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終わった世界のエインヘリヤル ~世界が終わっても彼ら彼女らの物語は終わらないようです~  作者: 七詩のなめ
もしもの世界は異世界ですか? ~彼は英雄になることを拒否したようです~
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あの日のことは内緒ですか?

 時は五ヶ月前……恭介がこの世界に初めてきたときにさかのぼる。

 目の前には見慣れたはずの風景が、まるで何年もの時を経たように廃れており、五分前にいた場所とは思えないほどだった。しかし、このような事態に陥っても恭介は動じなかった。というよりも、こういうことを起こせる人物を知っていたのだ。


 御門恭介の悪友にして悪戯好きの死神。十中八九その神が起こしたことだろうという推測があったため動じることなく世界が切り替わっても辺りを見回すだけで済んでいた。

 だが、辺りの廃れぶりを流石に妙だと思った恭介は世界が切り替わってから十分程してようやく足を動かし始めた。最初は当てもなく、ただ見知った場所を歩く程度のものだったが、少し歩いてから異変に気づく。

 視界の端にうっすらと写っただけだが、明らかに世間を歩いていていいはずのないものが歩いていた。全体的に色素がなくなっているのか太陽の日差しを反射した白が目立つが、恭介の目に映ったのはライオンやトラ、ゴリラや熊などが闊歩している。

 すぐさま物陰に隠れて様子を伺う恭介だったが、無造作に動く動物たちを見て、特に操られているわけではないと判断する。


「どうしてあんなのが街を……? ちっ。あの野郎、何の情報も与えずに俺を別の世界に飛ばしやがって。次会ったらぶん殴る」


 恭介に危機感はない。当然、恭介には色素がなくなっただけの動物だと思っているからだ。

 白い動物たちは言うまでもなく《プランドラ》である。人類を三分の一まで減らした食物連鎖の頂点に君臨する種族である。

 それを知らない恭介はただの動物であれば脅威ではないと姿を表に出そうとする。だが、それを止める人物が先に現れた。


「あれはただの動物ではないよ」

「…………誰だ?」


 警戒心を一気に引き上げて、恭介は背中に何かを突きつけられ身動きせずにすぐ後ろにいるであろう声の主に問いかける。

 気配というものを全く感じなかった。まるで突如としてそこに現れたかのように恭介の背後を取り、なおかつ身動きさせないようにしている。


(新手の暗殺者か? それにしては話が過ぎるような気もするが……)


 最悪殺害されることを視野に入れ、背後の人物の返答を待つ。

 数秒してお互いが落ち着きを取り戻すかという瀬戸際を狙って、背後の人物は背中に突きつけていたものを引いて会話に応じてきた。


「まずは自己紹介をしよう。僕は魔霧だよ。苗字はない。というか、僕は純粋な人間ではないからね」


 ようやくして背後の人物――魔霧――を視界に入れた恭介の最初の感想は、不思議なやつというものだった。

 男のようにも見えるが、どことなく女性らしさを感じさせる。

 それ以上にこいつは本当に生き物なのかと思うほどに何の感情すら読み取らせない。

 故に、恭介はすぐさまこいつは危険だと思い、話を切り替えさせようとする。


「御託はいい。要件をさっさと言え」

「そう警戒するなよ。こう見えても僕は君の味方だよ? 君の悪友である死神に誓ってもいい」


 死神という単語を聞いて、ある程度の合点がいく。もちろん、魔霧が本当のことを言っている確証はないが、もしも本当であれば可能だと思えることがいくつかあるのだ。

 しかし、ただで信じるにはあまりにも二人はお互いを知らなすぎた。いや、正確には恭介は魔霧のことを微塵も知り得ない。


「お前の言っていることが正しいとして、お前はあいつらを知ってるみたいだが。あいつらは一体何なんだ?」


 恭介の無難な質問を受けて、魔霧はフッと口を緩ませる。

 その表情がどこか悪友に似ていて苛つきを覚えるが、それをグッと抑えて返答を待つ。


「あれは《プランドラ》と言ってね。まあ……簡単に言えば人類の敵だ。君のよく知る動物の何千倍もの怪力と凶暴性を持ち、あっという間に人類を絶滅危惧種にまで追いやった全く新しい種族だよ」

「なるほど……?」

「もっと簡単に言えば、今の君ではあれには勝てないってことだ」


 やってみなければわからないだろう。そう言おうとしたが、水を指すのもどうかと押し留まる。

 恭介にとって、来て間もない世界は不思議でいっぱいだ。その上、自分を知っている自分が知らない人物がこれみよがしに世界の説明を入れてくる。

 これ以上に奇妙なことはない。言うなれば、ラノベの冒頭で主人公を知る神様が世界の解説をしているようなものだろう。そして、それは恭介は最も嫌うシチュエーションでもあった。

 恭介にとって、充てがわれた生き方は無いに等しい。運命でヒーローになることを忌諱きいするような男だ。よもや、世界を救えなど言われた日には、どうやって世界を破壊しようかと模索するまであるだろう。

 恭介とはそういう男なのだ。だからこそ、恭介の悪友は恭介に世界の行く末を託したとも言えるが。

 しかし、恭介は魔霧の言葉の末に思考する。その言葉の綾を探る。そして見つけたのだ。


「今の……てことはなにか手があるんだな?」

「もちろん。ただし、その選択は君が最も嫌うものになるだろうね」

「というと?」

「力を与える……嫌な雰囲気だろう?」


 確かに。恭介は苦笑いをする。

 順当に行けば、その言葉の後にはこう続くはずだ。代償をいただく。あるいは、某を救え。と。

 決められた道に配置される。何かを選んでいるような気になる人生のようだ。それは恭介の望む生き方ではない。だからこそ、そんなものを選択するはずがない。鬼気迫る何かが起こらない限りは。


「見たまえ」

「……あれは……人か?」


 魔霧が指差した方を見ると、そこには必死に地面を駆ける少女がいた。

 恭介がそれを認知すると、魔霧は可愛そうな表情を見せながら話す。


「そう。この絶望的な世界でも、人は必ず突破口を見つける。彼女は《プランドラ》と戦う力を持ち合わせているが、現代の技術では単騎で《プランドラ》を突破することはほぼ不可能とされている。だのに、彼女は今、一人でこの場から撤退しようとしているわけだけれど」


 見るからに敵に見つかっている。焦りが見えないのは立派だが、それでも逃げ切れるとは思えない。

 真に魔霧の言葉が本当であれば、数刻もしないうちに彼女は死ぬだろう。恭介はそれほど遠くない場所で起きているものを見せられた上で、問われた。


「さて、君は力が欲しいかい? それともこの場から安全に撤退したいかな?」

「ますますあいつに似てムカつくやつだな」

「そうでもないさ。それで? 答えは?」

「……質問だ。その力とやらを手に入れれば、俺はあの化け物どもに勝てるのか?」

「余裕で」

「撤退すると言ったが、安全に逃げ切れるのか?」

「それは保証しよう。ただ彼女は死ぬ――確実に」


 二つに一つ。戦うか、逃げるか。どちらにも相応のメリットは有る。だが、戦うを選べば、恭介は否応なしに救済の道を選ばされることだろう。それを恭介自身が良しとできるかが問題だ。

 それ以上、魔霧は何も言わない。おそらくは待っているのだ。その表情から察するに、戦うことを。

 見知らぬ女子のために力を得て、人生を左右されるか。それとも見捨てて人としての人生を謳歌するか。さながらここは人生の分岐点。何が正しくて、何が間違いなのかわかるはずもない。

 だが、力を得ることが正しかったことなど、恭介の人生において一度もなかった。だから、恭介は魔霧に手を差し出した。


「……?」

「俺は御門恭介だ」

「だろうね」

「かつて幽王と呼ばれた男だ」

「かもしれないね」

「そして、正しさで世界は救えない」

「つまり?」

「力を寄越せ。大分癪だが、お前らの言う世界とやら。俺が救ってやる」


 たとえ、それが間違いだとしても。恭介は何一つ悔いることはないだろう。

 それが正しくないとわかっているからこそ、恭介はその選択をしたのだ。

 正しくあろうとした男は、信じた正しさ故に間違えた。そして最後に最悪の魔王として《幽王》という嘘つきの名を冠しながら死に絶えたのだ。


 幽王という男は愚か者だった。

 世界を救うために世界を壊し。

 世界を壊すために力をつけ。

 力をつけるためにありとあらゆる悪に身を染めた。

 そうして出来上がったのが、世界の大敵と成り果てた一人の男だったのだから。


 だから、この選択は間違いだ。それを重々承知の上で恭介は告げたのだ。

 もう一度、自分の信じた正しさを信じるために。己の生きてきた道は、世界の大敵としての人生は決して間違いではないと知らしめるために。

 これは悪友が与えたリトライだ。人類は三分の一にまで減り、人類の住める場所のことごとくが盗まれた絶望的な世界で、自分の生き様が真に正しいと言えるなら、もう一度貫き通してみせろというメッセージだ。


 ゆえに。


――――力を寄越せ、と。


 そして、それは少なくとも二人の人物が望んだ結果でもあった。悪友と魔霧その二人の。

 魔霧は喜んでポケットから注射器を取り出す。そうして、待ってましたと言わんばかりに恭介に近づいた。


「これは王位継承だ。かつて王になれなかった者から、かつて王だった者への継承だ。君は今から世界を背負うことになるだろう。それを苦に思うこともあるかもしれない。後悔することもあるだろう。だが、信じてほしい。君の選択は間違いなく、誰かが望んだものだった」

「それは、誰の言葉だ?」

君自身の言葉(・・・・・・)だよ」


 その返事への思考は出来ない。それよりも先に魔霧が持つ注射器が恭介の左目に刺され、何かを注入されたから。大した痛みはなかった。ただ、妙な感覚が体を巡るようだった。


「これは人類の英知の結晶であり、これは人類の怠慢の権化でもある。世界を滅ぼした男が世界を救うために設計し、後に三人の天才によって作成された《英雄》と呼ばれる戦闘員エインヘリヤルたちが持つエピックシリーズと呼ばれるADDのプロトタイプを僕が君に合わせて調整したものだよ」


 説明を終えて、魔霧は一息つける。

 未だ、信じられないという顔の恭介に魔霧は慈愛の笑みを浮かべながら言葉にする。

 それはまるで英雄の帰還を祝福するように、静かに優しく。


「このADDの識別名称は、ヴィンテージ・エピックシリーズ=スケール・カオス=モデルダークネス。通称《夜空の極光》」


 こうして恭介は告げられる。世界を救う合言葉を。目の前で窮地に立たされた少女を救う魔法の言葉を。

 この日、恭介は英雄たる力を手に入れたのだ。

 そして、世界の大敵をなぎ倒していく恭介の背を見ながら、魔霧は喝采の声を挙げた。


「ようこそ。この救いようのない最低で最悪の絶望的な世界へ。僕らは歓迎するよ、七人目の最も新しい英雄」

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