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終わった世界のエインヘリヤル ~世界が終わっても彼ら彼女らの物語は終わらないようです~  作者: 七詩のなめ
もしもの世界は異世界ですか? ~彼は英雄になることを拒否したようです~
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漆黒の炎は特殊ですか?

 一つだけ恭介にとって有利な点があるとすれば、それは数十匹いる獣の全てが恭介に牙を向いているところだろう。これがもし、恭介のみならず背後にいる伊桜里にまで狙いが向いていたら恭介にもどうにもできなかったに違いない。

 けれど、ベヒモスと言われた幻創種がそう命令を出しているようで、獣たちは皆、恭介を試すためだけに差し向けられていた。

 そして、当のベヒモスと王冠種は高みの見物を決め込んで、少し離れたところで恭介の行く末を見定めていた。


 恭介はというと、両手に黒い炎を滾らせて、襲いかかる獣たちを蹴散らしていた。

 四方八方から突進するように向かってくる獣たちは各個体で考えれば問題ない強さだ。しかし、連携とまでもいかなくとも、絶え間なく迫りくる獣たちは実に無造作だ。言うなれば、全方向から銃弾を浴びせられているかのごとくである。


「にしても、やっぱり数が多いな……」


 無駄口を叩けるほどにはまだ余裕を残しているが、何分獣の数が多い。加えて言えば、蟷螂のときと同じく、生きるという本能が働いていないようで自分の命を散らせてでも恭介を殺そうと襲いかかってくるフシが伺える。

 たとえ畜生でも、命がけの攻撃というのは真に迫るものがある。圧倒的力の差があっても、命を散らせようとする一瞬だけはその差を大きく狭めるものになるのだ。つまるところ、厄介他ならない。

 それでもまだ恭介に軍配が上がるとしても、それが数匹、数十匹と重なれば危うい場面も出てくる。現に、恭介は何度か絶命しかねない攻撃を食らいそうになっていた。


(このままだと、先に俺の体力が尽きる……かといって、炎がやつらを絶命させるまでにどうしても時間がかかるし、やつらもやつらで炎で燃やされても絶命するまで襲いかかってくるからな……)


 正直に厄介な相手だと思った。生存本能を失い、一つの目標のために命すら散らす生き物がこれほどまでに鬱陶うっとうしいとは思ってもみなかったのだ。

 もちろん、勝機はある。というよりも、現状で心配なのは恭介の体力だけで、敵の強さは今なお防ぎきれるものであった。当然、命の危険があったが、それもまだいなせる程度だ。


 問題があるとすれば、恭介が見据えるこの戦いが終わったその後だろう。体力が持ったとしても、おそらくはこの獣の進行を止めるところまでで、それ以上は無理が祟る。

 しかし、その後にはベヒモス、あるいは王冠種との対話が行われる予定だ。その対話の中で、必ずしも戦闘にならないという確証はない。

 もしも戦闘になれば、体力が尽きた恭介では逃げることすら困難だろう。無論、王冠種の殺気で嘔吐した伊桜里では話にもならない。

 恭介が戦いの後について考えていると、獣たちの猛攻が収まってきた。何事かと意識を現実へ向けると、恐ろしいほどの惨状が目の前で行われていた。

 このままでは恭介には敵わないと理解した獣たちは何を考えているのか同族を、味方を食べ始めたのだ。ある獣は生きているものを。ある獣は物言わぬ死体を。

 そうして、恭介によって半数ほどまで減らされた獣たちが、さらに半分以下まで数を減らす。


 しかし、どうしてそのような行動に走っているのかわからない恭介がじっくりと観察していると、背後にいた伊桜里が悲鳴のような叫びを上げる。


「い、いけない!!」

「なにがだ?」

「そうでした、恭介さん――幽王さんは知らないんでしたよね……現存種は、同じく現存種を食らうことで幻創種に進化するんです!」


 それは初耳だった――否、知らなくて当然といえば当然なのだが、むしろそういう情報は早くに与えてほしいものである。もしも知っていれば、それにも注意して戦えたものを、終りが見え始めてから言われたのでは対処の方法がない。

 急に恭介は焦りだす。当たり前だ。単に幻創種が一匹や二匹であれば、恭介も倒した記憶は存在する。だが、パッと見て二十匹はいるであろう幻創種は、そのどれもが恭介に殺意を向けていた。


 幻創種とまともにやりあったことがない恭介は、本来の幻創種がどれほどの力を有しているのかを知らない。けれど、青空教室で伊桜里が教えている際に、幻創種は現存種に比べて非常に強いと説明していた。その非常にというのがどの程度か測れないにしても、それが二十匹ともなれば苦戦は必須と思われる。

 もしも、二十匹存在する幻創種が先程までの現存種と同じく生存本能を失っていて、命がけで襲いかかってくるのならば、恭介には如何程の勝機が残されているだろう。


 ゴクリと恭介は生唾を飲んだ。

 確定事項ではないが、この場で敗北するかもしれないという疑惑が心の隅に浮かぶ。

 心に秘めた敗北の予感を飲み込み、恭介はニヤリと笑う。己の体を奮い立たせているのだ。

 ただで諦めるには後ろで恭介を信じている伊桜里に格好をつけすぎた。これでもしも負ければ、大恥ものである。生き延びた上で、自分が恥をかかぬようにするにはたった一つの道しかない。


 勝つのだ。その他に、恭介が恭介たる方法が導き出されない。

 そのために頭を回す。温まってきた思考回路は、フル稼働で勝機を掴みに巡る。


「と言ってもな……」


 我慢していた弱音が思ったよりも早くに漏れた。

 それもそのはずだ。流石に強さもわからない幻創種が二十数匹ともなると不安が募る。

 現状を打破するために、恭介は思考を巡らせるがすぐに自分が伊桜里以外の戦闘を見たことがないことを思い出して絶望する。なぜなら、伊桜里の戦い方は、すでに自分が行っていたものと同じだったから。

 炎を手に滾らせ、それを敵にぶつける。あるいは引火させるという戦い方しか、恭介は知らない。

 故にすぐさま考えることを放棄して、試しに思いついたことの実行を行う。


 恭介は呼吸を整えるように深呼吸をすると、ゆっくりと迫りくる《プランドラ》をそのままに目を瞑ってイメージする。

 伊桜里は教えた。炎をイメージしろ、と。ADDがどういう構造で、どういう過程を経て機能を果たしているのかを知らずとも、ADDの原料は《デウスニウム》だ。

 《デウスニウム》は万能の金属であるはずだ。そして、《デウスニウム》が真に万能の金属で、イメージをするだけで炎を発現できるのならば、おそらくはできるはずだ。イメージによる、武装の展開(・・・・・)を。

 恭介の息が整っていくにつれて辺りがゆっくりと光を失っていく。

 驚いた王冠種が空を見上げた。するとどうだろう。暗雲立ち込めていた空が快晴の夜のようになっていた。


 否、違う。

 これは恭介がイメージした武装だった。恭介の体に流れるADD《夜空の極光》という言葉から、恭介はイメージしたのだ。空を侵食する闇、そこから放たれる極光を。


 人は天候を変えられない。だから、王冠種に敵わない。

 であれば、その常識を変えてしまえばいい。手始めに世界を夜にすればいいのだ。

 もちろん、これは本当に世界を夜にしたわけではない。黒い強固な金属――ADDに含まれている《デウスニウム》の無限増殖を利用した広範囲の檻を形成し、その中にすべてを閉じ込めてしまった。


「まさか……これは、武装? で、でも……武装の展開はの特権だったはず……!?」


 基本事項として、炎の色には三原色を基調としている。そして、それぞれの色には特異な能力が存在する。例えば、伊桜里のような赤い炎は最も火力が高く、人によっては触れただけでも敵を殺す事が可能である。しかし、両手両足にしか炎を纏うことができず、リーチは他の青や黄に比べて劣る。

 今回、恭介が行った巨大武装の展開は青色の炎の特権だ。手に炎を纏ったことから恭介の炎は赤色だと勘違いしていた伊桜里は驚きの言葉が止まらない。


 対する恭介は伊桜里の言葉が耳に入らないのか、目を見開いて突然の夜にあたふたする幻創種を見た。

 そうしておもむろに手を上げると、空の星々が神々しく輝き始めた。


(やろうと思えばやれるもんだな)


 非常に体力を使ったことを除けば、概ね計画通りというところか。

 恭介は土壇場でこの場をどうにかできるものをイメージし切った。空を覆う巨大武装。空に浮かぶ千を超える星々はすべてが高熱の光線を充電したときに生じる死の輝き。それらが今、発射の時を待っている。


 狙いは目の前の幻創種。王冠種の次に強く、英雄クラスの人間でなければ被害が甚大になる強力な個体が二十やそこらはいる。

 恭介はそれらに向かって叫ぶのだ。


「生きられるならば、生きてみろ。己の生き様が真に正しいと思えるならば、生きてみろ。

 ただし、その道程は甘くないぞ。

 今、貴様らの前に立つのは今までの人間じゃないからだ。今までの簡単に葬れた人間じゃないからだ。

 人類を舐めるな《プランドラ》! 此処から先は人類の反撃だ! てめぇらに盗まれたすべてをやがて人類は奪い返す!!

 それでもなお、己らが正しいと言い張るなら、生きてみろ!!」


 そうして、挙げていた手を下ろす。

 それを合図として天空で輝いていた星々から一斉に光が墜ちる。それはさながら世界終末の光。だれもそれから逃れることなどできない。

 満天の星が地上へ降り注ぐ。どれほど体表が硬かろうが、素早い動きができようが、1万度を超える熱量を内包する幾万もの射撃を防ぐことも、逃げ切ることもできはしない。


 人は神に勝てない。神とは人の願いだ。それの具現だから、人類は神に祈るのだ。

 しかし、如何に神の具現化と呼ばれる王冠種であろうと、それは神ではない。

 人の願いを、想いを、望みを、醜悪に塗れる憎悪を形にしただけならば、それは神ではない。

 そして、模倣の神に人類が屈するはずがないのだ。

 なぜなら人類は、もう自分たちの足で立つことができるのだから。


 星が降る。夜闇に輝く極光の星々が。

 《プランドラ》たちが最後に目にしたのは、燕尾服を着こなし、素顔を漆黒の仮面で隠した黒い炎を滾らせる英雄の姿、夜空を運ぶ死神の姿だった。

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