成長の判定
「それで、この件は成長したとお前は見なしたのか」小池義雄は、自宅の高層マンションの眺望をバックに尋ねる。
まあ、合格と言った所でしょう」と原は、さしたる表情の変化も見せず答える。
小池はミサトが原に送った日記を見通しながら聞く「素直に愛すると言う事か、ちなみに、姉と彼の関係はどうなったんだ」
「特に付き合いと言う程のものはない様ですが、かつての怨恨と言ったものはない様ですね、まあ、普通、姉と彼氏が仲良くなる方がおかしいんじゃないですか」
「まあ、それはそうだが」
小池は民放キー局に勤める業界でも名うてのテレビドラマプロデューサーである。漫画や小説など原作物が、力を持つドラマ界において、オリジナル作品で勝負し、脚本家もあえて、売れっ子を使わず、有望な中堅や若手を発掘する力に長け、複数の脚本家を使い1クールのドラマを作っている。
それらの事が余計に、小池の株を上げ、ヒットメーカーとしての評価を確固たるものにしている。
世間で流行し始めた現象を、ドラマ化する時、立ち上げの期間から放送するまでの間に、すでにその現象は世間に浸透してしまい、目新しくなくなるのを、小池は、AD時代からよく見ていた。そこで、たまたま、大学時代の友人に原という世情に通じている男がいたおかげで、一早く流行しそうな現象をつかみ、さらに原が行なっている人間コンサルタントと言う特殊も特殊な仕事により、人間の心の機微を知る事が出来た。
原の手掛けた案件を、そのままドラマにする事は無いが、モチーフとして使う為、売れっ子の脚本家は使わず、言う通りになる、活きのいい若手や、中堅を起用している。
一応、小池が原を雇っている形を取っているが、そのパワーバランスは、圧倒的に原の方が上だ。
原は国内外問わず、各界の超大物や、有名人の中でも、知る人ぞ知る存在で、交渉事において、大型案件を、次々と成功させている。
噂によると、国際紛争を一つ解決した事があると小池は聞いたが、原を見てると本当だろうなと言う気持ちになる。
原に直に、案件を依頼すれば、恐らく1クールのドラマの制作費など、すぐに吹っ飛ぶ。
普通の同世代のサラリーマンに比べれば、給料がすこぶる高い、キー局のプロデューサーと言っても、到底、支払える額ではないが、原とは旧知の間柄という事で、成長という報酬ではなく、格安で請け負って貰っている。
その代わりとして、モデルや役者のブログのネット広告に、原のサービスを掲載させたり、大手プロダクションの役者の卵を、原の仕事に斡旋したり、ちなみにディズニーリゾートで起用した木本も、小池が差配した子役であり、原に出来る限りの協力をしている。
小池が思うにこの原と言う不思議な男の交渉術を支えているものは、どんな場面においても、最善の判断をする、峻烈な頭脳と言うのもあるが、主なものは、二つあると見ている。
一つ目は、異常なまでの、動体視力だ、原の運動神経は、普通の人を多少上回る程度だが、その動体視力は、最高速度で、走っている新幹線の中の全ての乗客の数、動きに至るまで、瞬時に把握できる。彼は、大学時代に、他の原と共通の仲間が、最高速度で走る新幹線を、停車駅ではない、駅から撮ったビデオカメラで確認した。
原によると状況に応じて、普通の人並みにしたり、動体視力をコントロール出来ると言う。
この動体視力によって、相手の表情や、動きのほんの些細な動きも、手に取る様に分かるとの事だ。
2つ目に思うのは、圧倒的な泥臭さだ。
原のスマートで洗練された、立ち居振る舞いからは想像も出来ない程、原は進んで、泥臭い行動を取る、普通これだけの資力と地位があれば、やらなくてもいい事まで、徹底的に、自ら泥を被りに行く。
そうでなければ、今回の一件でも田村忠志を説得して、西村ミサトと話し合いをさせるなど、簡単に出来るものではない、地位が上がれば上がる程、原は泥臭さを好む様になってる様に見える、そこに小池は、原には絶対敵わないと諦めた気持ちになる。
思えば、原なき小池は、何一つとして勝てたと思った事が無い、小池は原と東京大学に同年で入ったが、小池は一浪、一方、原は最難関の理科3類を現役、しかも満点合格と言うおまけ付きで、入学してる、小池は分科3類をボーダーラインギリギリで、何とか合格した。
地方の地元の進学校から、予備校に通い、遊びには目もくれず、ただひたすら勉強と言う名の行を積んで来た、小池にとって、原と言う存在は、自分の自信を軽く打ち砕くのに、相応しい人物だった。
秀才が揃う東大の中で、一部いる天才的頭脳の持ち主の最たるもの出会った。
たまたまサークルで出会った、二人だった画、小池は原が塾にも行かず、家庭教師も付けず、楽々と入学した事を聞き、耳を疑った、それどころか、専攻分野が違うにも関わらず、まだ新司法試験に移行する前の司法試験の講師のアルバイトをしていた。
まだ青葉残る一年生の五月にである。
勿論(原はその年の司法試験にトップで合格した)
「何故、普通の家庭教師じゃなく、司法試験の講師のアルバイトなんかするんだ」と動揺しながら尋ねると原は、小池に「見入りがいいから」と一言答える原に、小池はほんの一瞬ではあるが、殺意を覚えたものだ。
絶対に友達になるかと思っていた小池であったが、自然に原と二人で遊ぶことが多くなっていったのであった。
思えば十八、十九の若者が司法試験の講師をする事を司法試験の専門学校に交渉する事も、いくら能力があるとは言え、骨の折れる作業だ。
いつも思う事だが、一体、この男を突き動かしてるものは何なのだろう、今まで、聞いた事は無かった。
「小池さん、何か私に質問がありげですね」
この男の前では、正直にせざる負えない、小池は、一呼吸置いて「お前、一体何が楽しくて、其の仕事をしてるんだ」と言うと。原は「依頼者の成長が私の最大の喜びです」とにやりと答えた。