8話 実留とお出かけ
翌々日、日曜日。
「ごめん、待った?」
「全然。今来たとこだよ」
──というカップル顔負けの会話をしているのは、実留と僕。
午前10時、デパート前広場で僕らは集合していた。
下裃町を少し北上すると裃町に入り、その中心に裃駅が見えてくる。
その裃駅を東から西へと通り過ぎると、いわゆる街中に入ることになる。
街中の一角に、僕らが今いる広場が存在している具合だ。
「さぁて、買い物よ!」
と言って僕らが入っていくのは、デパートではなく広場を挟んで反対側にある、チェーン店の洋服屋さん。
僕らは高校生だ。願いが叶ったお祝いでお小遣いをいつもより多くもらえたけど、さすがにデパートで買い物ができる程の額ではない。お母さん、結構厳しい。
「あ、これなんか似合うんじゃないの?」
と言って実留が指さしたのは、真っ白でフリルの付いたミニスカート。
「……これってロリータ系モデルが着るようなやつじゃ……」
「あんた、結構童顔よ?」
がーん。
「マジで……?」
「マジよ。……ほら、まずは大人しく、あたしのコーデをくらいなさい!」
くらうっていう表現は正しいのだろうか。
とはいえ、僕に女子的センスはあまりない。今まで見てきた服のほとんどが男物の服ばかりだったから。
大人しく、くらうとしよう。
◆
「ふぅ、買った買った」
と実留が言う。
「意外と買えたね……」
と僕が言う。
僕が普段──男の時に着ていた服を古着屋に売ってあったから、多少は余裕があったにしても、随分買えた。
というのも。
「ごめんね、いつか返すから」
「いいってば。半分はあたしがおごるってば。そういう約束だったじゃない」
数日前にした『約束』。
買い物に行くのをためらっていた僕は、実留に助けを求めた。
その時にした……一方的にさせられた、約束。
ちなみに、下着のお金は返してある。さすがにそこまでさせるわけにはいかなかったから。
……それにしても。
「女子ばかりだったね」
「当たり前でしょ、レディースのコーナーだったんだから」
「僕にとっては珍しかったんだよ」
メンズコーナーにしか入ったことがなかった、僕にとっては。
「……で、何にするの?」
「えっと……」
今僕らがいるのは、街中から少し外れたところにある、小さなカフェ。
実留は通い慣れているらしく、入るなり『カフェモカと季節のパフェで』とすみやかに注文し、席についた。
このお店は、注文してから席につくらしい。ので、僕も同じカフェモカを頼んだのだけど──それしか頼んでいない。
「このお店のパフェは絶品よ」なんて言われては、注文しないわけにはいかないのだけど……。
「どうしたのよ、巡。あんた、そんなにメニュー選びに迷うほうだったっけ?」
「いや、それが……」
◆
「好みが変わってきてる?」
「うん。何が苦手かだんだん分かってきたんだけど、まだ全部分かったわけじゃないんだ」
男性から女性に慣れたのは、望み通りだからいいとして。
男の時に好きだったお肉がそこまで好きではなくなったり、普通に食べられていたリンゴがすっぱくて苦手になったり。
予想外に、食の好みの変化があったのだ。
「ふぅん」
「軽いね」
「このお店のパフェはおいしいわよ」
それはさっき聞いた。
「食べられそうなのを注文して、食べなさい。ダメだったら残りは食べてあげるわよ」
「ありがと。それじゃあ……」
カウンターの店員さんに駆け寄り、注文して戻ってくる。
「何頼んだの?」
「ストロベリーパフェ」
「ナイスチョイスよ、巡!」
スプーンを持ったまま、ぐっ、とサムズアップ。
「あたし、毎回季節のパフェとストロベリーパフェで悩むのよ。よかったら少しくれない?」
「もちろん」
断る理由はない。
◆
「おいしかった!」
「でしょ? うんうん、あんたを連れてきて正解だったわ」
本当においしかった。
女子になったからだろうか、男の時はそんなに好きじゃなかったホイップクリームも、真っ赤に熟したイチゴも、とっても甘くておいしかった。
少し分けてもらった季節のパフェも、スイカのジャム(ソース?)がおいしかった。
カフェモカを飲んで、一休み。
のんびりとした空気の中、実留が口を開いた。
「男になろっかなー」
「はい?」
……聞き間違えかと思った。
けれど、そのまま話は続いた。
「あたしが男になれば、今の法律でも巡と結婚できるのよね」
「み、実留?」
「……」
なんとか言ってくれないと、僕もなんと返したらいいか。
……だんまりになっちゃった。仕方なしに、僕から話す。
「男の心がないと、男として生活するのは大変だと思うよ?」
「うん」
「1年参りだって、相当大変だった」
「うん」
うん、しか言ってくれない。
……少し考えて、思いついた。
「僕のこと、まだ好きなの?」
「うん」
よしよし、ううん、と……、え?
「好きよ、巡のこと」
「『巡定』のことが、じゃなくて?」
「……わっかんない!」
ぐでー、とテーブルに突っ伏す実留。
「どっちが好きなのか、分かんないや。……ごめんね、巡」
「……ううん、いいよ」
こんなに真剣な『ごめんね』を聞いたのは、初めてな気がする。
「帰ろっか」
言い出したのは、実留だった。
「うん」
実留に続いて、僕も立ち上がり、会計を済ませてカフェを出る。
本当に、女子の身体にならないと分からないことがたくさん。
……本当に、たくさん。
◆
帰り道、手を繋いで帰った。
僕から言い出した。さっきの会話もあったし、せめてもの慰めのつもりで。
……実留がそれに頷いた理由は、分からなかった。