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終わった世界のエインヘリヤル ~世界が終わっても彼ら彼女らの物語は終わらないようです~  作者: 七詩のなめ
もしもの世界は異世界ですか? ~彼は英雄になることを拒否したようです~
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生態系の頂点は誰ですか?

 《プランドラ》である蟷螂の動きは人間とは比べ物にならないほどに早い。加えて言えば、蟷螂であるがゆえに鋭く痛々しい鎌を持ち合わせており、殺傷能力も比較的高いと言える。しかし、状況はその真逆を示していた。

 圧倒的劣勢であるべきはずの恭介が、一度は敗北を余儀なくされたが、魔霧によって注入されたナノデバイスの本来の性能を扱うことに成功し、その劣勢をひっくり返したのだ。蟷螂は胸部の装甲を激しく損傷し、さらには右鎌を千切られるという状況にまで追いやられた。

 だというのに、蟷螂は逃げようとしない。それは虫としての本能か。あるいは恭介の殺意に飲まれて逃げるという思考すら失われたのか。

 どちらにせよ。恭介と蟷螂の火蓋は切って落とされたことになる。


「さあ、どっからでもかかってきな」


 これ以上の不安要素は存在しない。そう言いたげな恭介は両手に燃える黒い炎を広げて、蟷螂を挑発する。それを正しく捉えた蟷螂は、激高したのか威嚇から一気に走り出し、恭介のガラ空きの胸へと無慈悲な鎌を差し向けた。

 けれど、恭介はそれすら意に介さず、スラリとその鎌を避けてみせると炎の灯っていない足を用いて胸部を強打する。

 

 恭介が睨んだ通り、ADDによって発生する炎は《プランドラ》のみに害を与えるものである。特殊なものであれば人間に影響を与える炎もあるようだが、恭介の黒い炎は根本からして正体不明なものであるため、たとえ人間に対して影響があったとしてもその影響が良いものなのかはわからない。

 加えて言えば、恭介の体は今、ナノデバイスによって強制的に強化された状態である。故に本来であれば傷一つ付くはずのない昆虫型の《プランドラ》のダイヤモンドを超える強度の装甲でも、恭介の戦闘技術と強化された身体能力によって甚大なダメージに成り代わる。

 さらに加えて言えば、《プランドラ》はADDを介した攻撃でしか殺傷することは出来ないとされている。それを感覚的に理解している恭介だが、あえて炎の宿っていない足技をしたのには理由があった。

 つまるところ、恭介はこの戦いで手を抜いていることになる。

 痛みに悶えるように後ずさりする《プランドラ》を他所に、恭介は炎の灯った手のひらを見ながら全身を確かめるているようだ。


「ナノデバイスの身体強化についてどれくらい強化されるのかと思ったが、案外そうでもないのか。体感として三割増しってところか。動体視力の強化はされていないようだし、まあそんなところが限界だな」


 恭介はボロボロな蟷螂を相手にして、よもや自分の能力の詳細なデータ集めをしていたのだ。

 魔霧によって打ち込まれたナノデバイスの能力は5つ。うち二つはこの場で検証可能なものである。すなわち、血流加速による人体加速と強化、および恭介専用のADDだ。

 ADDに関しては問題なく稼働しているように見える。黒い炎の発現と炎による《プランドラー》の細胞の焼失は確認できた。欲を言えば他にどのようなことができるのかを調べたいところではあるが、傷だらけの蟷螂ではそれを十分に果たしてくれそうにはない。

 よって、恭介は手っ取り早くどれほどなのかを測ることができる血流加速による人体加速と強化について調べ始めたのだ。そして、結果は概ね予想よりも下回っている。

 しかし、魔霧一人でこれを作ったのであれば、及第点どころかもはや天才としか得ないレベルの発明だろう。なにせ、人体の動きを三割も向上させたのだから。

 そして、恭介の元々のポテンシャルを鑑みれば、三割増しした身体能力とは現存種の《プランドラ》を圧倒するだけの力を発揮する。


 恭介は戦うには消耗しすぎた蟷螂に最後の一撃を食らわすと蟷螂はとうとう地面に臥した。すると、地面に伏した蟷螂を見下しながら再び自身の体の具合を見て、どこも不調を来していないことを確認すると蟷螂の頭を踏みつけた。

 蟷螂もそれに抗うようにもがいてみせたが、何分片腕を折られ、全長の割に重量が軽い蟷螂は鋭く早い一撃を出すことには優れているが、力比べとなると分が悪い。よって、蟷螂は恭介の足を退かすことができずに藻掻くばかりだった。

 恭介が踏みつける足に体重を乗せると、蟷螂は暴れだすが、硬い装甲は砕けそうにはない。おそらく威力が足りていないのだ。やはり、身体能力が向上したとしても《プランドラ》を殺害することは出来ないようだ。

 故に、踏みつけていた足を退かし、代わりに頭部を蹴り飛ばす。無様に地面を転がる蟷螂が必死に力を振り絞って起き上がると、未だに力の差がわからないでいる蟷螂が恭介に飛びかかった。

 鋭い鎌を一閃。

 だが、その攻撃を今度は避けずに鎌の付け根を掴んで見せた。するとどうだろう。黒い炎が燃え移り、蟷螂の腕を容易く焼き切ったではないか。これがADDによって発現した炎の力だと知ると、恭介は不思議と熱くない炎を眺めていた。

 そして、いい塩梅に自分の今の強さについて知ることができて、なおかつ当て馬になっていた蟷螂も瀕死の状態だ。そろそろ、お役御免だろうと念の為に声をかけてみる。


「やっぱり、この炎はお前たちの細胞を死滅させる力があるようだな。ところで、お前さんの武器はもうないわけだが、どうする?」


 少し待ってみるが、やはり昆虫だ。人の言葉を理解していないし、故に返事もない。まあ、だから躊躇なく攻撃ができるわけだが。

 言わずもがな、蟷螂の武器と呼べる武器はもうない。全て恭介が破壊した。しかし、逃げるための足も、そのための本能もまだ残されているはずだ。だというのに逃げないのは如何なものかとも思った。

 けれど、逃げないのであれば、これ以上の情報もないためそろそろ眠らせようと恭介が右手を伸ばす。

 そうすると、蟷螂は一発の弾丸のようにまっすぐ伸ばされた恭介の右腕に飛ぶ。武器と呼べる武器はなくなった。だが、蟷螂には……いや、昆虫にはまだ殺傷能力のあるものが備わっている。人間で言うところの口である。

 昆虫のそれは、肉食や草食に限らず硬いものを噛み砕けるように強靭な顎と強力なハサミで造られている。《プランドラ》ともなれば、それ自体が凶悪な殺傷武器になりうるのだ。

 そして、蟷螂はそれを理解しているようで、最後の力を振り絞り、相打ち覚悟で恭介に噛みつこうとしたのだろう。

 だが、その神風特攻よろしく命と引換えに行った攻撃もあと少しで恭介の右手を切断できるという所まで来て恭介の人並み外れた動体視力とナノデバイスによって強化された身体能力の合せ技によって防がれることになる。

 飛びかかるように向かってくる蟷螂に驚くこともなく、冷静に左足を少し後ろに引き、地面と足を接着させる。左腕を引いて、右手はそのまま伸ばしたままで接着した左足の指で地面を掴みひねる。すると、連動するように左膝、股関節、腰と捻られ、そこで生じた爆発的な威力は右肩、右肘、右手へと増幅、伝導されていく。

 そうして、蟷螂が噛みちぎろうとハサミを閉じる瞬間にはその爆発的な威力によって蟷螂の頭は至近距離の対物ライフルで頭を撃ち抜かれたかのごとく半分が吹き飛んだ。さらには、右手に宿されていた黒い炎が燃え移って、瞬く間に蟷螂の体を包み込んでいった。

 無残にも地面に伏したまま動かなくなった蟷螂を見て、恭介は疑問を浮かべていた。


(おかしい。動物としての本能が一部働いていないのか?)


 ずっと思っていた違和感だった。

 本来、動物は本能のままに生きる。それは昆虫も同様である。

 その本能とは自らよりも強い存在を前にしたとき、一目散に逃げるように設計されている。そして今、たとえ恭介が殺意を向けていて逃げるという選択肢が取れなかったのだとしても、両腕を失った蟷螂が命をかけてまで攻撃をしてくるだろうか。

 考えるが、現状では情報が欠落している。加えて言えば、違和感の原因である蟷螂も今ではもう燃え尽きる寸前であった。

 これ以上は考えても無駄だろうと思い恭介は振り返る。恭介の目に入るのはところどころボロボロになっている眠り姫だ。


「爆音ではないにしろ。そこそこの音は出てたはずだけどな…………よく寝ていられるな」


 それだけ消耗していたということだろう。でなければ伊桜里が鈍感過ぎるということになる。

 何にせよ、戦闘は終了である。恭介たちは蟷螂に勝利したのだ。

 眠り姫を抱きかかえ、安全な場所まで運び込もうと足を動かし始めた恭介は一瞬で背後に飛ぶ。そして、抱えていた伊桜里を投げ捨てた。


 その衝撃でさすがの伊桜里も目が覚めて、同時に知らぬ間に腰を強打していたために生じた激痛で腰を抑えながら何が起きたのかの把握を行う。

 すると、そこにはとんでもない光景が浮かんでいた。

 一瞬前までは快晴だった空が、今では紫電を走らせる真っ黒な雲に覆われている。不思議と気温も急に低下したのか、肌寒さで鳥肌が立つ。そして、目を覚ましたばかりの伊桜里の目には空を見上げたまま苦笑いをしている仮面の男が写り、一体何を見上げているのかと視線の先を追ってみる。

 するとそこには……。


「う、そ……どうして《王冠種》がこんな場所に…………」

「おいチビ助。その《王冠種》ってのはみんなああなのか?」

「は、はい?」

「だから、《王冠種》ってのはみんな人間の形(・・・・)をしているのかって聞いてんだ!!」


 《王冠種》。強すぎるがゆえに人類ではなく、その文明を破壊するとされる名実ともに生態ピラミッドの頂点に君臨する存在。それらの発生は不明だが、わかっていることは科学では解明できない力を有し、なおかつ人の姿(・・・)をしているということだけである。

 そして今、恭介たちの前にその存在がいる。

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