしろ。お膳立てとしてすでに世界は壊しておいてやった、と。


 はた迷惑な話である。聞けば、この世界の“御門恭介”は世界を作り変えるほどの力はなかったそうだ。故に、その力を持っているであろう別の世界の“御門恭介”を呼びつけた。つまりはそういう話に違いない。

 もちろん、ところどころ疑問に思うところはあるが、他者の思惑を除けば概ねそのとおりであろう。

 恭介は聖書ほどの分厚さがある本を半分まで読み終えてから本を閉じる。そして、いつまでも驚いていられないという面持ちの伊桜里に向き直ると、伊桜里から二通の手紙を渡された。


「これは?」

「一通は私宛ですが、おそらくは恭介さんを呼びつけようとしたものです。もう一通は差出人不明のもので、恭介さん宛に送られたものです」

「差出人不明……?」


 ただでさえ、恭介に手紙を出すような仲のいい人はいない。それなのに差出人不明ともなると、いよいよ怪しさが増してくる。

 手紙を開けてみると、中には二つ折りにされた一枚の紙が同封されており、その紙には一言こう書かれていた。


《Congratulations♪》


 見た瞬間に手紙を破り、手近にあったゴミ箱に叩きつけた。

 何がどうしたんだと伊桜里が心配そうに見ていたが、恭介は大丈夫だと言って、おそらくはこの世界にともに来ているであろう悪友の馬鹿笑いする顔が脳裏に走った。

 それらを取り払うために、もう一通について伊桜里に聞いてみることにした。


「それで? そっちのほうは?」

「はい……こちらのは日本帝国皇帝直々の呼出状です」

「呼出状? おチビ様のか?」

「おチビ言わないでください。これは皇帝から私への呼出状ですが、手紙には不審な点がありまして……」

「それは?」


 とても言いづらそうな顔で、伊桜里は目をそらしながらそっと言った。


「同伴者を一名。必ず付けるように、と……」

「そこらの教え子でも連れていけばいいだろ……」

「それがですね……天王寺家が雇用する執事服の似合わない二十代の男性を、って書いてあるんですよ」

「そんなやついたか?」

「はい、目の前に」

「そうか。じゃあ、俺は今限りでお前の執事をやめさせて――」


 足早にここから去ろうとする恭介の腕を掴んで、それを静止させる。

 離せと伊桜里の方を見るや、恭介の頬がひきつる。

 今にも泣きそう、というよりは借金のしすぎでもう後がないお先真っ暗な子どものような顔で見上げてくる伊桜里に、恭介は頭を抱えた。


 まず間違いなく、伊桜里がもらった呼出状は恭介を呼び出すためのものだ。そこにのこのこと恭介が行けばどうなるか。相手方の情報量にもよるが、十中八九ろくなことにはなるまい。

 けれど、ここで伊桜里を見捨てて逃げ出せばどうなるか。伊桜里だけでなく、伊桜里の教え子たちまで露頭に迷うことになるだろう。

 さて、どちらが果たして恭介が与えられた役目に合致するだろう。


 大きめのため息をついて、恭介は首を縦に振った。

 同時に、面倒事に巻き込まれたとつぶやいて、その呼出状に応じたのだ。


「わかった。行けばいいんだろ、行けば……」

「は、はいぃ……」


 今にも泣き崩れそうな伊桜里の頭をなでながら、恭介はどうにもならない日常に本当に呆れていた。

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