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終わった世界のエインヘリヤル ~世界が終わっても彼ら彼女らの物語は終わらないようです~  作者: 七詩のなめ
もしもの世界は異世界ですか? ~彼は英雄になることを拒否したようです~
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もしもの世界は異世界ですか?

 御門みかど恭介きょうすけは死に際に降り立った親友の死神に告げた。


――――人類は終わらない。どれほど絶望的な状況であろうとも。


 その死神のイタズラによって、自分に比類なき災禍が降りかかるとも知らずに。






 西暦という概念が失われつつある現代。

 世界はいつの日か人間のものではなくなり、未知の生物――ここではそう呼称する――により人類は現在、その数を三分の一まで減らされた。しかし、人類は土壇場で未知の生物との戦い方を発明し徹底抗戦に出ることにした。


 旧山梨県の旧忍野(おしの)村。現在では日本帝国の首都の外れにて。

 未知の生物の進行により、一人の少女がそれの対処に当てられていた。


(聞いてない聞いてない聞いてない!! あのクソ元老院のジジイども!! この数は一般戦闘員にやらせる量じゃないってなんでわからないんですかぁぁぁぁああああ!!!!)


 しかし、戦況は芳しくはなかった。

 というのも、人類が未知の生物と戦えるようになったと言っても俗称で戦闘員と呼ばれる、所謂戦えるレベルに至った人間では未知の生物一匹につき十名以上が常識的に必要である。

 だというのに、彼女は一人。敵は目視できる数で六体。控えめに言っても絶望的である。

 しかも、行けばわかると言って派遣された彼女は自分の認識の甘さをかんがみた。多分、派遣された人数は数多あまたいたのだろう。けれど、その誰もがバックレた(・・・・・)。故に、彼女は一人なのだ。


 少女の名前は天王寺てんのうじ伊桜里いおり。日本帝国を支える七十二家の《天王寺》の若すぎる当主である。そんな彼女は今、埃にまみれながら狭い木箱の中に潜んでいた。

 伊桜里は髪をワシャワシャとかき乱し、本来であれば美少女と呼ばれるほどに可愛らしい顔が苦悶に染まる。

 生きて帰ったらこんな依頼をしてきた元老院にカチコミに行くと胸に決め、もう一度敵の数を確認する。

 七体……、増えていた。

 涙が止まらない伊桜里は苦悶の表情をやめ、吐きそうになる。唯一救いがあるとすれば、未知の生物のフォルムが牛型と鳥型の二種類だけという点だろう。

 倒せずとも逃げ切ることは現実的には可能だ。ただし、それは三匹の強靭な牛と空から獲物を狙うことができる四羽の猛禽類の眼光から逃げられる度胸と自信があるならの話だが。


(ムリムリムリィ! 微塵でも逃げられると思った私をぶん殴りたいレベルですよこれ……)


 なお、悲しいことにその度胸と自信は伊桜里には存在しない模様である。

 では如何とする。少なくともほこり臭く人が一人入るのでもギリギリな場所に未知の生物が居なくなるまで隠れるか。

 さらに一度様子を伺う。寝そべった牛が二体。その腹に留まる鳥が三羽。


 ねと。

 お隠れあそばせと。


 伊桜里は人生最大級のまじないを思う。

 されど未知の生物は居なくならず、動こうにも動けない時間は続く…………はずだった。

 完全に気を抜いていた。かれこれ三十分は隠れていた事もあって、見つからないという自負が少なからず存在した。そのせいで、伊桜里はとんでもないことを失念してしまった。


「…………」

「――――」


 見つめ合う伊桜里と一匹。銀の毛皮と赤い瞳。凛々しい顔つきはゴリラのそれである。

 伊桜里はいつからか目に映る世界が全てだと考えてしまっていた。本当は目視できるだけの敵なのに、それで敵は全てだと思いこんでしまっていたわけだ。

 無論、極度の恐怖がそうさせたのかもしれない。けれど、それで見つかってしまえばどのような理由があっても同じだ。

 端的に言えば、伊桜里は敵に見つかった。

 そして、敵に見つかった人類は一部を除いて殺される。そんな絶望の塊のような敵と対面してからの伊桜里の行動は早かった。

 普通の少女ならば悲鳴を上げて思考がめちゃくちゃになる。だが、伊桜里は特別強いわけではない。それでも、もしも敵と一対一で対峙した場合の行動はすでに思い出さなくても体が覚えている。


 考えることを放棄した伊桜里の体が生き残るためだけに動き始める。

 まず、伊桜里の利き手である右手が触覚だけで見つけた硬そうな何かをゴリラに向けて投げる。それが命中するしないの結果を目視する前に伊桜里の体はゴリラがいる方向とは逆に飛び、かつ牛と鳥のいない方へと走る。

 目的地は決まっていた。ここまで来るのに使用したバイクがあることを体は覚えている。それに向かって一目散いちもくさんに走るのだ。

 もちろん、博打ばくち行為であることは重々承知している。もしも、ゴリラだけでなく牛や鳥が飛び出す伊桜里を見つけていたら。手近にあったもので怯ませたと思われるゴリラが実際は怯んでいなかったら。

 どれか一つでも上手くいっていなければ、伊桜里の命は早々にさようなら。明日の朝日を見るどころか、元老院のじじいどもを殴ることすら叶わずに、その生命は劣化した風船の如く簡単に潰される。

 幸いにも無心になった伊桜里の行動のすべてが上手くいった。奇跡に近いその絶妙な逃走経路をひた走り今、伊桜里のすぐ目の前にこの場から逃げ去るためのバイクが迫る。


(あと少し。あと三歩。全力で駆け抜けて、あとは逃げるだけ…………なのにっ!)


 失念に失念は重なる。無心になったがゆえに伊桜里はまた失念する。目に写った世界だけが世界の全容だと勘違いするのだ。

 伊桜里はよくやった。人類には勝ち目の薄い敵を前にして、恐怖と驚愕と絶望の中でここまでの行動ができる人間はおそらく世界でも数えられるほどに違いない。

 だから、誰も伊桜里をバカには出来ない。たとえ、最後の最後で失敗したことに気がついたとしても。


 あと一歩でバイクに手が届く。体感時間にして刹那。伊桜里は目にしたのだ。バイクと自分の直線に対し、垂直にとんでもないものが駆けてきていることを。

 それは銀の毛皮を着込み。全長五メートルはあろうかという巨躯を持ち。血走った赤い眼光と赤黒く染まった鋭い角を持つ。

 例えるならそれはオーバースピードのダンプカー。ぶつかれば致命傷は免れず、簡単に人の命を刈り取っていく。

 しかし、伊桜里の目に映るのは現代科学の利器ではない。れっきとした動物だ。いや、動物と言うには語弊がある。

 未知の生物にして、人類が想像した架空の生物。参考資料の一文に確かこんな言葉が書かれていたはず。


(潔白な処女にしかなびかぬ獰猛なる一角獣…………)


 一角獣モノケロース。もっと身近な呼び方をするならば、ユニコーン。それが今、伊桜里の心臓を鋭き角で一突きしようと駆ける。

 回避など不可能。必死の状況。打開策などなく、妥協案も存在しない。絶体絶命の危機にひんして、最後に伊桜里が取った行動は、理不尽の全面肯定であった。

 すなわち、伊桜里は諦めたのだ。この救いようのない世界に祝福を、といった精神で伊桜里は自分の死を覚悟する。


 一秒……二秒……三秒……はて、いつ伊桜里は死ぬのだろう。恐怖のあまり閉じてしまっていた目がようやく開かれた。


「う……そぉ……」


 目が飛び出そうだった。それほどまでに目の前のそれは衝撃だったのだ。

 目に映る世界が信じられない。結論から言えば、伊桜里は死ななかった……、なぜか。

 死の要因であるユニコーンが止められたからである。

 伊桜里が見たのは黒衣に身を包む誰かの右手が、突進してきていたユニコーンの角を鷲掴みにして微動だにしていない姿だ。本来であればありえない。ユニコーンなど先程の牛や鳥やゴリラとは比べ物にならない。まず戦闘員では太刀打ちできない強敵だ。


 それこそ、残された人類の希望の光である存在、《英雄》と呼ばれる者たちでもなければ。


 しかし、伊桜里は目に映る英雄の名を知らない。日本帝国七十二家に名を連ねる《天王寺》の当主が現存する英雄を知らぬなどあり得ないことだ。では、この者は……?

 黒衣の者が右手に力を込める。すると、ユニコーンの角がいとも簡単にへし折れた。痛みに激高するユニコーンが前足で踏みつけようと胴体を起こす。

 けれど、黒衣の者は避けようとはしない。むしろ、右手に再び力を込めて引く。

 迎え撃つつもりだ。伊桜里がそう思った瞬間には早い右ストレートが胴体を起こしたユニコーンの胴を叩く。ユニコーンを始め、少なくともこの場にいる未知の生物である牛、鳥、ゴリラは本来殴っただけでは死にはしない。それどころか、目立った傷にもなりはしない。

 しかし、黒衣の者が放ったのはただの右ストレートではなかった。少なくとも殴られたユニコーンが黒い炎で燃えるような攻撃を、ただの右ストレートとは伊桜里は思えない。そして、その炎は簡単にユニコーンを骨も残さずに燃やし尽くす。

 正直、伊桜里は震えた。助かったとか、かっこいいとか。そういう単純な感動ではない。

 もしも、黒衣の者が敵だったなら、自分は今頃何かを考える暇すらなくユニコーンと同じ運命だっただろう、と。単純な恐怖が伊桜里を震わせたのだ。


 黒衣の者は右手をグーパーさせて、まるで感覚を確かめるようだ。そうして、ユニコーンの沈黙を確認後、伊桜里には目もくれずに伊桜里が泣きべそをかきながら隠れていた方へと歩いていこうとする。

 呆然とする伊桜里だが、さすがに普通の人間とは場数が違うだけあって、離れようとする背に声をかける。


「あ、あなたは……誰?」


 ぴたりと立ち止まる。半分顔を向けるが、顔には身バレ防止か、はたまた趣味なのだろうか黒色の仮面が付けられており目元すら容易には悟らせまいとする。しかし、黒衣の者は少し考えたような間を持って名乗る。


「…………幽王。かつてはそう呼ばれていた」

「ゆう……おう……?」


 聞き慣れない名前だった。だが、どこかで聞いたような名前でもある。

 されど問い詰める前に彼は完全に背を向けて駆ける。次々と未知の生物をほうむっていきながら。

 そして数分後。おそらく数十体はいたであろう未知の生物の消滅とともに、彼の姿も確認できなくなった。

 胸を掴み、伊桜里は黒い炎が燃え残る未知の生物を見つめながら決めた。


(ゆうおう……幽王……! ふざけた名前ですか。嘘つきの王様なんて……)


 探して、

 見つけて、

 問い詰める。


 どうしてこんな名前を使うのか。どうやってこれほどの力を手に入れたのか。どうしてこんな場所にいたのか。思いつくであろうこと、洗いざらいすべてを。

 天王寺伊桜里のあらゆる権力と功績と情報網を駆使した壮大な人探しが始まる瞬間である。そして、目的の人物が見つかる頃、時は五ヶ月後へと進んでいた。

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