世界の敵はどちらですか?
この世界を絶望の只中に叩き落としたのは御門恭介だ。
アメリカの研究チームにとある理由から参加していた“御門恭介”は、秘密裏にデウスニウムを盗み出し、半年という短い時間で動植物を狂化させるシステムを構築した。しかし、ただ狂化させるだけでは目的を達成できないと推測した“御門恭介”は、狂化した動植物を統率する存在が必要だと考えた。
そうして、さらに半年後。
米軍から追われながらも、“御門恭介”は思いついたのだ。いや、実験の段階で見つけ出したと言ってもいい。
“御門恭介”はデウスニウムを使って狂化した動植物を統率するために、動植物の体内を巡る液状デウスニウムの効力を弱め、逆に虜にする方法を探っていた。
その際に見つけてしまったのだ。デウスニウムが人類の体内を巡る生体電流に反応して炎色反応を示すことを。そして、それが半年もの間ずっと探し続けていた答えであると。
それはADD――アンチ・デウス・デバイス――の原理と全く同じでありながら、方向性はまるで違う代物、DDD――ドミネーション・デウス・デバイス――と“御門恭介”は名付けて、それを使用して狂化した動植物やAIの長を作り上げた。
それが王冠種である。
現状十二体の王冠種が発見されているが、それらは全て元は人間である。加えて言うならば、王冠種は元を正せば身寄りもなく、世界に居場所を失ってしまった、いわば世界から見捨てられた子どもたちである。
もちろん、“御門恭介”は彼ら彼女らに非人道的な実験を行った。しかし、それは彼ら彼女らが求めたことでもあったのだ。
決して、間違ってはいないが、正しくもない世界を救済するために。
もう二度と自分たちのような子どもたちが生まれないように。
彼女たちは人柱になることを……世界の敵になることを決めたのだ。
「“御門恭介”は……間違ってはいなかった……わ……ただ……少し……世界を愛しすぎていただけ……ね……」
「ふざけるな…………ふざけるなふざけるな、ふざけるなッッ!! どこまでこじらせればこうなる! どう絶望すれば、世界をここまで狂わせられる!? 違う世界の俺だとしても、根っこのところは同じはずだ! どうなれば他人に悪人をやらせられる!!」
恭介の怒号は周囲を警戒する動物たちを驚かせるほどのものだった。
根っこのところは同じ。認めよう。恭介は世界を愛している。そこに暮らす人々も、町並みも、済んだ空気と同じくらい硝煙が舞う戦場があるくそったれな世界を恭介は愛していた。だから、愛する世界を救済するために幽王という仮面を被って一度は世界を壊したのだ。
それがどうだ。違う世界に来ただけで、恭介の在り方は変わり果てていた。
激高する恭介の頬に触れて王冠種が首を横に振る。
おそらくは違うのだと暗に伝えたのだ。
恭介が思っているほど“御門恭介”は狂っていなかったと。
「彼は……私達に……託したの……」
「託した……?」
「そう……彼は……当時……米軍に雇われた……ある男によって……致命傷を……受けた……」
故に、年端もいかない少女に世界の敵になる役目を託した。
そんな冗談を恭介が許せるはずがない。恭介にとって、その世界で暮らす人々は夢だ。たとえ、神であろうと汚すことのするされたものではないと考えていた。だから、恭介であればそんな選択は取らなかった。
だが、王冠種の少女はさらに御門恭介がそうしなければならなかった理由を語り出す。
「それに……彼には……権利が……無かった……」
「権利……だと……?」
考えられるとすれば救済の権利だ。世界を絶望させていい権利と言ってもいいだろう。
もちろん、そんな権利があるとすれば、それは世界に見捨てられた者だけだろう。だが、その権利はあまりにも効力が弱すぎる。それを恭介は知っている。
では、果たしてどういった権利だったというのだろう。
王冠種の少女が恭介の瞳を覗き込む。同時に、恭介も少女の瞳を覗き込んでいた。すると、目の奥に滾るネイビーブルーの炎が見えた。
「……まさか」
「気づいた……よう……ね……彼には……汚染された炎が……宿って……いなかった……」
汚染されたというのがどういうことなのかはわからない。きっとろくなことではないだろうという確信はある。
しかし、今度こそ恭介は理解した。そして納得してしまった。
つまるところ、御門恭介には世界を壊す権利が無かった。それは思想云々ではない。もっと直接的なもの――力である。
おそらく、彼女たちも多くの見捨てられた子どもたちから厳選されたのだろう。王冠種風に言えば、汚染されたという炎を持った子どもたちであるか否かだ。
“御門恭介”は己に力が存在しないことを悔やんだに違いない。そして、不本意ながらも致命傷を受けて決断したのだ。自らの手で行えないことに謝罪して、世界を愛して絶望している子どもたちに世界を正せと力を与えた。
苦肉の策だろう。
悩んだのだろう。
だがそれは間違っている。力が無く、瀕死の最中であろうと、自分が真に“御門恭介”であると言うならば、その目的を他人に譲ってはいけない。それだけは絶対にしてはいけないのだ。
なぜなら、後悔するに決まっているのだから。
ともあれ、彼女たちは今まで“御門恭介”に願われたとおりに生きてきたのだろう。
世界の敵として、世界を救済するために。
人類の敵として、正義を示さんがために。
恭介は膝を折り、手をついてこの世界の自分のバカさ加減に消沈していた。
「それと……死に際に……こう告げた……わ……」
「……なんて言ってた?」
「いずれ……世界を正す者が現れる……その時……そいつは……こう言うだろう……御門恭介……あるいは……幽王……と……」
その言葉に恭介は頭を上げる。
そして、王冠種の少女の肩を鷲掴みにして血走った目で叫ぶ。
王冠種の少女が少しだけ驚いたように目を開くが、そんなことは関係ないとただ頭に浮かんだ疑問符を解決するためだけに動いた。
「この世界の俺が、別の世界の俺が来ることを知っていただと……!?」
しかも、今この場にいる御門恭介が来ることを予期していた。いいや、知っていた。
その理由はわからない、と。王冠種の少女は静かにただ首をコクリと縦に振る。
王冠種の少女から手を離すと、顔を片手で覆って大いに笑い出す。
悪友を知る魔霧が同じ言葉を吐いたならば、こうもおかしくはなろうもない。だが今回、言葉を吐いたのは王冠種と呼ばれる少女だ。まして、それを伝えたのはこの世界の自分自身だというではないか。
恭介の奇行をおかしく思った王冠種が心配そうに見守るが、恭介はとある確信を持って苦笑いしながら空につぶやいた。
「面倒なことに巻き込まれた……」
この世界の“御門恭介”に、別の世界の恭介がやってくることを知らせられる存在など、恭介は一人しか知らない……いや、一柱というべきか。ともあれ、まず間違いなく悪友の仕業であると知れた今、恭介の中には面倒くさいという感情しかない。
そして、悪友が関わっているのであれば、おそらくはどこかでこの現場を見ているはず。悪戯好きの悪友ならば絶対そうだと思って、辺りを見回してみるが見つかるはずもなく。
もう何も考えることをやめて、恭介はその場に座り込む。
すると、王冠種の少女が遠くを見つめてから、恭介に直って告げた。
「もう……時間……ね……」
「目的を果たしたのか?」
「ええ……加えて……あなたの……存在も……確認できたし……ね……」
「そりゃ良かったな……」
もはや精魂尽きた恭介は敵意のない王冠種にそっけない態度を取る。
見れば、周りをうろちょろしていた動物たちがいなくなっている。それに加えて巨躯のベヒモスでさえも姿が見えない。いつの間にいなくなったのかと思ったのも束の間。王冠種の少女が挨拶もせずに宙を舞い始める。どうやら撤退するらしい。
そんな王冠種の少女がどこかへ言ってしまう前に、恭介は王冠種に問う。
「なあ」
「なに……かしら……?」
「お前たち王冠種に名前はあるのか? 間違ってもお互いを王冠種と言ってるわけじゃないだろ?」
「その名前は……あなた達が付けた……別称……でしょ……私の名前は……ユーピテル……」
「ユーピテル……そうか。じゃあな、ユーピテル。またいつかな」
恭介の何気ない言葉に、王冠種の少女――ユーピテルが目を開いて初めて無表情を崩した。大きく目を見開き、口は半開きになっている。
きっと、このように挨拶をされたのが久々だったのだろう。それで驚いたに違いない。故に、ぎこちなさを残しつつ、ユーピテルは言うのだ。
「ええ……また……いつか……」
おそらくは気の所為。あるいは光の加減でそう見えたのかもしれない。またいつかと言ったユーピテルの顔が、微笑んでいたように見えた。
しばらくして、空を飛んで行ってしまったユーピテルを見送ってから、恭介は大の字にその場に寝転がる。そうして大きく息を吐いて、同時に毒素を吐き出すように言葉を紡ぐ。
「あー……疲れた……」
気がつけばADDの変身も解けている。無性に疲れるのはおそらくは星々を落とした代償だろう。
しかし、このまま眠ってしまうのも味気ないと想い、恭介はもう幾ばくも動けない体にムチを打って這うように地面を移動する。そうして気絶している伊桜里に寄り添うと、もう一度大きく息を吐いて隣で眠る可愛らしい女の子の頬をなでた。
それから全身の力を抜いてしばらく動けそうにない体をそのままに、いつの間にか天気の良くなった晴天の空を見上げて恭介は眠りについた。




