4話 お見舞い
弥勒沢姉弟は、双子である。
彼らは幼い頃、とある小さな出来事から1年参りを始め、それを達成した。
彼らはお互いの心を、入れ替えることができるのだ。
以前、なんで1年参りをしたのか訊いたことがある。
『小さな出来事』のことも含めて訊いたのだけど、瞳は『子供のよくある勘違いよ』と言って答えてくれなかった。努も同じように言って、答えなかった。
僕自身が1年参りを終えた今、もう一度訊いたら答えてくれるだろうか。
……いや、多分無理だろう。瞳も努も、恥ずかしがって答えずにいたのだ。
きっと本当に、大した理由ではないのだろう。
それでも、彼らに備わった超能力のようなソレに、僕の好奇心はウズウズしている。
だって面白いじゃないか、『入れ替われる』なんて。テストとか楽そうだよね……と思ったりもする。
尤も、彼らの学力をちらっと見た限り、僕の考えるような悪いことはしていないようだけど。
「変なこと考えてるだろ、巡」
「あ、ばれた?」
現在時刻、午後5時30分。もう少しで面会時間が終わってしまうけど、あと5分も経たないうちに病院に着く。そう心配しなくてもいいだろう。
ちなみに、努は既に、努に──元の努に戻っている。
今向かっている裃病院は、学校から歩きで30分ほどのところにある。
僕もたまに、ケガや風邪でお世話になったことのある病院だ。
◆
「あっ、努!」
瞳が僕らを見つけ、院内なので走らず早歩きで近寄ってきた。
「早速向かおっか」
前置きはなく、エレベーターへ。どうやら受付を既に終えているらしい。
エレベーターで5階まで上がり、出たらすぐに左に進む。
途中、僕のことをジロジロ見てくる看護師さんが数人いた。こんなところまで僕のこと、広まっているようだ。たった1日なのにこの伝達速度、凄いなぁ。……調べたいとか言われないよね?
特に何も起きずに、三ノ上香里さんの病室へ到着。
ノックをしても、返事はない。
「いつものことだよ」
そう言って、月上君はドアを開けて入っていく。
……なるほど、病室だ。個室の病室。窓もある。
その部屋の中で三ノ上さんは──『起きていた』。
でも、目を見て分かった。その身体に、三ノ上さん自身の心は入っていなさそう。
「香里、来たぜ」
慣れた様子で、三ノ上さんに話しかける月上君。しかし反応はない。……うん、ないよね?
月上君、お見舞いのたびにそうしているのだろうか。……けなげだなぁ。
「症状は──記憶喪失以外には?」
「何も。香里の身体には何の異常もない」
言いながら、開いていた窓を閉める月上君。
もうすぐ日が暮れる。7月とはいえ、じきに寒くなるだろう。
トントン、と病室のドアがノックされて、月上君の返事を受けた後、開く。
「そろそろ面会時間が終わりますので、よろしくお願いしますね」
それだけ言って、看護師さんはドアを閉めた。
現在時刻、午後5時45分。……まだ時間はある。
「ねえ、月上君」
「なんだ、高宮」
一つ、いや二つかな? 試してもらいたいことがある。
「三ノ上さんに話しかけてくれない?」
「香里に?」
──あ、やっぱり。
「少しの言葉でいいから。ただ必ず三ノ上さんの『名前』を1回は言ってみて」
「あ、ああ……」
三ノ上さんに向かい、慣れた口調で話し始める。
「なぁ香里、今日はめっちゃ驚いたことがあるんだ。おれっちの隣にいるこいつ、高宮巡っていうんだけどよ……」
まさか僕の話とは。
まあでも、話の内容は関係ない。──ああ、やっぱり。
「それでおれっち、めっちゃ驚いて──」
「月上君、もう大丈夫」
「は?」
話せと言われて話したのに、それを途中で止められて、少し不機嫌になる月上君。
「高宮、一体何を──」
「何か考えがあるんだね、巡?」
「うん、努。……月上君、もう一つだけお願い。香里さんの名前を言って、呼びかけて」
「はぁ? ……何が何だか分かんねぇんだけど」
まあいいか、と言って香里さんに再び向かって。
「香里、──」
言葉を続けようとする月上君を制し、僕の口に人差し指を当てて「しー」のジェスチャー。
戸惑いつつも、その通りにしてくれた。
数秒後。
「……カオ、リィ」
「っ! か、香里! おれっちだよ、分かるか、なぁ──」
「残念だけど、ちゃんとは分からないと思うよ。でも……」
予想通り。
「聞いてた通り、『カオリ』という単語は憶えているみたいだね」
「……? ねえ巡、その言い方は変じゃない?」
さすが瞳、気付いたみたい。
「自分の名前を憶えている、ってことじゃないの?」
「多分違うよ。試してみよっか。……香里」
まだ一度も話したことがないから少し申し訳ないけど、呼び捨てで呼ばせてもらう。
で、数秒後。
「……」
「ほら」
「何がよ」
まだ分からない様子。
「僕はわざと、三ノ上さんの名前を呼び捨てで呼んだ。なのに『カオリ』と口にしなかった。さっき月上君が呼びかけた時は反応はせずとも『カオリ』と口にした。月上君に呼ばれたときだけ、その単語を呟いているみたいなんだ」
「なるほどね」
おや、努は今ので分かったらしい。
「妙だとは思ったんだ。三ノ上は『カオリ』ではなく『カオリィ』と語尾を伸ばしていた。その言い方、イントネーションは──月上、君のものだ」
月上君、とっても驚いている。
「多分、月上君の発する『カオリ』という単語のみ、憶えていたんだ。それが偶然なのか、望んだからかは分からないけどね」
「で、でも!」
次の瞳から発せられる言葉に、予想はついている。
「なんで一つだけ」
「憶えていたか、ってこと? それはまた明日、だね」
「え?」
瞳の話を遮るように、ゆっくりとした音楽が流れ、続けざまに面会時間終了5分前を知らせに看護師さんが来た。
「さあ、帰ろっか。……ああそうだ、月上君」
「ん?」
「明日また試したいことがあるんだ。放課後、先に病院に来ていてくれる?」
「あ、ああ……」
……これで、きっと大丈夫。
この問題は、数日──明日はまだ確認する段階だから、最短あと二日で片が付く。
──僕の予想が当たっていれば、の話だけれど。