この世界に来たのはなぜですか?
自分が戦っている最中に、守ると心に決めた人に王冠種が触れていたことに妙な怒りを感じて、ついつい怒気を交えて手を出してしまった。おそらく恭介の本気の怒りを見たのが初めてであろう伊桜里は驚いて自分を見る様子が目に入ったが、自分が仮面を被っている事もあって無視した。
それよりも、何かをしようとしていた王冠種が邪魔されたことに不満があるようで、無表情のままだが少しだけ殺気が漏れているのに気がついた。
そして、合わせようとしなかった目を恭介の方に向けて、一瞬驚く。
その理由はきっと、恭介の背後で物言わぬ死体に変わり果てた数多くの《プランドラ》の山に気がついたからだろう。時間にして数分。たったそれだけであれほどいた《プランドラ》を始末してしまった恭介に確かな驚きを持っていたのだ。
王冠種は恭介が“御門恭介”であるという事実を信じていなかった。その理由はわからないが、“御門恭介”が死亡しているという事実を知っていること。“御門恭介”という一個人を知っていること。この二つだけでも、恭介がこの世界に来た理由も知り得るのではないかと容易に考えられる。
そして、それは概ね当たりだったようだ。
「そう……あなた……本物……なのね……」
「その本物っていうのはどういう意味なんだ?」
「なぁんだ……聞いて……ないの……かしら……?」
聞いていないとはなんだろう。
(本来であれば、誰かが俺に何かを教えているはずなのか?)
であれば、その役目は魔霧であるはずだ。
魔霧はこの世界に来たばかりの恭介に手取り足取りムカつく言葉遣いも合わせて教えてくれた。
しかし、王冠種の言葉通りのことは何一つとして教えてはくれなかった。
これが何を示しているかなど、考えるまでもない。本来、恭介をこの世界に呼び出す人物が計画と違ったのだ。それは誰なのか、あるいは誰がどういう意図で恭介を呼び出したのか。それは今では闇の中だ。
しかしながら王冠種の少女が恭介のことをある程度理解していることは確定した。ただ、恭介には何がなんだかわかっていない。
どうも、この世界に来たのは悪友だけの画策ではなかったみたいだ。きっと、この世界に恭介を呼び出そうとする意思があったのかもしれない。そして、王冠種はそれを少なからず知っている。そう考えながら、恭介は話を進めていく。
「その言い方じゃ、俺がここにいる理由を知っているように聞こえるが?」
「そう……ね……」
王冠種は本格的に話を始める前に、苦しそうな息遣いをする伊桜里の腹部にその子柄な体からは想像もできない威力の拳を放って、伊桜里を気絶させる。その攻撃に再び怒りを覚えた恭介だったが、伊桜里が死んでいなかったことと、次の王冠種の言葉で冷静さを取り戻す。
「これで……あなたの……心配事は……なくなった……でしょう……?」
どうやら、王冠種は恭介の境遇を概ね悟ったらしい。つまり、恭介がこの世界の人間ではなく、別の世界からやってきた人間であるという認識はすでに成されているのだ。
そして、それを恭介が隠しているということすらも悟ったのだろう。
全てを解決するべく、あるいは話を円滑にするべく、王冠種は伊桜里を気絶させたのだ。
そうして、全てを噛み砕いて納得した恭介は小さく息を吐くと、つけていた仮面を外して初めて王冠種と素顔で対面する。
「若い……わね……」
「お前の中の“御門恭介”がどの程度の年齢なのかに興味はない。俺はお前の出した課題にクリアしたんだ。全て話してもらうぞ」
「いい……わよ……そのために……彼女を……眠らせたの……だから……」
言うなり、王冠種は唯一残った《プランドラ》であるベヒモスに一瞥する。すると、ベヒモスの眼球が動き、再び増えつつあった動物たちが恭介たちの周りを徘徊し始めた。
再び戦いを申し込まれたのかと勘違いしたが、すぐにその行動が恭介との話の邪魔をさせないためだと気がつく。見れば《プランドラ》たちはフェンスのごとく外を向いて座っている。
そして、亀のような幻創種がやってきて、その背に王冠種が座る。愛らしい姿をしているため、見た目はただの少女でしかない。ただし、少女は王冠種であるがゆえのプレッシャーを放ち続けていた。だから、ただの話し合いであるにも関わらず、警戒を解かないでいた。
やがて、王冠種の口から真実が語られる。
「まず……あなたは……この世界について……どこまで……把握している……の……?」
「宇宙から飛来した隕石……後にデウスニウムと呼ばれる鉱石によって世界がめちゃくちゃになったっていうくらいだ」
「そう……概ね正しい……歴史ね……」
「じゃあ、間違いでもあるのか?」
「いいえ……間違いって……ほどじゃ……ないの……」
しかし、正しくはない。そう言いたげに、王冠種の少女は瞳を曇らせる。
歴史書が人類にとって利のあるように改ざんされることは多々あることだ。その際たるが英雄譚である。武勇伝を華やかにすることで、どんな残酷非道な行いも正当化される。それこそが人間の歴史である。
今回もその例に漏れない改ざんされた歴史なのかと思っていた。少なくとも、王冠種が歴史が概ね合っていると言うまでは。
ただし、その口調では何かが正しくないのだ。いいや、あるいは何かが足りていないのか。
おそらく、それが原因で恭介がこの世界にやってきている。確証に近いものだが、それを解き明かすにはピースが足りていなかった。
そのために、恭介はどうしても王冠種の言葉を必要としていた。
「あなたなら……どこかで……気がつくと……思っていたの……だけれど……」
「気がつく……? 俺が?」
「あなたたちの歴史が……どのように……なっているか……知らないけれど……おそらくは……こう語られている……はず……」
――――デウスニウムを取り込んだ動植物及びAIが暴走した、と。
それの何がおかしいのかと一考する。
そうすると、恭介はあまりにも致命的な見落としに気がついてハッとなった。
デウスニウムを取り込んだ。そう、取り込んだから《プランドラ》が現れたのだ。
では、どのようにして取り込んだというのだろう。
歴史書にはこうあった。《デウスニウム》を発見したアメリカの研究チームがそれを研究したのだと。研究チームが大切な研究素材を外部に漏らすだろうか。ありえない。であれば、考え方は百八十度変わってくる。
《デウスニウム》は宇宙からの飛来物である。ただし、その組成は特殊なもので熱にも強く砕けにくい。故に、飛来中に砕けるということも考えられない。よって、飛散したものを動植物が取り込めるはずもない。
では、一体どうやって動植物は《デウスニウム》を取り込んだというのだ……?
仮説と否定を繰り返し、最後に残ったありえないと思える事実に行き着いた恭介は衝撃の眼差しで王冠種に問うのだ。
《プランドラ》は自然に増えたものではない。なぜなら、金属を食す動物が世界各地にいるわけではないから。
それに加えて、《デウスニウム》をアメリカが外部に漏出させるはずもない。それは人類を発展させる金の成る鉱石なのだから。
ならばなぜ、《プランドラ》は《プランドラ》として進化することができたのだろうか。
「まさか……《プランドラ》は人工的に造られた……?」
「気がつくのが……遅いのでは……ないかしら……?」
「そうだ。そう考えれば全ての合点がいく……そもそも鉱物を自らの意思で体内に取り込む動植物がどこにいる……ああくそっ! AIも《プランドラ》化しているっていう時点で気がつくべきだった!」
なぜか、動植物がそれを食したために《プランドラ》化したのだと思いこんでいた。だが、それが仕方のないことでもある。なぜなら、《プランドラ》について恭介に説明した伊桜里が、幼少期からそう教え込まれていたのだから。
しかし、それでは説明できないことがある。自己という意思を持ちながら自身という体を持ちえないAIが《プランドラ》化している現状だ。
それにさえ目を向けていれば、あるいは恭介はすぐにでも気がついていたはずだ。《プランドラ》が《デウスニウム》によって造られた人類の敵ではなく、人類の手で改良された《デウスニウム》によって造られた殺人兵器だという真実を。
きっとアメリカの研究者たちが動物実験を行ったのだ。そう、なぜなら《デウスニウム》は真に万能の金属なのだから。恭介の居た世界でも金属は時として薬剤として使用されていた。この世界でも《デウスニウム》を血液に流すナノデバイスと呼ばれるものが存在するではないか。
その過程で偶発的に発生してしまったのだ。いずれ《プランドラ》と呼ばれることになる絶望的な力を持つ生命が。
これは神々や世界が人類を排除しようとして差し向けた終末ではない。人類が人類を滅ぼそうと画策した戦争である。
では、神々や世界に罪をなすりつけた張本人は一体誰だ。王冠種と呼ばれる《プランドラ》になった者たちだろうか。いいや、そうだとすれば進行が遅すぎる。
現状において、王冠種は名実ともに食物連鎖の頂点に君臨する存在である。その気になれば、一瞬で人類など滅亡できるにちがいない。
ならば、どうしてそうしないのか。
(遊んでいる……? いいや、あるいは……)
何かを待っている。たとえば、今までの《プランドラ》の進行も、誰かを試すものであるとすれば、《プランドラ》を率いる王冠種は何かを待っているというのが妥当だ。
そして今、どういうわけか日本帝国の首都に《プランドラ》が現れたそうだ。前代未聞と思われる《プランドラ》の意思を感じさせる進行。これが全て、王冠種たちが待っていた何かがようやくやってきたという意味であるならば……。
「まさかそれが……俺が呼び出された理由なのか……?」
「あなたが……どういう結論に行き着いたかは……知らないけれど……あなたが……この世界にやってきた……理由は……私達の総意……よ……」
王冠種が待っていたのは恭介だった。その理由は未だはっきりしないものの、少なくとも《プランドラ》が人々を殺して回った責任は恭介にもあるようだ。
そして、恭介は悪友の言葉を思い出す。
――――己の生き様が真に正しいと思うならば、生きよ。そして、世界を救え。
人類を救えではなく、世界を救え、と。その言葉の意味をようやく理解した。
同時にどれほど難題なものを押し付けられたのかもわかってしまう。つまり、悪友の本音ではこう言いたかったのだろう。
――正しいと思うなら生きてみてよ。ついでにその世界の荒事も収めてね。出来ないと思うけど♪
なんだったら、悪友のムカつくニヤケ顔まで思い浮かぶ。長年の付き合いということもあって、その怒りは常人では計り知れない。
だが、今はそんなものは忘れて、王冠種の少女に叫ぶのだ。
「誰だ! 誰がこんなことをした! そいつを殴れば全てが解決するはずだろ!?」
「それは……無理な話……よ」
「なぜだ!?」
「だって……世界をこんな風にしたのは……あなたじゃない……御門恭介……?」
おそらく、恭介の人生においても、今日日ここまで驚いたことはなかっただろう。
王冠種の少女は言う。お前がこんな世界にしたのではないか、と。
どうやら、救いようのない最低で最悪の世界に仕立てたのは、この世界に生きた“御門恭介”だったようだ。




