38話 巡る世界
あれからはたして何億年。
──数十億年。そうとしか答えられない。
永い時間を生きてきて、いらない記憶は曖昧になっていた。
前の世界は数億年後に終わりを迎えた。
だから僕は、もう一度世界を作り出した。
歴史の授業で得た知識は必要なかった。
海を作れば、泳ぐ生き物が生まれた。
大地を作れば、歩く生き物が生まれた。
空を作れば木々が芽生え、そこを住処とする生き物が生まれた。
自然があれば、自然と誕生する。
そうして世界は、僕のよく知る世界へと向かっていった。
裃地区が作られたのは、僕が生を受けた日よりも、随分昔の出来事だった。
田畑に実りを与え、雨乞いをする人たちがいれば雨を降らせてあげた。
それらは『奇跡』なんて呼ばれた。
人々は神に感謝し、裃地区で最も高い山の中腹に、僕のよく知る神社が建てられた。
その神社は『裃神社』と名付けられた。
そこに住みだして、僕は、ある決意をした。
──次の神様は決めずに。
僕はずっと、神でいよう。
そうすれば、永い時間を生きる中であった苦しみを、僕一人が背負うことになるのだから。
前の神様には悪いけれど、そうしよう。
◆◆◆
そこからまた、長い年月が経過して。
僕のよく知る、僕が生まれた時代へ。
遠い昔、友達だった二人──子供のころの弥勒沢姉弟も、他の住人に混ざって1年参りをし終えた。
瞳の願いは『努と魂を入れ替えられるようにする』というもの。
努の願いは──案の定、『神の力の一端を受け取る』というもの。
悩んだ末、僕は瞳と努の前に姿を現した。
散々駄々をこねる努を説得し、瞳と同じ願いに変えさせた。
努の友達──難病にかかっている子供は、特別に僕が病気を治してあげた。
甘い、なんてことはわかっている。
でも、これから起こる努の日々を、大変なものにしたくなかったから。
それから十年ほどが経過して。
高宮巡定が、1年参りを終えた。
彼は、女性になった。
◆◆◆
「神様、ありがとうございます。……望む身体にしてくれて、ありがとうございます!」
懐かしい言葉を口に出す、僕と同じ姿の高宮巡定、改め高宮巡。
「お礼参り、完了!」
上下ジャージ。まだこの時には、女子の服は持っていなかったんだ。
ああ、懐かしいなぁ。なんて呑気に──ボケーっと考えていると。
僕の知らない言葉が、この世界の僕の口から吐き出された。
「もし、この言葉を聞いてくれていたら……神様」
(……?)
こんな言葉を口にしただろうか。
いや、そんな記憶はない。
もう一度、巡は口を開いて。
「実留の家に来てください、神様」
「……は?」
「よし、帰るかな」
驚きのあまり、思わず言葉を発してしまったけれど。
当たり前のように、それはこの世界の巡には聞こえておらず、うきうきした様子で帰っていった。
「え、っと」
実留の家に行けばいいのだろうか。
──いやいや、その前に。
歴史が、大きく変わっていないか?
◆
思い立ったが吉日。
……吉? 本当に?
そんな不安を抱えながら、実留の家の前へ。
いくら誰からも見えない姿だからといっても、チャイムを鳴らさずに部屋に入るのは失礼だろう、と思いチャイムを鳴らそうとすると。
玄関が、開いた。
「入ってください、神様」
出てきたのは、制服姿の実留。
こちらをじっと見て、感慨深そうに。
「早く入ってください、……神様♪」
「は?」
「ほらほら、早く早く。二階があたしの部屋。覚えているでしょう?」
「……は!?」
見えないはずの僕をしっかりと見ながら。
実留は、僕の手を掴み、僕を家に招き入れた。
なにがどうなっているんだ、一体。
◆
「あ、神様! ……でいいんですよね?」
「ああ、そうだけど……」
部屋に入るなり、またもや、見えないはずの僕を見据えて高宮巡が話しかけてきた。
「あの、願いを叶えてくれて、本当にありがとうございます。女性として生きていけるの、本当に嬉しいです!」
「う、うん……それはよかった」
この部屋にいる人間は、二人だけ。
実留と、巡。その二人ともが、なぜか僕を認識している。
「僕から一つ、訊いてもいいかな」
「はい、神様」
「高宮巡、端境実留……なんで君たちは、僕のことを認識できているんだ?」
「あ、えっと……実は、今日、実留に教えてもらったんです」
なぜか嬉しそうな実留に視線を移しながら、巡の話を聞く。
「この世界の仕組みを。……前の世界で、あなたが──前の世界の僕が神様になったことも」
「は……?」
なんで、この世界の実留が前の世界のことを知っているんだ。
驚いている僕の様子がおかしかったのか、くすりと笑いながら。
実留は、口を開いて。
「あたし、前の世界の記憶を持ってるんです」
衝撃の事実を、話し始める。




