契約
「じゃあ、引き受けて貰えるんですか」ミサトはかすれた声で言う。
「先程も言いました様に、百%の成功を保証するものではありませんが、おひきうけします」
原はそう言って、立ち上がると、机からノートを取り出した。
「このノートに私とのやり取り、課題に取り組む上で感じた事を洗いざらいに、毎日、日記として書いて下さい、そして、この番号と、メールアドレスに、西村さんの心の変遷を知る上でも、必ず毎日、報告して下さい、其れと、メールで報告しても、こちらから用事が無い場合、私から連絡することは有りません、電話の場合、受付の吉田さんを通しから受け付けます、私の番号が外に洩れるのは色々と不都合が有りますので」
矢継ぎ早に、話終えると、原はミサトに一枚の紙を渡した。
「これは契約書です、ここにサインをして下さい、唯一、留意して頂きたいのは、上手く問題が解決しても、西村さんの成長如何によっては、料金を請求します。その判断は日記やメール、そして、私があなたを直に観て判断します。一応、言っておきますが、私に嘘をついても無駄ですよ。勿論、問題が解決しなかった場合は料金は頂きません、この契約書に書いてありますので、どうぞ、ご確認を」
ミサトは料金を払うのが不安になり「成長って、具体的にどうすれば良いですか」
「それは、私が決める事です」原は淡々と話す。
「何事も、何のリスクもな氏に、他人に甘えて問題が解決しても、其処には、依頼心が生まれるだけです。それを防ぐ為、リスクを背負わせるのです。そこで初めて、真剣になる、それで人の心は成長するものなのです。もし田村さんを取り戻せなくても、心が成長すれば、悩みから脱却できるでしょう」腹はミサトの心に染み入る様に話す。
「分かりました、サインします」
ミサトは契約書にサインをした。無論、全て納得した訳では無いし、疑念が消えた訳でも無い、しかし、この原という人間には、何か、自分を変えてくれそうな雰囲気がある。
そう言えば、最近、自分が成長しようと思った事ってあったか、昔、色々な悩みに対して、もっと心が強くなりたいと思う事はあったが、歳を取るに連れ、強くなりたいと感じる事は無くなっていったし、嫌な事かあってもいなすことがある程度できる様になっていた、そしてそれが成長だと思っていた。しかし、成長と言うのは問題に思い切り打ち当たる事でしか身に付かないのではないか
由美に打ち勝ち、忠志を取り戻す事と同時に、ほのかに、ミサトに人間として成長したいと言う気持ちが湧いてきた。
「本当に成長出来るんですか」
「それは、西村さん次第です、できる限り力を貸す事はお約束しましょう」
たとえ、結果がどうあれこの不思議な人に賭けてみよう、ミサトは綺麗な指でサインした。
翌日、ミサトに忠志とディズニーリゾートでデートして下さいと、原からメールが来た。
二人のデート中の忠志の様子を見たいとのことだった。
由美の事は隠してくださいという念を押された。
まだ由美と忠志が、一緒にいる所を目撃してから、僅かな日にちしか経ってない。
原のサービスに予約を入れるまでの三日間は忠志から連絡は無かったが、原との面談日を待っている何日かの間、忠志から連絡が何度かあった。
怒りと悲しみに暮れながらもミサトは、無視する事はできず、かと言って、何時もの様にラブラブという返信は出来ず、素っ気ない返事しか出来なかった。ましてや、自分から連絡する事など出来なかった。
ミサトは出来る限り自然に忠志を、原の指示通り、デートに誘い出した。
忠志は最近、ミサトの返信が素っ気ないのを気にしていたらしく、嬉しそうに、OKした。
これは、忠志は本気で喜んでいるのだろうか、そんな事、由美との一件があるまで考えた事も無かったな
、何の疑念も無く付き合えていた頃をミサトは妙に懐かしく感じた。