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巡る僕らの叶い頃  作者: イノタックス
1章 叶い、始まる
9/40

8話 実留とお出かけ

翌々日、日曜日。


「ごめん、待った?」

「全然。今来たとこだよ」


──というカップル顔負けの会話をしているのは、実留と僕。

午前10時、デパート前広場で僕らは集合していた。


下裃町を少し北上すると裃町に入り、その中心に裃駅が見えてくる。

その裃駅を東から西へと通り過ぎると、いわゆる街中に入ることになる。

街中の一角に、僕らが今いる広場が存在している具合だ。


「さぁて、買い物よ!」


と言って僕らが入っていくのは、デパートではなく広場を挟んで反対側にある、チェーン店の洋服屋さん。

僕らは高校生だ。願いが叶ったお祝いでお小遣いをいつもより多くもらえたけど、さすがにデパートで買い物ができる程の額ではない。お母さん、結構厳しい。


「あ、これなんか似合うんじゃないの?」


と言って実留が指さしたのは、真っ白でフリルの付いたミニスカート。


「……これってロリータ系モデルが着るようなやつじゃ……」

「あんた、結構童顔よ?」


がーん。


「マジで……?」

「マジよ。……ほら、まずは大人しく、あたしのコーデをくらいなさい!」


くらうっていう表現は正しいのだろうか。

とはいえ、僕に女子的センスはあまりない。今まで見てきた服のほとんどが男物の服ばかりだったから。

大人しく、くらうとしよう。



「ふぅ、買った買った」


と実留が言う。


「意外と買えたね……」


と僕が言う。

僕が普段──男の時に着ていた服を古着屋に売ってあったから、多少は余裕があったにしても、随分買えた。

というのも。


「ごめんね、いつか返すから」

「いいってば。半分はあたしがおごるってば。そういう約束だったじゃない」


数日前にした『約束』。

買い物に行くのをためらっていた僕は、実留に助けを求めた。

その時にした……一方的にさせられた、約束。


ちなみに、下着のお金は返してある。さすがにそこまでさせるわけにはいかなかったから。

……それにしても。


「女子ばかりだったね」

「当たり前でしょ、レディースのコーナーだったんだから」

「僕にとっては珍しかったんだよ」


メンズコーナーにしか入ったことがなかった、僕にとっては。


「……で、何にするの?」

「えっと……」


今僕らがいるのは、街中から少し外れたところにある、小さなカフェ。

実留は通い慣れているらしく、入るなり『カフェモカと季節のパフェで』とすみやかに注文し、席についた。

このお店は、注文してから席につくらしい。ので、僕も同じカフェモカを頼んだのだけど──それしか頼んでいない。

「このお店のパフェは絶品よ」なんて言われては、注文しないわけにはいかないのだけど……。


「どうしたのよ、巡。あんた、そんなにメニュー選びに迷うほうだったっけ?」

「いや、それが……」



「好みが変わってきてる?」

「うん。何が苦手かだんだん分かってきたんだけど、まだ全部分かったわけじゃないんだ」


男性から女性に慣れたのは、望み通りだからいいとして。

男の時に好きだったお肉がそこまで好きではなくなったり、普通に食べられていたリンゴがすっぱくて苦手になったり。

予想外に、食の好みの変化があったのだ。


「ふぅん」

「軽いね」

「このお店のパフェはおいしいわよ」


それはさっき聞いた。


「食べられそうなのを注文して、食べなさい。ダメだったら残りは食べてあげるわよ」

「ありがと。それじゃあ……」


カウンターの店員さんに駆け寄り、注文して戻ってくる。


「何頼んだの?」

「ストロベリーパフェ」

「ナイスチョイスよ、巡!」


スプーンを持ったまま、ぐっ、とサムズアップ。


「あたし、毎回季節のパフェとストロベリーパフェで悩むのよ。よかったら少しくれない?」

「もちろん」


断る理由はない。



「おいしかった!」

「でしょ? うんうん、あんたを連れてきて正解だったわ」


本当においしかった。

女子になったからだろうか、男の時はそんなに好きじゃなかったホイップクリームも、真っ赤に熟したイチゴも、とっても甘くておいしかった。

少し分けてもらった季節のパフェも、スイカのジャム(ソース?)がおいしかった。


カフェモカを飲んで、一休み。

のんびりとした空気の中、実留が口を開いた。


「男になろっかなー」

「はい?」


……聞き間違えかと思った。

けれど、そのまま話は続いた。


「あたしが男になれば、今の法律でも巡と結婚できるのよね」

「み、実留?」

「……」


なんとか言ってくれないと、僕もなんと返したらいいか。

……だんまりになっちゃった。仕方なしに、僕から話す。


「男の心がないと、男として生活するのは大変だと思うよ?」

「うん」

「1年参りだって、相当大変だった」

「うん」


うん、しか言ってくれない。

……少し考えて、思いついた。


「僕のこと、まだ好きなの?」

「うん」


よしよし、ううん、と……、え?


「好きよ、巡のこと」

「『巡定』のことが、じゃなくて?」

「……わっかんない!」


ぐでー、とテーブルに突っ伏す実留。


「どっちが好きなのか、分かんないや。……ごめんね、巡」

「……ううん、いいよ」


こんなに真剣な『ごめんね』を聞いたのは、初めてな気がする。


「帰ろっか」


言い出したのは、実留だった。


「うん」


実留に続いて、僕も立ち上がり、会計を済ませてカフェを出る。

本当に、女子の身体にならないと分からないことがたくさん。


……本当に、たくさん。



帰り道、手を繋いで帰った。

僕から言い出した。さっきの会話もあったし、せめてもの慰めのつもりで。


……実留がそれに頷いた理由は、分からなかった。

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