5話 中庭でお昼ご飯
「なあ、巡」
「なに?」
7月3日、昼休み。
僕のクラスに入ってきた努が、話しかけてきた。
「昨日、思い返したらおかしなことが出てきてさ。三ノ上は巡の提案の後、月上の呼びかけには答えていた……ような反応を見せたけど、最初に病室に入った時の呼びかけには反応していなかっただろ? なぜなんだ?」
「ああ、そのこと。一応『反応』はしていたよ」
「え?」
気付かなくても無理はない。よーく観察しないと分からないことだったから。
「口を動かしかけていたんだ。でもその時、月上君は別のことを話していたから、遠慮したんじゃないのかな」
「遠慮……三ノ上が? ……っと、あいつはいないか」
『あいつ』──月上君は、今は購買に行っていてクラスにはいない。
話を続ける。
「遠慮については……無意識に行ったことだと、僕は考えてる。まあ、今回の件で、そのこと──遠慮したことは、別に深く考えるべきことじゃないと思うよ」
「まるで、他に考えるべきことがあるような言い方だな」
「さすが努、理解が早くて助かるよ」
どちらかと言えば、瞳よりも努の方が観察眼的なものがある。
一言二言足りない僕の説明でも、先を読んで話を進めてくれるから助かっている。
「妙だと思ったことが一つ。なぜ『カオリ』という単語だけ憶えていたのか」
「いやそれは、大切な人からの呼びかけだから──」
「そうじゃない。もっと適切に言うなら『なんで三ノ上さんは、単語一つだけ憶えていることを許されたのか』とかかな。……うん、悪くない」
「憶えていることを、許された? ……それ以外の単語は忘れているのに、か」
なんとなくだけど、伝わってくれたようだ。
「今日の放課後、また努と瞳も病院についてきてくれる?」
「もちろん。何か力になれるのか?」
「僕一人だと言葉足らずになりがちでね」
なるほどな、と努が頷く。
付き合いが長いから、すぐに分かったようだ。
「理解した。潤滑油になれ、ってことだろ?」
「うん。面倒くさい役を任せちゃうけど……」
「気にすんな、巡。……それじゃ、そろそろ行くよ。また放課後にな」
「うん」
言って、努は少し急ぎ気味にクラスを出ていった。
あまり待たせると怒るからな、瞳は。今日も努は、瞳とお弁当を食べるのだろう。
いつもは僕も誘われていたけど、昨日と今日は僕が前もって断っておいた。
その理由は──
「巡、行こ?」
こいつ──実留から誘われているから。
既にお弁当の入った袋を机の上に置き、準備はしてある。
「無理に僕と食べなくてもいいのに」
「そう言いながら、準備して待っててくれたじゃない」
「善意を無下にはできないからね」
「巡とお弁当を一緒に食べたいだけよ。善意とか、そんな難しいものじゃないわ」
……弥勒沢姉弟ではないけれど、実留の言葉、本心から出たものだと分かる。
こんな優しい表情もするんだな、と思った。
歩き出した実留の後を、袋を持って追う。
◆
中庭。
僕のクラスからもよく見える、緑が豊かでベンチがいくつか置かれている──広場と言ってもいいような場所。
いつも『いいなぁ』とは思っていたけれど、中々入れなかった場所。
入れなかった理由としては、
「ここ、女子だらけだからねぇ」
そう、この中庭、ほとんど女子でいっぱいなのだ。
たまーに男子もいるけど、それは必ずカップルの片方だったりする。
『中庭でお喋りしながらお弁当を食べる』という習慣は、男子にはきついらしい。
努はそんな風に言ってた。
「で、どうなの。本当に明日で解決するの?」
目をキラッキラさせながら訊いてきた。
「まだ分からない」
「あれ、でも今朝は『今日確認する』って言ってたじゃない」
「三ノ上さんのところに行って、直接確認しないといけないんだ」
他人伝いでもいい……のだけど、できれば確実な方法を取りたい。
「なるほどね。じゃ、また明日結果を教えてね」
実留は文学同好会に入っているから、今日もそれに出ないといけない。
……『いけない』というのは正しい言い方じゃないのだけど、実留は真面目だから、出なければいけない、と考えているらしい。
「女の身体には慣れた?」
「唐突だね」
「女子の会話はこんなもんよ」
「はぁ」
女子の、というか『実留の』と言った方が適切なような。
「で、どうなのよ」
「うん、慣れたよ。……多分」
「多分?」
「えっと……」
そこで、言いよどむ。
言っていいものなのか。というか、女子同士でこういう会話を、普通するのだろうか。
「ああ、アレね」
「アレ? ……あ、うん、アレ。まだだからさ」
一瞬戸惑ったけど、すぐに理解した。
ご飯時だからか、いつもそうなのかは分からないけど『アレ』という言い方でいいのか。
憶えておこう。
「アレが来たら──ううん、来る前に買い物に行こっか。ナプキンとか、色々買うものがあるし」
「そんなに色々買うの?」
「頭痛薬とか」
なるほど。
CMで見たことがある。あれって本当に使ってるんだな。
◆
「ごちそうさまでした。……どんな小さなことでもいいから、何か困ったことがあったら言いなさいよ?」
「うん、ありがとね、色々気を使ってくれて」
「そんなこと気にしないの」
その後。
僕がお弁当を食べ終えるまで、待っていてくれた。
実留って意外と優しいんだな、と感じた。
女子同士の会話で、初めて知れることがたくさんだ。