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巡る僕らの叶い頃  作者: イノタックス
1章 叶い、始まる
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4話 お見舞い

弥勒沢姉弟は、双子である。

彼らは幼い頃、とある小さな出来事から1年参りを始め、それを達成した。


彼らはお互いの心を、入れ替えることができるのだ。


以前、なんで1年参りをしたのか訊いたことがある。

『小さな出来事』のことも含めて訊いたのだけど、瞳は『子供のよくある勘違いよ』と言って答えてくれなかった。努も同じように言って、答えなかった。


僕自身が1年参りを終えた今、もう一度訊いたら答えてくれるだろうか。

……いや、多分無理だろう。瞳も努も、恥ずかしがって答えずにいたのだ。

きっと本当に、大した理由ではないのだろう。


それでも、彼らに備わった超能力のようなソレに、僕の好奇心はウズウズしている。

だって面白いじゃないか、『入れ替われる』なんて。テストとか楽そうだよね……と思ったりもする。

尤も、彼らの学力をちらっと見た限り、僕の考えるような悪いことはしていないようだけど。


「変なこと考えてるだろ、巡」

「あ、ばれた?」


現在時刻、午後5時30分。もう少しで面会時間が終わってしまうけど、あと5分も経たないうちに病院に着く。そう心配しなくてもいいだろう。

ちなみに、努は既に、努に──元の努に戻っている。


今向かっている裃病院は、学校から歩きで30分ほどのところにある。

僕もたまに、ケガや風邪でお世話になったことのある病院だ。



「あっ、努!」


瞳が僕らを見つけ、院内なので走らず早歩きで近寄ってきた。


「早速向かおっか」


前置きはなく、エレベーターへ。どうやら受付を既に終えているらしい。


エレベーターで5階まで上がり、出たらすぐに左に進む。

途中、僕のことをジロジロ見てくる看護師さんが数人いた。こんなところまで僕のこと、広まっているようだ。たった1日なのにこの伝達速度、凄いなぁ。……調べたいとか言われないよね?


特に何も起きずに、三ノ上香里さんの病室へ到着。

ノックをしても、返事はない。


「いつものことだよ」


そう言って、月上君はドアを開けて入っていく。

……なるほど、病室だ。個室の病室。窓もある。


その部屋の中で三ノ上さんは──『起きていた』。

でも、目を見て分かった。その身体に、三ノ上さん自身の心は入っていなさそう。


「香里、来たぜ」


慣れた様子で、三ノ上さんに話しかける月上君。しかし反応はない。……うん、ないよね?

月上君、お見舞いのたびにそうしているのだろうか。……けなげだなぁ。


「症状は──記憶喪失以外には?」

「何も。香里の身体には何の異常もない」


言いながら、開いていた窓を閉める月上君。

もうすぐ日が暮れる。7月とはいえ、じきに寒くなるだろう。


トントン、と病室のドアがノックされて、月上君の返事を受けた後、開く。


「そろそろ面会時間が終わりますので、よろしくお願いしますね」


それだけ言って、看護師さんはドアを閉めた。

現在時刻、午後5時45分。……まだ時間はある。


「ねえ、月上君」

「なんだ、高宮」


一つ、いや二つかな? 試してもらいたいことがある。


「三ノ上さんに話しかけてくれない?」

「香里に?」


──あ、やっぱり。


「少しの言葉でいいから。ただ必ず三ノ上さんの『名前』を1回は言ってみて」

「あ、ああ……」


三ノ上さんに向かい、慣れた口調で話し始める。


「なぁ香里、今日はめっちゃ驚いたことがあるんだ。おれっちの隣にいるこいつ、高宮巡っていうんだけどよ……」


まさか僕の話とは。

まあでも、話の内容は関係ない。──ああ、やっぱり。


「それでおれっち、めっちゃ驚いて──」

「月上君、もう大丈夫」

「は?」


話せと言われて話したのに、それを途中で止められて、少し不機嫌になる月上君。


「高宮、一体何を──」

「何か考えがあるんだね、巡?」

「うん、努。……月上君、もう一つだけお願い。香里さんの名前を言って、呼びかけて」

「はぁ? ……何が何だか分かんねぇんだけど」


まあいいか、と言って香里さんに再び向かって。


「香里、──」


言葉を続けようとする月上君を制し、僕の口に人差し指を当てて「しー」のジェスチャー。

戸惑いつつも、その通りにしてくれた。


数秒後。


「……カオ、リィ」

「っ! か、香里! おれっちだよ、分かるか、なぁ──」

「残念だけど、ちゃんとは分からないと思うよ。でも……」


予想通り。


「聞いてた通り、『カオリ』という単語は憶えているみたいだね」

「……? ねえ巡、その言い方は変じゃない?」


さすが瞳、気付いたみたい。


「自分の名前を憶えている、ってことじゃないの?」

「多分違うよ。試してみよっか。……香里」


まだ一度も話したことがないから少し申し訳ないけど、呼び捨てで呼ばせてもらう。

で、数秒後。


「……」

「ほら」

「何がよ」


まだ分からない様子。


「僕はわざと、三ノ上さんの名前を呼び捨てで呼んだ。なのに『カオリ』と口にしなかった。さっき月上君が呼びかけた時は反応はせずとも『カオリ』と口にした。月上君に呼ばれたときだけ、その単語を呟いているみたいなんだ」

「なるほどね」


おや、努は今ので分かったらしい。


「妙だとは思ったんだ。三ノ上は『カオリ』ではなく『カオリィ』と語尾を伸ばしていた。その言い方、イントネーションは──月上、君のものだ」


月上君、とっても驚いている。


「多分、月上君の発する『カオリ』という単語のみ、憶えていたんだ。それが偶然なのか、望んだからかは分からないけどね」

「で、でも!」


次の瞳から発せられる言葉に、予想はついている。


「なんで一つだけ」

「憶えていたか、ってこと? それはまた明日、だね」

「え?」


瞳の話を遮るように、ゆっくりとした音楽が流れ、続けざまに面会時間終了5分前を知らせに看護師さんが来た。


「さあ、帰ろっか。……ああそうだ、月上君」

「ん?」

「明日また試したいことがあるんだ。放課後、先に病院に来ていてくれる?」

「あ、ああ……」


……これで、きっと大丈夫。

この問題は、数日──明日はまだ確認する段階だから、最短あと二日で片が付く。


──僕の予想が当たっていれば、の話だけれど。

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