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終わった世界のエインヘリヤル ~世界が終わっても彼ら彼女らの物語は終わらないようです~  作者: 七詩のなめ
もしもの世界は異世界ですか? ~彼は英雄になることを拒否したようです~
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頂点の存在は女の子ですか?

 妖艶。というよりは幼い。まるで強さを感じさせない容姿の《王冠種》は、天空に立つようになんとも言い難いプレッシャーを放っている。しかし、そのプレッシャーは殺意ではない。どちらかと言えば、怒りに近いが表情は依然として無表情のため、憤怒しているのかさえもわからない。

 だとしても、一つだけ確かに言えることがある。

 恭介が倒した現存種の《プランドラ》より遥かに強い。いや、天と地ほどの差だということ。


(これが人類未踏破の王冠種……)


 さすがの恭介も気圧される。見つかっていなければ即座に身を隠し、嵐が通り過ぎるのを待つのだが。悲しいことに王冠種の瞳には恭介および伊桜里の姿が移っている。

 冷たく、静かなまなこは恭介たちを観察しているようにも見えた。

 どことなく恐怖を覚えた伊桜里は震えて腰が抜ける。恭介も戦意を失いそうになりながらも、どうにか耐えていた。それほどまでに《王冠種》は劇的に違うのだ。纏うオーラが、醸す雰囲気が、それら一挙手一投足のすべてが異常なプレッシャーを放っていた。

 やがて、王冠種が口を開く。


「一つ……答えて……」

「しゃべった……だと……!?」


 人の声帯とは少し違うが、今ヒトの姿をした王冠種の動かした口からは紛れもなく言葉が告げられた。

 その事実は知らなかったようで伊桜里も同じく驚きを隠せないでいた。そもそも、《英雄》ですら撤退させることがせいぜいの大敵の某を、ただの戦闘員エインヘリヤルである伊桜里が、日本帝国七十二家の世界に入って二年ほどしか経たない伊桜里が知る由もない。

 驚いた恭介は不意に声を上げてしまうが、思った通りの答えが返ってこないことに少し困ったような顔をする王冠種はもう一度問う。


「答えて……」

「わ、わかった。何について答えればいい?」


 取り乱したのを一つの咳払いで取り消し、二度目の言葉に首を縦に振る。

 伊桜里と言えば、両手で口を閉ざして首をふるふると横に振り、涙目で恭介を見ていた。どうにも情けない姿だが、王冠種の強さを知った上でこのプレッシャーを浴びればそうなるのも頷ける。

 かくいう恭介もADDが作動していなければ今頃どうなっていたかわかったものではない。

 質問に答えると言われた王冠種は無表情のまま、眠そうな声で問う。


「あなたの……名前は……?」

「俺か? 俺は御門恭介だ。御勅使川の御に門と書いて御門。恭しく介入すると書いて恭介」

「御門……恭介……?」

「あ、ああ」


 不思議そうに小首を傾げる王冠種に、恭介は何か間違えただろうかと、生まれて始めて少しだけ偽名を使っておけばよかったなどと後悔する。

 恭介の頬に冷たい汗が一筋流れる。しばらく何かを考えていたであろう王冠種が、今度は妙なことを言い始める。


「それは……おかしい……」

「い、一体なにがおかしいっていうんだ?」

「御門恭介は……もう……この世には……いない……」

「な、に……?」


 何を言っているのかわからなかった。否、予想はしていた。考えてはいたが、最もありえないと断じて切り捨てていたものだった。

 恭介は悪友によってこの世界に連れてこられた存在だ。つまりは、別の世界の住人ということになる。ならば、この世界には御門恭介という存在はいなかったのだろうか。

 答えは否である。厳密にその存在が記された書物は存在しなかったが、別の世界だからといって同じ人間がいないということはまず持ってありえない。なぜなら、恭介が思うにこの世界は恭介が元居た世界のパラレルワールドであるからだ。

 パラレルワールドであるならば、世界の時系列が違うだけで、自分自身が存在しないなどということは存在証明上の問題からあってはならない。

 もちろん、両親が恭介を生む前に他界すれば話は変わるだろうが、悪友ならばもしもの場合に備えて御門恭介がこの世界に存在していたという痕跡を残しているに違いない。なにせ、この世界の案内人として魔霧と連絡を取っていたくらいだ。その辺の仕込みにも余念はないだろう。

 だから、当初はこの世界の自分と今の自分が入れ替わるように世界に介入したのだと考えていたのだ。

 しかし、こればかりは予想していなかった。まさか、この世界の自分が死んでいたとは考えていなかったのだ。


「もう一度……聞く……あなたは……だぁれ……?」


 怒気が含まれていた。先程まで恭介たちに興味を示していただけの王冠種が、今度は殺意を持って問うてきた。押しつぶされそうな殺意の圧力に、恭介は呆然と幼女に目を向け、伊桜里は吐き出した。

 選択を間違えた。それはもう明らかだった。けれど、ここで偽名を使ったところで見逃してくれる相手だとも思えない。であるならば、ここは突き通す。真実であることに変わりはない。

 恭介は怒っている王冠種に叫ぶ。


「俺は御門恭介だ! 誰が何と言おうとな!」

「そう……なら……あなたが……」


 急に殺意が消える。一体どういうことなのだと叫びたくなるが、それよりも早く王冠種は地上に降り立つ。そして、恭介の目の前に瞬時に移動すると、恭介の目の中を覗き込むように見つめた。

 ゾクリと背筋が凍る感覚から逃げるように恭介は背後に飛ぶ。だが、それを阻むように恭介の背に重く硬いものが当たる。

 何事かと頭で振り返ると、そこには寝そべった象のような巨躯で、カバのような顎とサイのような白い角を持つ不思議な生物がいつの間にか居たのだ。


「来てたんだ……ベヒモス……」

「ベヒモス……だと……」


 恭介の知っているベヒモスとはイメージが違う。だが、王冠種の言うようにこれが真にベヒモスであるならば、それはとても危険だ。

 ベヒモスとは、悪魔だと書かれている書物もあるが最も有名な話であれば、神の傑作とされる動物でもある。おそらくは分類は《幻創種》、先程までの蟷螂とは比べ物にならない存在だ。

 そして、神話においてはその他にも諸説あるが、もしもこの世界のベヒモスが恭介の思うベヒモスであれば、神の傑作と呼ばれるベヒモスにはもう一つ凶悪な能力と呼べるものがあった。それは……。


「まじか……」


 辺りに白い体毛で身を包む動物たちが集まってくる。その数、すでに数百体。それらすべてがベヒモスを守るように、敬うように、慕うように、崇拝の如く寄り添われる。

 恭介は舌打ちをした。この光景がまさしく恭介が予想した最悪の状況だったからだ。


「動物に慕われ、愛された巨躯の神獣……神話のままかっ!」


 王冠種とおそらく幻創種と思われるベヒモスに挟まれる状況から逃げるため、近くでうずくまっていた伊桜里を抱きかかえて横に飛ぶ。

 しかし、すでに四方八方を囲まれている恭介たちに逃げ場など存在しない。しかし、震えている伊桜里をそのままにもできない。

 周囲を警戒しつつ、恭介は戦闘態勢を整える。その様子を見て、王冠種は何かを思いついたようで、一つの提案をしてきた。


「ちょうど……時間も……あるし……あなたが……本物なら……試さなくちゃ……ね……」

「本物? 試す? お前は何を知ってる!?」

「ベヒモス……お願い……」


 王冠種が願うと、ベヒモスの瞳が動く。すると、数十体の動物たちの視線が恭介へと向く。それだけなら良かったのだが、そのどれもが殺意を持っているのだ。

 これはもしかしなくても戦闘になると踏んで、恭介は生唾を飲む。あまりに窮地に落とされた恭介の裾を引っ張る存在が一人。伊桜里だった。


「こんな時に何だ?」

「きょ――幽王さん」

「……なんだ?」

「…………」


 黙りこくってしまう。伊桜里が口にしようとしたのはあまりにも恭介には酷なことだったから。それを理解してしまっているからこそ、伊桜里は言葉にするべきかを悩んでしまったのだ。

 危機的状況。二人で逃げおおせるのは不可能。ただし、恭介一人であれば話は別になる。現状において、荷物になっているのは伊桜里自身だ。それを考えるまでもなくわかってしまったから、伊桜里はよもやこんな言葉を胸に秘めてしまう。


 死にたいと、願ってしまった。

 死にたくないと、震えてしまった。

 助けて欲しいと、涙を流してしまった。

 中途半端な自分が重荷になるのだと気がついてしまったから。


 そして、恭介は伊桜里の想いを知っていた。優しく、正しい伊桜里ならば真っ先に思ってしまうその言葉を。見捨てて欲しいという懇願を。

 でも、それは恭介に告げてはいけない。どれほど正しい選択だとしても、伊桜里が秘めた言葉は恭介を――仮面の男となった恭介を貶める言葉だったから。

 故に、その言葉を告げられるよりも早く、恭介は裾を引っ張る伊桜里の手を掴んだ。絶望に涙する強く見える弱い女の子に笑顔でいてほしかったから。


「安心しろ……と言ってもできる状況じゃないかもしれないけどな。少なくとも、お前を置いて逃げるようなことはしねぇよ」

「ど、どうして……あなただけなら――」

「ああ、逃げられるとも。でも、俺が逃げたらお前はどうする? 王冠種に睨まれて吐き出したお前に、この場から逃げ出す算段があるのか……ないだろ? なら引けない。俺は、お前を守りに来たんだ。その義務を放棄してまで生きたいとは思わない」


 義務、と恭介は言った。それは伊桜里の執事になるから生じる義務なのか。それとも伊桜里の存在を失いたくないと心に決めた自分への義務なのか。握られた手を優しく解き放つ。


(もう大丈夫だ。今度は間違えやしない。今度は守りきってみせる。俺の名――幽王の名に賭けても、必ず)


 なぜそう思ったのか、恭介にはわからなかった。ただ、そうすることで自分の中の何かを許せる気がしたのだ。おそらくはプライドだろう。誰かを守るために、恭介はプライドの許しを請うたに違いない。でなければ、この言葉に名前をつけられそうになかった。

 さて、話はまとまったと恭介は一歩前に出る。

 そうして、両手に再び炎を灯して、こちらを睨む獣たちに告げるのだ。


「色々と知りたいこともある。その試したいこととやらが終わったら、全てを教えてもらうぞ王冠種」

「生き残れるとは……思えないけど……まあ……頑張って……」

「けっ……言ってくれるじゃないか。絶対泣かしてやる」


 それを殺し合いの合図として、数十匹の獣が地面を駆ける。その矛先は恭介ただ一人だった。

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