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巡る僕らの叶い頃  作者: イノタックス
終章 やがて来たりしその日には

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最終話 巡る僕ら

──ループする世界じゃなくて、よかったです。

目の前の実留は僕の目をまっすぐに見つめて、そう話す。


「……なんで」


訊きたいことはいくつもあるはずなのに。

動揺したせいか、そんな言葉しか発せなかった。


「前の世界で、あたしが1年参りをしたの、覚えているでしょ?」

「あ、ああ……」


実留の口調は、次第に崩れていった。

前の世界の記憶を持っているってことは、僕と友達だった記憶も持っているのだから、当然と言えば当然なのだけど。


「その1年参りの内容、前の神様から聞いてないみたいね」

「はぐらかされてしまったからね」


確か、そうだったはず。

前の世界で聞きそびれた、実留の願い。

1年参りをしてまでも、叶えたかった願い。


「あたしの願いは、『次の世界で、神様になる』というものよ」

「は!?」


なんという──大きな願いを、前の神様は叶えてしまったんだ。

一体全体、なんで──。


「なんでそんなことを願ってしまったんだ、実留」


僕の口調も、崩れ始めていた。

怒りからか、別の感情からなのかは分からない。


「この世界のあなた──そこにいる巡には伝えてあるんだけど、ね?」

「一体、何を」

「あたしが、巡という存在のことが好きだ、ってこと」

「それは、この世界の、その(・・)巡のことか?」


そう訊くと、実留は少し困った顔をした。


「前の世界で神様になって、今あたしの目の前にいる巡も、今日女子になった巡も、同じくらい好きよ。……だって」


一呼吸おいて、ひどく愛おしそうに語る。


「どっちも、高宮巡なんだもの。選ぶことなんてできないわ」

「……そうかい」


僕は『高宮巡』を捨てたはず、なのだけれど。

実留の言葉に、少しだけ嬉しさを感じていた。


話を戻すわね、と前置きをして、実留は再び口を開く。


「あたしが『次の神様になりたい』って願ったのは、別に巡のためじゃないわ」

「じゃあ、なぜ? 余計に不思議なのだけれど」

「巡と同じ立場になりたい、っていうあたしのエゴよ」


それを聞き、また更に疑問が湧いてきた。


「それならなぜ、自分『も』神になりたい、と願わなかった?」

「前の神様に教えてもらったの。『神の座は、たった一つだけだ』って」

「そんなの、本当かどうかなんて」


それが真実であるということは、神である僕には分かりきっているけれど。

訊かずにはいられなかった。なぜ、前の神様の言葉を信じきっていたのか。


「信じるだけの証拠ならあるわ。努があなたのことを神様にしようとしなかったでしょ? だから、前の世界の神様が言っていたことは本当なんだ、って気づいたの」

「……なるほど、ね」


前の世界の神様、この世界にも影響を及ぼすくらいのことをしているじゃないか。

それは神的にはセーフなのだろうか。


──まあ、そんなことより。


「神になる、ってのがどういうことか、わかっているのか?」

「ええ。数十億年もの時間を、たった一人で過ごさなくちゃいけないんでしょう?」

「わかっているなら、なおさら聞きたいのだけれども。……その願いを、取り消すつもりは」

「ありません」


──覚悟の決まった目。

しかしながら、こちらにも事情がある。


「僕は、神の座を誰にも受け渡すつもりはないよ。僕が永遠に神でいることで、端境実留と高宮巡が結ばれる世界を作り出すことができるんだから」


それに、と付け加える。


「この数十億年、辛い思いをたくさんした。悲しいことだってたくさん起きた。それでも──願いを変えないつもりかい?」

「もちろんです。だって……ちょっと病んでるっぽい意見になっちゃいますけど」


病んでる意見、ってのはどんなもの。


「この世界を、あたしと巡が交互に支えていけるのなら、それは──とっても幸せなことだから」


この世界の巡と手を繋ぎ、また嬉しそうに語る実留。

……ん?


「仮に、君が神になったと仮定しよう。……次の神に、巡を選ぶのかい?」

「はい。前の神様には、そう話してあります」

「前の神様、また面倒な難題を残してくれたな……」


要するに『実留→巡→実留→巡』という風に、二人だけでこの世界を担っていくつもりなのだ。

──ほんっとうに、前の神様に今すぐ会って願いを取り消させたい。


でも、もうできないから。

一つだけ、意地悪な質問を、重ね重ねになるけれどしておこう。


「端境実留、高宮巡。君たちのしようとしていることは理解したけれど、そんなことをしたら……永遠に結ばれなくなるんだよ?」

「大丈夫ですよ、神様」

「高宮巡?」


ずっと黙って聞いていた巡が、ようやく口を開いた。


「僕たち、もう付き合ってますから」

「……え、そうなのかい?」

「そうよ、神様」


自慢げに、実留が話す。


「あなたがあたしのことを好きだ、ってこと、知ってるから。巡の願いが叶うずっと前に、告白済みなんだから」

「僕が実留に好意を抱いているなんて──」

「言ってくれたじゃない、前の世界で、あたしが死ぬ間際に」


──ああ、そんなことを言った覚えがある。

数十億年も前の出来事だけれど、たった今、鮮明に思い出した。


病室のベッドに横たわる、老いた実留に、僕は確かに告白したのだった。


「……わかった」


前の神様が叶えた願いを、僕が変えることはできない。

潔く、身を引こうじゃないか。


「実留に、神の座を受け渡そう」

「……はい!」

「ただ、受け渡すのは明日でも構わないかい?」

「……はい?」


これだけ生きてきて、尚。

まだ、僕の中に心残りがあるようで。


「明日、裃神社に来てくれ」

「人のいない時間の方がいいですよね。早朝でもいいですか?」

「構わない。……それじゃあ、僕は神社に戻るよ」

「はい! また明日!」


──久しく聞いていなかった、そんな挨拶。

前の世界では、たくさん言って、たくさん言われていたのに。


「ああ、また明日」


それだけ言って、僕はその場から姿を消した。


◆◆◆


夜。

裃神社から見る景色は、あの頃と変わっていなかった。

なんだかんだで、僕は神として、うまくやってこれたようだ。


明日には、僕はこの世界から消える。

だから、ほんの少しだけ、あの頃のことを思い出そう。


◆◆


願いが叶った朝。

ジャージ姿で、裃神社にお礼参りに行った。

その帰りに、実留と遭遇した。

僕の性別が変わったことに、ひどく驚いていたのを覚えている。


努からの紹介で月上君と知り合い、香里に関する悩みを聞いた。

1年参りの影響で、香里は生き返れたけれど、自分の名前以外を忘れていた。

その問題を解決できたきっかけは、──そういえば、僕だった。


解決した、といえば。神隠しを解決したこともあった。

あの人たちの名前は確か、九十九君と小林さん。

異世界に行こうとしていたけれど、異世界は存在しないから、神様は神隠しと称し、あの世に飛ばしたのだったか。

『遡り』に遭ったときは本当に驚いたけれど、実留が一緒にいてくれたから落ち着けたのだった。


月上君が浮気をしているのでは、なんて相談を香里からされたこともあった。

実際には、1年参りで生き返った道崎かなみを月上君が助けた、というだけのこと。

それを一大事かのようにしたのは──努だった。

ああ、懐かしい。


努がいなくなって、みんなで探したこともあった。

1秒先の世界で会った努、少し辛そうだったのを覚えている。

結果的には、前の神様のおかげで僕も努も元の時間に戻れたのだった。


神に至る少し前に、実留と夏祭りに行ったことは、他の出来事よりもしっかりと覚えている。

思えばあの頃から、僕は実留のことが──好きだった。


高校を卒業してからも、実留は僕のことをずっと心配していてくれた。

メールや電話はかなりの頻度でしてくれたし、大学を卒業して裃地区に帰ってきてからは時々会って遊んだりした。

ああ、それもまた懐かしい。


◆◆


輝いた思い出もあれば、別れのような寂しさに包まれた思い出も、たくさん。

その全てが愛おしく、僕の胸を締め付ける。


長く生き過ぎたせいだろうか。

そんなことを思い出すたび、涙が零れて仕方なかった。

でも、やっと終わる。



明日、僕はこの世から消えるのだから。


◆◆◆


翌日、午前5時。


「来たね、実留」

「ええ、神様」


僕の、最後の会話が始まった。



「──こんなところかな」


前の神様がやってくれたように、僕は実留に、神になるにあたっての注意点を教えていた。

前の神様より、やや丁寧に。


「わかりました。それじゃあ、……えっと」

「なにか言いたげだね」

「あの、……うん、ちょっとの間だけ、タメ口でいいですか?」

「構わない」


昨日散々タメ口だったじゃないか、というのは言わないでおく。


「巡、お疲れ様」

「……ああ」


その言葉で、疲れという感覚を思い出した。

そうだ、僕は今まで──必死で神として生きてきたから。


いつの間にか、マイナスな感情に気づかないようにしていたんだ。


「大変なこと、いっぱいあったでしょ」

「うん、そうだね」

「前の世界で告白してくれたの、本当に嬉しかったんだよ」

「……そうかい」


なら、よかった。


「あたし、巡みたいに上手に神様をやっていけるか分からないけど──」

「大丈夫だよ」

「え?」


一個人に深入りするのは、神としては失格だろうけど。

今だけは、許してほしい。


「僕の愛した実留なら、きっとうまくやっていける。……保証するよ」

「……ありがと」

「じゃあ、……受け渡すよ」

「うん」


前の神様と同じように。

実留に、僕の中の神の力の全てを、受け渡す。



渡し終えたのと同時に、僕の身体がふらついた。


「巡!?」

「……ああ」


そういえば、そうだった。

前の神様も、僕に神の力を渡した後、倒れこんでしまったのだった。


でも、前の神様よりも2年ほど早く渡したからだろうか。

痛みを感じることはなかった。


「ねえ、巡ってば!」

「……なんで泣いているんだよ、実留」


らしくないじゃないか。


「この世界には、君の愛する『高宮巡』がいるじゃないか」

「そうだけど……でも!」


光りに包まれ消えゆく身体を、強く、抱きしめられる。


「あなただって、あたしの愛した巡だから! あたしは、……っ!」


涙を服の袖でぬぐい、もっと強く、抱きしめられた。


「あなたのこと、大好きだったから!」


──ああ。

本当に、僕は幸せ者だなぁ。


いろんな人と出会って、いろんな人と別れて。

そんな中で、一番好きな人に抱きしめられながら、消えていくことができる。


「実留」

「うん」

「……さよなら」

「うん!」


実留の優しさ、穏やかさ、暖かさを感じながら。


ふわっ、という感覚とともに。



目の前は、真っ白に染まっていった。



◆◆◆



巡る僕らの行き先は、幸せか、はたまた。


今はまだ、わからないけれど。



──きっと、幸せな世界が待っている。



そう願って、僕は。




真っ白な世界で、眠りについた。





◆◆◆



『巡る僕らの叶い頃』


2019年11月8日~2023年2月12日



──おしまい。



◆◆◆

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